MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.108(2013年03月発行号)
  5. 東日本大震災における性的マイノリティの経験と世界とのつながり

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.108(2013年03月発行号)

国際化と人権

東日本大震災における性的マイノリティの経験と世界とのつながり

山下 梓(やました あずさ)
Gay Japan News

 

 2012年12月12日~16日、スウェーデンで開かれた国際NGO ”International Lesbian, Gay, Bisexual, Trans and Intersex Association (ILGA) ”の第26回世界会議に参加した。ILGAは1978年創設、全大陸の1000を超える性的マイノリティの団体(2012年12月現在)が加盟するネットワーク。第26回会議には、現在約100カ国から400人以上が集まった。
 初日には、スウェーデンのラインフェルト首相や、近年性的マイノリティの権利保障が進むアルゼンチンのボウドウ副大統領も参加。3日目には、国連の潘基文事務総長からもメッセージ1が寄せられた。
 
 

 「性的マイノリティと災害」分科会

 
 会議5日目、私は、ネパールのBlue Diamond Society (BDS) という性的マイノリティ団体のドゥルガ・サーパさんと一緒に分科会「災害時のLGBTの経験とLGBT2の防災教育」を担当した。
 ネパールでは、2007年、政府がトランスジェンダー女性に対し市民登録書類に男女両方の性別を記載することを認めたり、2008年には最高裁が「性的マイノリティの人々が自主的な生活を営めるよう」法整備を命じる判決を下したり、ゲイであることを公にした制憲議会議員(議会は2012年に解散)が誕生したが、性的マイノリティの日常は、依然として差別や偏見、暴力と隣り合わせの状況である。
 ドゥルガさんは、土砂崩れや数十年に一度起こると言われる地震等ネパールでの災害の危険性や、防災教育、災害への備えがほとんど行われていない現状について報告。詳しくはふれられず残念だったが、BDSは、USAID(米国国際開発庁)の協力を得て性的マイノリティコミュニティに対する防災教育を実施しているとも話した。
 私は、下記にご紹介するとおり、東日本大震災で「被災性的マイノリティ」が見えづらかったことや、それでも見えてきた災害時に性的マイノリティが直面する可能性のある課題、それへの対策について報告した。
IMG_2678.jpg
筆者が担当した分科会
 

 東日本大震災における性的マイノリティの経験

 
 「こんなときにLGBTとか言っても仕方ない。自分がレズビアンだってこと、しばらく忘れてた」、「普段からゲイであることも、同性のパートナーがいることも地元では言っていない。デートのときは隣町まで行く。こんな状況だから、震災だからといって、ゲイとして直面する困難はない」―2011年3月11日の後、東北の沿岸の街に住むレズビアンとゲイの友人に「何か困っていることは?」と聞くと、こう返ってきた。
 東北の沿岸の街にも性的マイノリティは確かに暮らしている。被災女性・支援女性150名を対象とした調査でも、回答者の5%が同性愛あるいは両性愛であった(エンパワーメント11わて調査(2012年))。しかし、震災から8日後に岩手レインボー・ネットワークを立ち上げ今日まで活動する中で、避難所生活を経験したり、パートナーを含む家族や家・仕事を失ったり、仮設住宅での生活を強いられている被災性的マイノリティには出会えていない。小さな地域の中で性的マイノリティであることが周囲に知られた際に家族や友人から拒絶されたり、仕事や住む場所を失ったり、地域から孤立・排除されるなどの可能性を恐れて、自分が何者であるかということの一部を懸命に隠して生活せざるを得ないと感じている性的マイノリティが多いためだと私は考えている。
 唯一私が知るに至った被災性的マイノリティの経験は、宮城のトランスジェンダー女性のケースである。避難所にボランティアに入った人が、ボランティア日誌に彼女について「(避難所に)変態の女装のオカマ」がいたと記していたことが友人を通じて分かった。この女性は、避難所の周囲の女性たちが「鏡がほしい」と避難所の運営者に言えずにいたところ、彼女たちに代わって鏡を要望し設置を実現していた。
 
 ハイチ地震(2010年1月)で被災LGBTの支援にあたったNGOのスタッフと、2011年4月、インターネット会議で当時の私の知り得た東北地方の被災地の状況やハイチでの経験についてなど情報・意見を交換したことがあった。ハイチでもLGBTに対する偏見やスティグマが強く、支援を必要としているはずの被災LGBTに出会うのが困難だったことや、救援物資が女性や子どもに優先的に配給されたため、男性どうしのカップルは物資をなかなか受取れなかったと聞かされた。この後、さまざまな国のLGBT人権擁護家と情報・意見交換を続けると、例えば、チリ地震(2010年2月)でトランスジェンダーであることを理由に隣人から嫌がらせを受けて仮設住宅を追われたケースや、毎年サイクロンに襲われるバングラデシュでは、限られた救援物資が家族・親戚に行きわたるようにと「家族の恥」であるLGBTが家庭から排除されるケースなどが実際に起きたことが分かった。
 人口に占める性的マイノリティの割合は国や地域によって差はないといわれ、その社会がどれだけ性的マイノリティを受容しているかどうかに、「見える」性的マイノリティの多い少ないが左右される。日本において性的マイノリティがもう少し「見える」存在になると、ハイチやチリ、バングラデシュと同様のケースや、下記(1)~(4)のようなことが起こり得る。
 
(1)避難所の仮設風呂やトイレ利用の際「不審者」扱い
 される
 日本では、平時から、表現されている性別が女性か男性かはっきりしない場合や、生まれつきの性から自分が望む性別で生活しようとトランスジェンダーの人が性別を越境(トランス)する場合などに、「不審者」として扱われることがある。これらの人々は、このような扱いを受けることを避けようと、災害時には例えば避難所に設置される仮設風呂やトイレの利用を自制して体調を悪化させたり、周囲に利用を拒否されることが考えられる。
 また、ホルモン療法を受けていたトランスジェンダーの人の場合、病院の流失や交通手段の喪失によって治療が継続できないと、体調不良になる可能性がある。
 
(2)パートナーの死亡を知らされない
 現在の日本において、同性どうしのカップルは法的に認知されない。そのため、例えば、同性パートナーの一方が津波で流されて亡くなっていても、男女のカップルであれば配偶者の一方が亡くなった場合に行われるのと異なり、死亡について知らされることはない。
 パートナーの家族に「パートナー」として紹介し、受け容れられていたような場合、あるいは共通の友人がふたりを「パートナー」と認識・受容している場合は、それらの家族や友人が、生き残ったもう一方のパートナーに知らせてくれることもあるかも知れない。しかし、東日本大震災が襲った地域では、上述の私の友人の証言のとおり、同性のパートナーとの関係性を周囲に明かして受け容れられている場合は多くない。例えパートナーが危険な状態で救出されたとしても、周囲に「パートナー」として理解・受容されていない同性パートナーの場合、面会が認められないことも考えられる。
 
(3)同性パートナーは家族として仮設住宅に入居できない
 仮設住宅は世帯単位での入居が原則である。そのため、上述のように法的に「家族」と認められない同性パートナーは、例え何十年も連れ添っていたとしても、現在の日本の制度と環境では、今回のような災害で仮設住宅での生活を余儀なくされてもともに暮らすことは困難である。平時でも、公営住宅の入居資格のある者は「現に同居し、または同居しようとする親族」とされ、「親族」には「事実婚関係と同様の事情にある者その他の予約者」が含まれるが、同性パートナーの関係は「事実婚関係と同様」とは見なされない。
 
(4)相談できない
 LGBTIの悩み・困難をともに考えてくれる窓口、多様なセクシュアリティの人に配慮ある支援を行っていることを明示した相談は非常に限られている。性的マイノリティは、メディアや日常会話で交わされるLGBTに対する侮蔑的な言葉・態度を身に受けており、他者の態度や反応に敏感である。性的マイノリティ支援を掲げていなければ、女性相談も含めて、一般の相談に自分が相談に行っても適切な支援を受けられないだろうと考えてしまう。自分を理解してくれると信頼できなければ、周囲に支援を求めることは極めて困難で、平時でも被災時でも、性的マイノリティであることで相談を活用することや支援を求めることから遠ざかりがちである。
 
 

普遍的な経験・課題としての災害

 
 担当した分科会には、インド洋大津波で被害を受けたインドネシア・アチェで性的マイノリティ支援をする人や、地球温暖化の影響で自然災害のリスクが高まっていると危機感を抱くトリニダード・トバゴや、チェルノブイリ原子力発電所事故の経験から原子力災害に関心の高いポーランドやドイツからの参加者がおり、活発に質問やコメントが出された。
 「災害はいつ起こるか分からないのに、LGBTIコミュニティでは災害についての議論がこれまでほとんどなかった。帰国したら、さっそくコミュニティで議論や備えを始めたい」-いただいた感想のひとつである。経験を共有することの意義を感じるとともに、東日本大震災からの復興(building back better)に少しでも貢献できれば、また、「震災」を「過去」にせずに日頃からの備えを忘れないようにしなければとの思いをあらたにした機会となった。
 
ILGA.jpg
ILGA世界会議全体で
 
 
 
 
 
1:メッセージ全文(英語);http://ilga2012.org/lgbtq-un/(最終閲覧2013年2月22日)筆者による拙訳(日本語);http://ameblo.jp/iwaterainbownetwork/entry-11464160338.html(最終閲覧2013年2月22日)
2:レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字をとったもので、性的マイノリティの総称。最近では、インターセックス(性分化疾患)の人を含めてLGBTIと表記することもある。本稿では、性的マイノリティと同義で用いる。