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国際人権ひろば No.108(2013年03月発行号)
肌で感じたアジア・太平洋
現地の人々と共に居続けること
鈴木 彩乃(すずき あやの)
看護師 「ラオス小児医療プロジェクト」世界の医療団 日本
イギリスでの公衆衛生学修士コースを終了し、2012年10月、第二の母国ラオスに戻ってきた。マザーテレサに憧れ看護師の道を選び、いずれは途上国で看護師として働きたいと思ってから、15年。二回目の途上国での仕事である。一度目は青年海外協力隊として、ラオスで二年間活動した。その後、イギリスに留学し、もう一度ラオスで今まで学んだことを生かしたいと、現在は世界の医療団日本(フランスに本部のあるNGOで日本にも支部がある)に所属し、ラオス小児医療プロジェクトに看護師として従事している。
ラオスという国
東南アジアに位置し、タイ、ミャンマー、中国、ベトナム、カンボジアに囲まれた内陸国で、国土は日本の本州と同じ位だが、人口は日本の20分の1の約600万人と、人口密度のとても低い国である。農業で生計を立てている人がほとんどで、田植え、稲刈りの時期になると家族総出で田んぼに繰り出す。もち米を心から愛し、主食としており、私のラオス人の友達は「もち米はラオス人の魂だ」と言っている位である。ラオスには少数民族が49いると言われており、主民族のラオ民族に引き続き、モン族、カム族…と続く。少数民族は自分たちの文化と言葉を今なお守っており、彼らの中のラオ語の低い識字率が健康に対する知識の低さにもつながっている。主要な観光資源は北部のルアンパバーンに一つ、南部のパクセーに一つ、計二つの世界遺産があり、2007年だったか、New York Timesにも「世界で一番訪れたい国No.1」にラオスが選ばれ、今なお残る昔ながらの風景と、のんびりと流れる時間、穏やかなラオス人の性格などが観光客を魅了している。一方で貧富の差は確実に開いてきており、首都のビエンチャンを始め、地方都市に住む人たちと、急激な経済発展から取り残された村に住む人たちの生活水準はかなり異なる。
ラオスの医療事情
ラオスは東南アジアの中でも極めて妊産婦死亡率、乳幼児死亡率の高い国である。根強く残る風習、不整備なインフラ、貧困、母親の教育レベルの低さ、医療スタッフの知識・技術レベルの低さ…など、さまざまな問題が絡まりあい、亡くならなくてよい命が消えていっている。特に地方に行くと状況は更に深刻で、肺炎・下痢・マラリアといった的確な治療を行えば治癒できる病気が現在でも死因のトップを占めている。基本的な病気の予防の手洗いが行えていないこと、慢性的な栄養失調状態であること、などが原因で子どもたちは簡単に病気にかかってしまっている。また医療施設までの道が悪いことや、経済的な理由から診療所には行けず、まずは村にある薬屋で薬を買って様子を見るというケースも多い。それが病気の発見の遅れにつながり、かなり病気が重症化してから診療所に来るというケースも多い。また、郡病院、県病院レベルでも提供できる医療に限界があり、お金のある人は国境を渡ってすぐ隣のタイまで診察のために行く。さまざまな国際援助団体がラオスで活動し、医療援助を行っているが、なかなか医療レベルが向上しないのが現状である。
ヘルスセンターまでの道
世界の医療団が新しく始めたプロジェクト
そんな国で世界の医療団がラオス赤十字と協同して5歳以下の小児に対する無料診療を2013年1月から開始した。約二年前から世界の医療団(フランス)が既に妊産婦への無料診療サービス(妊婦健診、出産介助、産後健診)提供は行っており、今回、世界の医療団(日本)はフランスが既に展開しているプロジェクトサイトで、特に小児に焦点を当て、活動を開始した。ラオス国内でも5歳以下の小児に対する無料診療は前例がなく、私たちが対象にしている南部のチャンパサック県内の二郡(スクマ郡とムンラパモック郡)が他郡に先駆けて開始となった。
それと同時に診療所スタッフのレベルアップも図っている。無料診療を提供すると言っても、医療スタッフのレベルが低く、満足な医療が病院、もしくは診療所で受けられないのであれば意味がないからである。各診療所には必ずしも医師が駐在しているわけではなく、看護師、助産師しかいない場合も多い。そうなるとどうしても、スタッフの知識・技術レベルは低くなり、肺炎や下痢といった一般的な疾患も適切に治療するのが難しくなる。スタッフに教えることは本当に基本的なことで、血圧や、脈・体温・呼吸数の測り方から、薬の在庫管理の仕方、決められた時間内にはきちんと診療所を開けておくように、などといったことも、根気よく言い続けなければならない。医療スタッフの給料の低さが、彼らのモチベーションを下げ、また十分な数のスタッフが各診療所に均等に配置されていないことなどから、全ての業務を完全に行うことができない。また、ラオスの基礎教育の質の低さが医療スタッフの能力にも影響しており、簡単な算数の計算でつまずくこともある。
次に村レベルでの健康教育であるが、これも根気よく続けていかなければならないことの一つだ。各村に最低一人はいる村落健康ボランティアをまずはトレーニングし、彼らが健康教育教材を使って、各村で病気の予防の重要性を啓発していく予定である。現在は5歳児以下のこどもの健康についての健康教育教材をチャンパサック県保健局と協力して作成している段階である。内容としては予防接種の啓発はもちろん、栄養教育、子どもの定期的な体重チェックの重要性、衛生教育として手洗い・清潔な飲料水の摂取の重要性などを含めていく予定である。母親たちの中には予防接種の副反応を恐れて子どもに予防接種を受けさせなかったり、また単純に仕事で忙しいからいう理由で連れて来なかったりする。栄養不良状態の子どもも多く、「極度の低身長」とされる子どもは5歳以下の子ども全体の16%を占め、「極度の低体重」は全体の9%を占めているという統計がラオス国家栄養政策(2008年)の中に記されている。これらは母親たちの栄養に関する知識・興味の低さが原因の一つとなっている。このように村レベル、診療所レベルで改善していかなければならないことはたくさんあり、ラオス人との協同は不可欠である。
ラオス人スタッフとの夕飯
村の村落ボランティアとのミーティング
ラオス人と働くこと
私たちの団体は村レベルで活動できるラオス人看護師を雇い、彼女たちに診療所のフォローアップや、村での健康教育のフォローアップを行ってもらっている。しかし、彼女たちの知識や経験はまだまだ基礎レベルであり、まずは彼女たちの知識の向上から取り組まなければならない状況である。また、予定を管理することや、来月の活動に備えて準備すること、報告書を書くということが苦手なラオス人と一緒に働くのは時としてイライラすることもある。ついつい日本人の常識を押しつけてしまいそうになるが、ぐっと我慢して、一つずつ教え、確認していく。いつも自分に言い聞かせる言葉は「あせってはいけない。そんなにすぐに変わるはずがない。もしすぐに変わるのであれば、こんなにもたくさんの援助団体がこの国をサポートする必要がないではないか。」という言葉で、自分がここにいる意味をもう一度確認するのである。
そんなラオス人達と仕事をしていて楽しい時、嬉しい時は、彼らから底抜けの明るさと元気をもらう時である。小さいことにこだわらず、外国人である自分を家族のように受け入れてくれるあの心の広さ、懐の深さはやはり見習うべき点であると思う。「助け合い」「共有すること」がまだまだ自然な形で日々の生活の中に存在しており、人間関係が希薄化してしまった日本人が失ってしまったものがこの国にはまだたくさん残っている。彼らにとっての「当たり前のこと」が時に私を幸せな気持ちにさせてくれることもある。
ラオス人と働くこと、関わりあうことは、日々驚きの連続である。また、ここではフランス人とも一緒に働かなければならず、色んな言葉、文化・価値観の違いが飛び交っている。そんな中で私が一番大切にしていることは「現地の人々と居続けること」である。裨益者である村の住民が何に困り、どれほどの解決能力があり、私たちの団体のことをどう思っているのか、このことに常にアンテナを張り、彼らと共にこのプロジェクトを進めていきたいと思っている。
注: 「ラオス小児医療プロジェクト」ホームページ
http://www.mdm.or.jp/activity/domestic/lao.html