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国際人権ひろば No.110(2013年07月発行号)
特集 日本の人権条約の実施
国連 拷問等禁止条約の日本政府に対する審査(2013年5月) -その審査状況と総括所見を見ながら-
新津 久美子(にいつ くみこ)
アムネスティインターナショナル日本 副理事長
東京大学 難民移民ドキュメンテーションセンター(CDR)
はじめに
1987年に発効し、1999年に日本が批准に至った拷問等禁止条約であるが、批准国の義務として、4年に一度の国連の所管委員会による審査を受ける。第一回目の審査は2007年に行なわれ、このたび、第二回目の審査が、2013年5月21日と22日の二日間に渡りスイスのジュネーブにある国連の会議場、パレ・ウィルソンにて行なわれた。また、NGOから委員へのヒアリングを目的とするNGOミーティングも正式の審査に先立って、5月17日に同会場にて行なわれた。
現在は、審査状況を、なんと、インターネットを通じ、生中継で全世界から見ることが出来る。少し前では考えられなかったことであるが、現地の生の状況を、委員の質問の調子や呼吸を、自宅に居ながらにして、垣間見ることが出来る
1。
その一環でもあるが、話題となった「シャラップ事件」
2もあり、ご記憶の方も、多いだろう。これは、現地の情報を伝える文章の記事に加えて、様子がありありとわかる動画が、生中継だけでなく、国連のサイトにその後も残されてアーカイブとして保存されていつでも誰でも見ることが出来る仕組みの整った今だからこそ、更に話が広がったという背景もあっただろう。
そんな拷問等禁止条約の日本における実施状況は、どのようなものなのか。この小稿では、実際の審議の様子や、委員会審議後に出された総括所見(=最終勧告とも言う。Concluding Observations)を見ながら、すこし振り返ってみたい。
実際の委員会での審議の様子
拷問禁止委員会は、年に2回ジュネーブで開かれ、各会期は3週間ずつである。その会期中に、数カ国に対する審議を行ない、それぞれの国に対する条約の履行状況に対する勧告を行なう。今回の会期は、5月6日?31日の第15会期であり、会期中、日本を含む全8カ国に対する審査が行なわれ,うち5月21と22日の両日に日本に対する審査が2時間ずつ行なわれた。
今回特に注目された課題としては、2007年に日本政府に勧告された内容(積極的事項6項目、懸念事項及び勧告21項目)
3から、委員会が5年間の進捗具合をどう評価するかという点であっただろう。ちょうど同時期に大阪市長による従軍慰安婦に関する発言もあり、国連側の言及があるかどうかに関しても、メディアからは大いに注目された。
実際の審議は、初日に8委員からの質問項目があり、翌日に日本政府側の答弁があり、答弁の最終段に上記のシャラップ発言があったものの、終始淡々と進められた。特に、次に挙げる事前のNGOからのヒアリングの際に話題となった項目を挙げる委員が多く見られた。
参加NGOからの事前ヒアリング
前述の通り、国連の人権条約諸委員会は、対象国の様子を審査するために、対象国政府のみでなく、民間からも情報を集め、審査に活かす仕組みを取っている。審査に備えて、政府報告書が出されるが、それだけでは必要な情報が行き届かなかったり、具体性に乏しかったり、場合によっては審査に不利になる情報が伝わらないこともあるため、補完的な資料として非常に重用される。また、近年では、そうした情報を、紙の形(カウンターレポート)で送付するのみでなく、正式審査の数日前に、NGOからのヒアリングのための正式な時間が用意され、ロビイングに来ている当該国のNGOが招待され、写真や図などを表示し具体的データを示しながら委員たちにアピールする場が設けられている。今回は、9団体が参加(アムネスティインターナショナル、FIDH、CATネット〔拷問に関連する人権NGOの連合体〕、女たちの戦争と平和資料館、全国「精神病」者集団、国際人権活動日本委員会、Space Allies、日本弁護士連合会)し、1時間に渡り行なわれた。
各NGOは、自分たちの提出したカウンターレポート
4に基づき2分ずつ発言し、それを受けて参加委員から詳細な質問がなされ、当該NGOが答弁するという形を取った。質問をした4人の委員からは、1.精神病者の取扱いや隔離拘禁の実態、強制的な医療措置への予防措置の有無、本人が退院を希望した際の手続、拘束手段、2. LGBTへの暴力の法的保護措置の有無、3. 近親相姦の犯罪性、4. 刑務所内の被拘禁者の不服申立てシステム、起訴前の身体拘束への司法判断の有無、5.死刑囚の置かれる厳しい状況と、死刑制度の高支持率の背景、6. 従軍慰安婦問題への日本政府の現在までの行動、に関する質問がなされ、それぞれに対する答弁が行なわれた。
これらの質疑とカウンターレポートに加え、委員会の合間に繰り広げられるロビー活動が、委員会の審議にはもちろん、最終的に委員会の採択する総括所見に大きな影響を及ぼしたことは、言うまでもない。
総括所見の勧告内容
こうした委員会審議を経て、通常は総括所見が審議後1、2週間の委員会会期終了時までに公表される。今回の日本政府に対する総括所見は、5月29日の第1164会合において採択された
5。英文で、13ページあまりの長さであり、積極的な事項として9点が、懸念される事項として22点が挙げられた。積極的事項として挙げられたのは、強制失踪防止条約の批准(2009年)、国際刑事裁判所への加盟(ローマ規程の批准)(2007年)、「入国管理及び難民認定法」の改正(2009年施行)などであった。
懸念される事項と勧告として、例えば、日弁連は、下記の7点につき、特に重視すべき内容として挙げている。1.代用監獄制度の廃止を含めた検討(項目10)2.取調べ手法と自白偏重への深刻な懸念(項目11)3.難民認定制度と入管収容施設の懸念、特に3条のノンフルールマン原則の徹底と難民申請者の収容を必要最小限とし代替措置を活用すること、入管視察委員会の独立性と実効性をより高めること(項目9)4.刑事及び留置施設からの不服申立ての確保と重大事案における公務員の訴追と処罰への言及(項目12)5.拘禁処遇時の適切な医療の確保と拘束具の廃止(項目13)6.死刑制度廃止の検討と死刑確定者の処遇改善(項目15)7.戦時性奴隷制(従軍慰安婦)問題解決策のための法律上及び行政上の措置(項目19)。
他にも、拷問行為が時効に関係なく訴追や処罰される適切な法改正(項目8)、独居拘禁の必要最小限の使用と現在実務の数値評価と情報提供(項目14)、パリ原則に基づいた真に独立性の担保された国内人権機関の設立(項目16)、人身取引防止措置と議定書批准の検討措置、被害者への適切な支援及び加害者への起訴と処罰(項目21)、精神医療での効果的な司法手続きの確立、身体拘束と独居拘禁は最小限にし、効果的な不服申立て機関へのアクセス強化と、独立した監視機関による定期的訪問の確保(項目22)、あらゆる場面で子どもに対する体罰が明確に禁じられること(項目23)などが、懸念事項及び勧告として挙げられた。
特に着目すべきは、前回2007年の審査で指摘された勧告の多くが繰り返されて指摘されたこと、また、新たに付け加わった点として、従軍慰安婦に関する勧告や死刑制度廃止の可能性の検討への言及が挙げられる
6。
同会期の他国への審査
この第50期に開かれた他国への審査状況は、どのようなものであったのだろうか。日本はかなり厳しく審査をされ、勧告を受けているが、日本のみならず、比較的制度が整っていると思われるヨーロッパ各国に対しても、かなり厳しい審査結果が出されている。イギリスとオランダに対する審査状況を少し見てみよう。
所見は、日英蘭ともに、12-13ページで同じである。積極的な側面として褒めるページが約1ページ、是正措置を勧告するページが10ページ、残り2ページほどが手続面に関する記載、と、配分もほぼ同じである。
今回が5回目の審査となるイギリスであるが、積極的事項として19項目、懸念事項と勧告として31項目があがっている
7。主な項目には、海外で展開する軍隊への条約不適用と治外法権があり得ないこと(項目9)、拷問禁止へむけた国内法の曖昧性(項目10)、情報機関の海外活動時の透明性と説明責任の確保(項目11)等が挙げられている。同時に、着目すべきは、NGOによるカウンターレポートの数も、半端なく多く、26ある
8。また、オランダに対する勧告
9であるが、積極的側面として15項目を歓迎している。一方で、強制送還が年間6000件にも及ぶこと(項目18)、警察、 刑務所、国境警備における担当官の非人道的行為の散見と、彼らへの適切な人権教育が不足していること(項目18)、起訴前拘禁が100日を越えるケースがあること(項目20)
10、国内の拘禁施設視察委員会の透明性と申立て手続に不備があること(項目22)など、懸念事項と勧告が31項目に渡って挙げられている。
まとめ
ヨーロッパの場合は、欧州人権条約や欧州拷問禁止条約、欧州人権裁判所、と、日本と異なり、地域人権条約や地域人権裁判所機構も別途あり、かつ、それぞれの国内には人権擁護機関が存在するため、かなり厳密な審査を常時受けている格好となる。それでも、まだ足りない点としてフィルタリングの役目として国連の条約機関より諸々指摘を受ける。こうしたことを考えると、地域機構や地域人権裁判所、人権機関がないわれわれ日本の場合、拷問等禁止条約をはじめとする国連の人権条約機関が出してくる勧告の意味合いは、相対的に非常に高いものとなる、と言えよう。
日本は、拷問等禁止条約の批准国として、拷問禁止委員会から指摘された事項に関し、誠実に改善に向け取組む努力をする義務がある。ヨーロッパの国々も厳しい勧告を受けていることを念頭に置きつつ、投げやりになったりふてくされることなく、指摘事項につき真剣に実施できるよう整え、条約の実効性を担保すべく適切な措置を取ることが国際社会の一員として非常に大切であることは、改めて言うまでもない。
次回審査2017年まで、どのように進捗して行くのか。それは政府だけに任せて良い話ではない。われわれ国民の側一人一人も常に実行状況を監視し、必要な場合はしっかりと声を上げて行くことが求められていることを忘れてはならない。
1: 実際の審議の模様は、下記のアーカイブスで閲覧可能。
UN Treaty Body Webcast
「http://www.treatybodywebcast.org/
2: 外務省・上田秀明人権人道担当大使による答弁内における発言。
http://www.youtube.com/watch?v=hkoQjIBA_3U
3: 2007年拷問禁止委員会総括所見(CAT/C/JPN/CO/1)2007.8.7、
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/gomon/pdfs/kenkai.pdf
Committee against Torture50th session (6 May ? 31 May 2013)
http://www.treatybodywebcast.org/
5: Concluding observations on the second periodic report of Japan, adopted by the Committee at its fiftieth session (CAT/C/SR.1164), http://www2.ohchr.org/english/bodies/cat/cats38.htm
6: 各団体より、声明が発表されている。例えば、日弁連会長声明(2013.6.4)、監獄人権センター声明(2013.6.3)など。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2013/130604.html, http://www.cpr.jca.apc.org/archive/statement
http://www.treatybodywebcast.org/
8: NGOによるカウンターレポートは下記よりそれぞれ閲覧可能である。
http://www2.ohchr.org/english/bodies/cat/cats50.htm
10: Aruba氏のケースは116日、Curacao氏のケースは146日の収容であった。