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国際人権ひろば No.110(2013年07月発行号)
人権さまざま
慰安婦制度と風俗業を語ること
白石 理(しらいし おさむ)
ヒューライツ大阪 所長
世界人権宣言
第1条
すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神を持って行動しなければならない。
第4条
何人も、奴隷にされ、又は苦役に服することはない。奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁止する。
第5条
何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない。
事は、2013年5月13日の橋下徹大阪市長(日本維新の会共同代表でもある)のぶら下がり会見(記者が政治家を囲むようにして行う取材会見)の発言から始まった。
日本の軍隊だけではなく、いろいろな国が「慰安婦制度を活用していた」として、「猛者集団、精神的にも高ぶっている集団に、休息じゃないけれどもそういうことをさせてあげようと思ったら慰安婦制度が必要なのは誰だってわかる」と語ったという。同じ日に、「普天間基地の司令官に、もっと風俗業を活用してほしいと言った。」と述べたとも報道された。
ところが軍隊と性に関する一連の発言に対して批判と抗議が起こる。これをみて、橋下市長は、慰安婦制度が「必要だった」とする自らの発言を巡り「大誤報をやられた」とメディア批判に転じた。慰安婦制度を容認したことは一度もない。(誤解されたのであれば)日本人の読解力不足だとした。
その後、日本外国特派員協会での会見に際して読み上げた声明文では、「私は、21世紀の人類が到達した普遍的価値、すなわち、基本的人権、自由と平等、民主主義の理念を最も重視しています。また、憲法の本質は、恣意に流れがちな国家権力を拘束する法の支配によって、国民の自由と権利を保障することに眼目があると考えており、」さらに、「女性の尊厳は、基本的人権において欠くべからざる要素であり、(中略)私は、疑問の余地なく、女性の尊厳を大切にしています。」とし、米軍普天間基地司令官に風俗業の活用を勧めたことについては「不適切な表現だったので撤回するとともにおわびする」と述べた。しかし慰安婦制度が必要だったとする発言については、取り消しも撤回もせず、誤解を解くために「私の真意を改めて説明」するとした。「日本兵が『慰安婦』を利用したことは、女性の尊厳と人権を蹂躙する、決して許されないものである」ともいう。
発言が目まぐるしく変わる。上述の声明が、橋下市長の「真意を説明」したものとすると、最初の発言はいったい何だったのか。二つのまったく異なる発言の間には、目もくらむばかりの落差がある。マスコミが一斉に流した誤報であるとか、読解力不足の日本人の誤解であるというのは、「わるいのは自分じゃない」ということか。
橋下市長は、「アメリカ軍の風俗業の活用」を撤回し、「アメリカ軍とアメリカ国民」に対して謝った。また、かつて日本軍兵士が「慰安婦」を利用したのは、決して許されるものではないと断言した。戦時に「慰安婦」とよばれた人たち、またアメリカ軍の基地が集中する今の沖縄で「風俗業」に携わる女性たちに関わる彼の発言。それは、表現の適切性や誤解の問題ではなく、発言が示す価値観に関わることである。軍規律維持のためや、軍要員の「性的エネルギーのコントロール」のために必要として、男性が女性を「活用」する。「休息じゃないけれどもそういうことをさせてあげる」のは当たり前という考え。その必要は「誰だってわかる」、戦時にはいろいろな国でやっていたこと、なんで日本だけやり玉にあげられるのか、と迷路にはまり込むような話。私の理解は到底およばない。
単純明快な話をしよう。彼が重視するという人権、自由と平等そして民主主義の理念。世界人権宣言がかかげる原理原則。それは、一人ひとりの人間の尊さ、かけがえのなさに基づいて、奴隷制、強制労働、拷問や人の尊厳を損なうような扱いの禁止を当然のこととする。これは、時代を超え、国を超えて、認められる普遍的価値である。
このような普遍的価値を重視すると言う橋下大阪市長が大阪府知事に就任した2008年以来、大阪で何が起こったか。
多数決が絶対。選挙に勝つことがすべて。彼は当選して「民意」を味方にしたとする。「民意」が首長を無条件に支持するという主張は、民主主義の原則からは程遠い。議論を尽くすと言いながら、異論を唱える者に対する容赦ない攻撃、一般市民に不満のはけ口を提供する公務員たたき。教育現場の統制、「国際競争を勝ち抜くグローバル人材を育てる」、「教育とは2万パーセント強制」、「八尾空港をオスプレイ訓練のために」とつぎつぎと発する思いつき。政策の実現可能性、一貫性よりも、常に世論におもねる手法を駆使して、休みなく、ニュース、話題を作り続け注目を集める。政治の自転車操業である。ニュースや話題に上らなくなれば、倒れてしまう。これまでの人権行政が否定されてしまった後、新たな人権施策は打ち出されていない。残ったのは、「国際人権都市大阪」のがれき。
「基本的人権、自由と平等、民主主義の理念を最も重視」することと、政治家としてのこれまでの軌跡の隔たりを、彼はどう埋めるのか。「真意」を知りたい。