国際化と人権
「新入管体制」ともいうべき改定された「出入国管理及び難民認定法」(以下、「入管法」)が施行されて1年が経過した。改定入管法の問題点が指摘されるなか、その内容や手続きが外国人当事者に十分に知らされることなく施行されたことで一層の危惧と懸念がもたれていた。
施行後1年の統計が明らかにされていないので全体的なことが把握できない中で、相談活動を行っている各地の団体からの情報を中心とする分析になった。
今回の改定の狙いは、入管法と「外国人登録法」(以下、「外登法」)による外国人への管理、監視体制が機能しなくなったことから、治安管理的機能を入管法に一元化することでその再構築を図った点にある。外登法を廃止し、在日コリアン、台湾出身中国人などを「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」(以下、「入管特例法」)の適用とし、その他の外国人については入管法を適用し「新しい在留管理制度」の対象者とすることによって外国人を分断し管理するものとなっている。
外国人への管理、監視体制の再編強化は2003年9月2日の閣議口頭了解によって犯罪対策閣僚会議が設置され、そのもとに「在留管理に関するワーキングチーム」が結成されたことに始まる。同ワーキングチームにおいて関係省庁が外国人の在留情報の把握や在留管理の在り方について検討を行い、2007年に外国人の雇用報告義務と入国審査時における外国人に指紋及び顔写真という個人識別情報提供の義務化が実施され、そして改定入管法の施行で完結した。
改定入管法は多くの問題点が指摘されていた。その中でも在留カードの常時携帯義務と各種変更届を14日以内に行うという刑事罰付きの規定が大量の法違反を生み出すのではないかとの懸念があった。1970年代の外登法では外国人登録証の常時携帯義務違反と居住地変更登録違反の送致件数が年間4千件を越えて、外登法違反の三分の一を占めていたからだ。
ところが改定入管法施行後、これらの違反についての相談はほとんどなかった。離婚、死別の届出も半年以上遅れたものでも在留資格変更申請に影響が出たという相談はほとんどない。これらの規定について改定法施行後の3年間1を試行、周知期間としていると思われるが、入国管理局が運用上で罰則適用を前面に押し出すことはなかったようだ。ただ運用としてどのようにでも変更しうることから、今後の推移を見なければならない。3年後に厳格に条文を適用するとなれば法違反者の大量発生の懸念は現実のものになる。もしこれらの規定を適用しないのであれば、刑事罰である罰金ではなく住民基本台帳法と同じ過料とすることが求められる。
もう一つ強い懸念が指摘されていたものに在留資格の取消制度の拡大があった。拡大された取消対象に、「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」の在留資格を持つ外国人配偶者が「配偶者の身分を有する者としての活動を継続して6月以上行わないで在留していること」が含まれていた。これがどのように運用されるかということと、この条文によってDV被害者が保護を必要としながらこの項目のために保護の申し出を抑制し被害が拡大するのではないかという懸念だった。
在留資格の取消しの相談はあまり聞かなかった。しかしDVからの保護を求めることの抑制は、以前から在留資格を利用したDVで加害者である配偶者から言われていた「おまえなんかいつでも日本にいられなくできる」という脅し文句に加えて、離婚した報告を入国管理局に行うことや外国人配偶者があらたに在留資格の取消対象になるという改定点の情報を知っている者ほどDVからの保護や離婚手続きの着手への躊躇となって現れていた。
DV被害者への適用除外規定は在留資格の取消し(法第22条の4、1項7号)にはあるが、住所の変更届(法第19条の9)にはなく、住民票の閲覧や謄写制限がなされないままに転入届を出さざるを得ないか、一時保護中に法違反となるかという問題がある。
もう一つ拡大された規定に不法就労に関するものがある。これは不法就労助長罪と退去強制事由の拡大である。
不法就労助長罪は、就労の可否が明示された在留カードが導入されたので外国人が不法就労者であることを知らなくても処罰対象になるとされた。これについては在留カードの導入だけで処罰対象とする合理性は疑わしいと指摘されている。また不法就労助長罪の適用範囲が無制限に拡大するとの懸念もある2。
退去強制事由に、外国人が不法就労助長、その教唆、幇助を行った場合に退去強制事由にあたるとされた。ここでも「あまりにも広範囲に拡大されている」との批判がある3。この改定は2010年から施行されている。
親族訪問で来日した親戚の者にアルバイトを紹介した永住者がこの対象となり、退去強制手続きをとられているというような相談もあった。ほかにも退去強制手続きをとられているという相談を複数聞くので、この規定の対象となる者は多いと推測される。同胞やエスニックコミュニティが助け合うということを一切許さないとした入国管理局の対応はきわめて問題が多いといえる。
入国管理局が外国人の利便性の向上として大々的に宣伝をしていた「見なし再入国許可制度」で在留資格を失うという事例が報告されている。再入国許可を取らなくても、パスポートと在留カードがあれば再入国許可を取ったものと見なすという制度は、在日コリアンで「朝鮮籍」を持つ者やパスポートを持たない難民には適用されない問題があるとの指摘はあった。
問題はとんでもないところから起こった。みなし再入国許可で出国するには、出国の際に再入国出国記録用紙に記入して再入国するが、この用紙の見なし再入国で出国するという項目にチェックを入れる必要がある。ところがここにチェックを入れないで出国した永住者が、日本に戻ってきたときに上陸できないということが起こった。在留資格を喪失したのだ。
こうした事例が散見され、入国管理局は再入国出国記録用紙の再入国の意思確認欄の位置を変更する小手先の対応を行っている。喪失した在留資格は改めて申請するほかなく、実務上の対応がどうなるかもあるが、チェック一つで在留資格を失うような制度は改めざるをえない。
在留期間の最長を5年とする改定もその対象が、相当な収入があるか、日本語能力検定でN2を持つかなど、特にブラジル人やペルー人、フィリピン人、中国人などに多い定住者の在留資格を持つ者(定住者告示2~7)にはきわめてハードルが高い。しかも永住許可申請には最長の在留期間を認められていなくてはならず、2015年以降には3年の在留期間で永住許可申請ができるかどうかも未決となっている。
また上陸拒否の特例にかかる措置として、在留資格があるが上陸拒否事由に該当する者を再入国のたびに上陸特別許可を得なくても入国審査官が上陸許可を行えるとした規定である。退去強制処分歴があるが、現在は在留資格をもって在留しているような場合がそれに当たる。
ところが上陸審査の時に入国審査官が周りに聞こえるような声で「もう前のような犯罪はやっていないだろうな」と言われたとの相談が寄せられている。高度なプライバシーに関わるセンシティブ情報をこのように扱う入国管理局の人権意識こそが問われている。しかもこの相談は複数寄せられているので、入国管理局が組織的に行っている疑いもある。
改定入管法は新しい在留管理制度として、第19条の18で中長期在留者の身分関係、居住関係及び活動状況に関する情報の継続的把握を法務大臣に課している。それらは上陸許可申請や在留期間更新、在留資格変更申請時に得られる情報と、配偶者との離婚・死別などの身分事項やその他の変更時に課せられた届出義務にある氏名、生年月日、性別、国籍の属する国、住居地、所属機関などで構成される。さらに雇用対策法に基づく外国人雇用状況の届出、上陸許可申請時の指紋・顔写真等の個人識別生体情報などでデータベース化して、在留管理に活用するとされている。
かつての入管法・外登法体制の時をはるかに超える外国人の個人情報を収集、整理することによって新しい在留管理制度は構築されている。まさに外国人個人の一挙手一投足をも管理、監視する制度となっている。これらの下で様々な利便性が提供されるという。在留期間の最長が5年になる、見なし再入国許可で再入国許可申請せずに済む、などがそれである。
このような利便性は「奴隷の自由」に過ぎない。根底にあるのは、外国人はたえず自らの身分関係、居住関係及び活動状況を意識して生活せよと迫るものである。日本人が同じようなことを求められれば大きな反発を受け頓挫していたであろう。
個人から自尊感情を奪うような管理制度は、かつての在日韓国・朝鮮人二世、三世の差別撤廃を求める運動と同じような闘いに直面するだろう。
そのようになる前に外国人の人権基本法を制定し、こうした管理制度の整備ではなく、安定した在留する権利とそれを元にした諸権利こそが求められている。
管理からはけっして権利は生み出されないのだ。
注)
1: 附帯決議には定着性の高い永住者について「在留カードの常時携帯義務及びその義務違反に対する刑事罰の在り方、在留カードの更新等の手続、再入国許可制度等を含め、在留管理全般について広範な検討を行うこと」とし、附則第61条には施行状況を勘案して3年後の見直し条項がある。
2: 児玉晃一、関聡介、難波満編『コンメンタール出入国管理及び難民認定法2012』(572頁)