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国際人権ひろば No.112(2013年11月発行号)

特集 中国延辺スタディツアー

グローバル化に洗われる社会での女性たちの結束をみる -延辺地域の女性団体との交流を中心に-

徐 阿 貴(ソ・アキ)
お茶の水女子大学/梨花女子大学

 韓国に居住する中国出身の朝鮮族は約50万人、人口の1%に達するといわれる。食堂や工場地帯など日常生活で朝鮮族の人々に接する機会は多く、すでに韓国社会の一部になっている。ところで人々を送り出した側の中国朝鮮族社会はどうなっているのだろうか。とりわけ朝鮮族の女性は「働き者」といわれるが、女性たちが後にした家庭、職場、地域社会は変化にどう対応しているのだろうか。そのようなことを思いつつ、延辺地域の女性団体との交流会に参加した。当日は延辺朝鮮族自治州創立記念日、貴重な休日にもかかわらず4団体の代表が温かく迎えてくださった。
 
交流会の様子p8.jpg
交流会の様子
 

 親不在家庭と未来指導者教育

 
 まずリュ・ヘソン氏より、朝鮮族社会で初の心理カウンセリング事業だという社会教育研究会についてうかがった。中国朝鮮族の人口移動は1980年代後半以降の改革開放政策、さらに90年代初頭の中韓国交正常化が拍車をかけ、現在移住先は韓国に加え日本、欧米などグローバルに広がっている。移住は朝鮮族社会にさまざまな影響を及ぼしているが、親不在で子どもが祖父母などに育てられている家庭が6割にのぼることから、青少年の意思疎通や教育の問題が深刻だという。これに対応すべく、1990年代なかばに朝鮮族の放送局プロデューサーが韓国で心理カウンセリングを学び、設立したのが当研究会である。ちなみにリュ・ヘソン氏は2代目の会長で、延辺大学心理学科教員、延吉市婦女聯合会の子ども教育専門家を歴任し、中国心理相談学会顧問でもある。当研究会は2003年に民間社会法人となり、心理カウンセリング(個人および集団対象)、社会教育(父母および青少年対象)、そしてリーダーシップ教育を柱に活動している。青少年の問題の原因として親の不在が強調されがちだが、リュ氏によれば物理的な距離は寂しさや悲しみを引き起こすとはいえ、独立心を育てるといった良い面もある。実際、親不在家庭の子どもは自己主張、自立心、人間関係対応力(祖父母との生活により気配りがきく)がとくに優れているという。出稼ぎが当面続くだろう中、子どもたちを問題児として扱うのではなく、良い点をほめながら健全な成長に向けて全面的にサポートすることが大人の責任との考えから、リーダーシップ教育を「未来社会指導者教育」と位置づけ活動している。
 次に、リーダーシップ・センター代表および家族幸福協会理事を務めるキム・キョンヒ氏である。リーダーシップ・センターは、延辺大学科学技術学院を基盤に2000年に発足。これまでに55期開催し、修了生は1500人という。青少年向けリーダーシップ教育はこれまで6期開催し、100人余りが修了している。成人向けは10週間、青少年向けは8週間のプログラムで、受講者は13歳から70才までと幅広い。教育内容は、コミュニケーション、潜在能力の開発、そして他人への配慮を柱としている。テキストは当初、カナダやアメリカ、韓国や中国から取り寄せていたが、2005年に朝鮮語による、朝鮮族の状況に合わせたテキストを開発した。このリーダーシップ教育から生まれたのが家族幸福協会であり、子どもと社会の幸福は家庭からとの考えから、父親・母親教室を運営している。講師は最初韓国から招聘していたが、現在は講師養成講座を修了した地元の人が担当している。大学教員や地元の名士のほか、学生や主婦、お年寄りなどさまざまな人々がボランティアで教えているという。ところで中国の教育は一般的に知識注入型だが、リーダーシップ・センターと家族幸福協会は参加型で、議論や手紙を書いたり、性格分析などを行っている。母親が出稼ぎで不在の家庭では、父親が子どもの世話をする関係で困難が生じやすく、そのため父親へのサポートが重要になっていると
いう。
 2団体の代表の話から、出稼ぎによる親不在となった家庭の子どもに対し、地域に受け皿を作り、将来のリーダー育成を目的に真摯に対応されていることが伝わってきた。青少年の問題は出稼ぎが原因とされがちだが、上記2団体は親にのみ責任を負わせるのではなく、脆弱な家庭は地域の大人たちで支えていこうという姿勢が感じられた。2団体の代表は中国や朝鮮族社会のエリート層であり、いうなれば出稼ぎに行く必要がない人たちである。だが、働き盛りの人口が流出している朝鮮族社会にあって、女性たちが助け合いの精神で前向きに対応しているのが印象的であった。このような相互扶助の精神は、中国の辺境にあるマイノリティという立場や歴史性も影響しているかもしれない。ところで中国では、社会団体として活動するためには行政のお墨付きが不可欠だが、2団体は婦女聯合会(中国の全国的な女性組織で、党・政府と女性大衆を結ぶことを目的とする)と緊密な関係を保ち安定した活動をしているようであった。また2団体とも、当初はテキストや講師などを韓国から調達するなど、韓国の社会教育とのつながりが深い。質疑応答では、父親教室は90年代末の韓国における父親運動(良い父親になろうとする男性たちの運動)の影響があるのではという意見も出された。発足後ある程度年月がたった現在、地元に人材が育成されつつあり、朝鮮族社会の実情に合わせた活動を徐々に発展させつつある。今回は時間の制約もあり具体的な教育内容について詳しく聞けなかったが、ビジネスだけでなく市民活動の分野でも韓国と密な連携があり、連携を元に延辺社会が独自な発展をしようとしていることを興味深く感じた。
 
幸せな人生を志向する人々の集まりp9.jpg
「幸せな人生を志向する人々の集まり」
 

 女性のイニシアティブと延辺のグローバル化

 
 次に、延辺朝鮮族女性発展促進会は延辺大学の女性教員を主とする団体で、その中に女性文化教室がある。代表のキム・ケウォル氏も元延辺大学教員で、定年退職した女性を対象に文化講座の運営を行っている。中国では、女性はごく当然のこととして仕事と子育てに身をささげるが、定年後女性は家庭しか活動の場がなくなり、ギャップに苦しむという。そのため退職後も向上心をもち充実した第2の人生を送れるよう、女性発展促進会が作られた。半年で12時間の授業コースを年に2回実施、講師は延辺大学関係者が多く、専門を生かし、法律、美学、健康、文学、科学、心理学などの講座を開いている。会員50名のうち延辺大学関係者が9割を占めるが、ホテル経営者のような一般企業家も含んでいる。
 最後に、延辺朝鮮族伝統飲食協会会長であり延辺韓食アカデミー院長であるキム・スノク氏から話をうかがった。元判事だというキム・スノク氏はもともと料理に興味があり、退職後は韓食料理振興のために活動している。韓食は健康食として注目されており、延辺地区の食堂も以前は中華料理が多かったが、現在は9割が韓式だという。ただし中国の調理師資格は中華料理と西洋料理の2種類のみで、韓食の国家資格がないことが問題だという。このためキム氏は2006年、韓食堂のオーナーを集めて社団法人を立ち上げた。韓流のカンナム・スタイルや大長今(チャングムの誓い)のように、テンジャン(朝鮮半島の味噌)とキムチを基本とする韓食を世界に広めようと考えているという。キム・スノク氏によれば、延辺という場所、そして朝鮮族は、グローバルに韓食文化を広めるのに適している。なぜなら朝鮮族は北朝鮮にも韓国にも行き来でき、海外にも比較的自由に行かれるからである。キム氏自身、世界各地で開かれる料理博覧会に参加したり、諸外国の韓食堂ネットワーキングのために活動している。
 
 以上、4団体より話を聞いた。女性たちの精力的な活動の裏には、男女差がある退職年齢も関係しているようだ。中国では一般に男性は60才、女性は55才で定年だという(工場労働者は50歳)。延辺大学では、理不尽なジェンダー差別に対し女性教員たちが抗議し、徐々に改善されつつあるという。社会活動は、女性たちの高い能力と社会貢献性をアピールするものとなりうる。最後に、前日のワークショップと同様この交流会でも、朝鮮族女性たちの強い結束が印象的であった。朝鮮族社会はグローバル化の波に洗われているが、女性たちの相互扶助ネットワーク形成の契機にもなっている。ところで今回の4団体では、出稼ぎに行った女性たちの直接的な関与はないようだった。しかし将来は帰国者が加わったり、独自の活動をしたり、出稼ぎ先と延辺のつながりが形成されるかもしれない。境界を行き来しながら、あるいは故郷に残りつつグローバルに活動する女性たちに注目していきたい。