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国際人権ひろば No.113(2014年01月発行号)

人権さまざま

国の秘密と人権

白石 理(しらいし おさむ)
ヒューライツ大阪 所長

世界人権宣言
第1条
すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神を持って行動しなければならない。

市民的及び政治的権利に関する国際規約 
第19条2項
すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。
 
 「国際人権ひろば」98号(2011年7月発行)の「人権さまざま」。情報と人権についての小文で、論語の一節を引用した。「子(し)日(のたま)わく、民(たみ)は之(これ)に由(よ)らしむべし。之を知(し)らしむべからず」(泰伯第八 196)。一般大衆に理解してもらおうというのは難しい、権威ある専門家のいうことを信じて従ってもらえばよろしい、という意味だと述べた。2013年12月6日に国会で可決された特定秘密保護法は、「特定秘密」の指定から始まりそれを「保護」するところまで、一般国民を埒(らち)外に置き、「専門家」を自負する政府高官だけが取り仕切るものである。
 
 特定秘密保護法は国の安全保障に関する情報のうち、「特に秘匿することが必要であるもの」を指定して、これを扱う公務員と民間人がこれに関する情報を漏らしたり、外部の者がこのような情報を取得しようとするのを防ぐのを目的とするという。対象とする情報は、「防衛」「外交」「スパイ活動などの特定有害活動の防止」「テロ活動の防止」の4分野と説明される。何を秘密にするかは政府閣僚とその周辺の官僚が決める。指定される特定秘密を取り扱う者は「適正評価」によって選ばれ、その他の者は秘密を知ろうとすることを許されない。秘密を漏らすことは最高で10年の懲役刑。守秘義務は秘密を取り扱う民間企業職員にまで拡げられている。情報は長期間特定秘密として非公開にすることが可能であり、情報の取り扱いを審査する権限を持つ第三者機関はない。「国益」を決め、秘密情報を指定する政府高官が誤ることはないと誰が言えよう。
 
 このような法律が必要とされた背景には、アメリカと日本の間で進行する同盟強化の動きに伴う軍事機密の漏えい防止要求があるといわれる。政府は、2013年12月4日に発足した国家安全保障会議が主に欧米諸国と軍事機密をはじめ情報を共有して有効に機能するためには、情報保全を徹底する特定秘密保護法が必要として法案成立を急いだという。今、日本国憲法の平和主義と国民主権が形骸化し、憲法で定める人権保障が後退する危険が現実味を帯びる。
 
 この法案が提案されて以来、これまでにないほどの反対の声が国の内外から広範囲に上がった。国連の人権専門家や人権高等弁務官も懸念の声を発した。衆議院での審議を経て採決、参議院に送られたころからは、反対の声明や街頭行動が続いた。法案成立が避けられないということが明らかになっても収まる気配はなかった。法案成立後も、批判や反対が続いている。特定秘密保護法に反対する人、危機感を持つ人が多いことの表れである。このような意思表示は表現の自由という人権の行使であり、与党の幹事長が言うような、「本来あるべき民主主義の手法とは異なる」ものではない。このことを政治に関わる者は当然知っておくべきである。選挙で多数を取った人たちが何をしてもよいというのは民主主義ではない。
 
 冒頭でふれた「人権さまざま」で述べたことを繰り返したい。「情報を得ることは人権である」。国民主権を旨とするならば、国の重要事項に関わる情報は、公の利益を客観的に判断できる制度を通して、国民の知る権利を守る形で処理されなくてはならないということである。
 
 どのように厳しく情報を管理しても国家の秘密を守りきることはできない。これは、これまでのアメリカの情報漏えい事例でも明らかである。古くは、1971年の元アメリカ国防総省の職員、ダニエル・エルスバーグがベトナム戦争時の国防総省内部の極秘文書「ペンタゴンペーパーズ」を暴いた事件。最近では、アメリカ軍によるイラク民間人爆撃ビデオや国務省の外交公電など大量の機密情報をジュリアン・アサンジが創設したウィキリークスに渡したとされ、起訴されたマニング上等兵。CIAとアメリカ国家安全保障局(NSA)でアメリカ政府による情報収集活動に関わり、 個人情報収集の手口(PRISM計画)を告発したエドワード・スノーデン。三人とも自分の行為を自覚した上での国家機密漏えいである。
 
 世界人権宣言第1条は、「人間は、理性と良心とを授けられて」いるという。理性は知り判断する力であり、良心は、理性の判断に基づき、行うことを「よし」あるいは、「否」とする内なる声。この良心の声に従い行動することを選んだ人は歴史に名を連ねている。今も自分の職責や法的義務と良心の声の間で悩み苦しみながら、良心の声に従うことを選ぶ人がいる。
 
 特定秘密保護法が可決成立した翌朝、私の小学校の時の先生から電話があった。もう80代半ばの女性である。この法律の成立のニュースを聞いて、今から70年も前の戦争中のことを思い出し、つらくなったとのこと。暗い社会であった。みんなが本当のことを知りたいと思いながら、大声では何も言えなかった。あの時代には戻ってほしくない。それだけを私に言いたかったという。