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国際人権ひろば No.113(2014年01月発行号)

特集 原発事故と原発輸出

「原発事故子ども・被災者支援法」の実施をめぐる課題

満田 夏花(みつた かんな)
国際環境NGO FoE Japan

不十分な被災者への支援

 
 「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」(以下、「原発事故子ども・被災者支援法」)が2012年6月21日、国会で成立した。
 この法律の成立の背景には、原発事故の被害に苦しむ多くの人たちの救済や権利の確立が進んでいなかったことが挙げられる。
 警戒区域や計画的避難区域など政府が指示した避難区域の外にも、深刻な放射能汚染が広がる地域は多々ある。例えば、放射線管理区域の基準より高い地域が、福島市・伊達市・二本松市などにも広がった。家族や自分を守るために避難を決断した人も多いし、経済的な理由で避難したくても避難できない人も少なからずいる。
 避難を余儀なくされた人の中には、経済的な苦境や生活の激変に直面し、多くの困難をかかえている人も多い。とどまっている人たちは、除染がなかなか進まない、子どもを外で遊ばせられない、被ばくが不安、将来的な健康への不安がある、保養プログラムは民間頼みであり、一部の子どもたちしか活用していないなどの問題が山積している。
 政府(文科省の原子力損害賠償紛争審査会)の定めた賠償指針は、こうした住民の救済にはまったく不十分であった。
 
 

 年20ミリシーベルトで固定化された避難と帰還の基準

 
 郡山に住んでいたHさんは、子どもたちのことを考えて、いままで築いてきたすべてをなげうって、避難を決断した。Hさんは、今次のように振り返る。
 「郡山から静岡に家族で自主避難したのは原発事故から5ヶ月後のこと。まるで逃げるようにして避難しました。泥水をすすっても生き抜いてみせる、と当時、自分に言い聞かせました。しかし、避難後、直面した苦労は想像以上のものでした」。
 政府は年20ミリシーベルトを基準として避難区域を設定した。多くの反対の声にもかかわらず、この基準は今に至るまで変わっておらず、おかしなことだが、帰還の基準も線量としては年20ミリシーベルト(政府の計算式によれば、毎時換算3.8マイクロシーベルト、放射線管理区域は毎時換算0.6マイクロシーベルトであるため、その6倍以上ということになる)とされている。
 いったん避難指示が打ち切られれば、「一定の期間」ののちに賠償も打ち切られる。たとえば伊達市小国地区の特定避難勧奨地点は2012年12月に解除されたが、住民に対する説明会すら開かれなかった。その3か月後には賠償も打ち切られた。
 伊達市小国地区に実家がある3児の母であるSさんはこう憤る。「まったく何の説明もなくいきなりの指定解除。もとの家の線量は、場所によっては毎時10マイクロシーベルトを超えます。避難先で新しい生活を踏み出そうとしていますが、家のローンも残っています。そういう人は多いと思います」。
 加えて、健康への懸念も深刻である。福島県の県民健康管理調査は、甲状腺癌以外の疾病は生じないという前提で組み立てられており、心電図や血液検査などを行う詳細な健診が、避難区域からの避難者にしか行われていない。福島県外にいたっては、放射線被ばくに対応した体系だった健診はまったく行われていない。
 FoE Japanは、多くの被災者のみなさんや他の市民団体とともに、国の避難政策の見直しや20ミリシーベルト基準の撤回、被災者・避難者の賠償の支払いや支援を行うこと、子どもたちに十分な健診を行うことを求め、活動してきた。しかし、国は頑として方針を変えることはしなかった。
 
 

 全国会議員の賛成のもとに成立した「子ども・被災者支援法」

 
 「子ども・被災者支援法」は、福島原発事故の被災者の状況を解決したいという国会議員の動きを、多くの被災者・市民が、後押しした結果である。福島原発事故被災者への支援策を包括的に定めた法律だ。
 同法は「放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分解明されていない」(第1条)と明記。「居住」「避難」「帰還」の選択を被災者が自らの意思で行うことができるよう、医療、移動、移動先における住宅の確保、就業、保養などを国が支援する。また、子どもの健康影響の未然防止、健診や医療費減免などが盛り込まれている。政府が、実施のための「基本方針」を定めることとされる。この中で、「一定の線量」以上の地域を「支援対象地域」として指定する。
 
継続する深刻な汚染(p5).jpg

政府指示の避難区域外であっても、放射能汚染の状況は深刻である。局所的に、非常に高い地点が、人家の周辺の水路や通学路の道路脇など、生活空間のそばに点在している。ちなみに、放射線管理区域は毎時換算0.6マイクロシーベルト。
(写真提供:青木一政さん/福島老朽原発を考える会)

 

届かなかった被災者・自治体の声

 
 子ども・被災者支援法は、制定後、1年以上もの間実施されず、ついに2013年8月22日、11名の被災者が、国を相手取って提訴に踏み切った。
 復興庁が、基本方針案を発表したのは、そのわずか8日後の8月30日。9月23日までのパブリック・コメント期間中、4,963件の意見がよせられた。京都、新潟、福島、東京などで、市民主催で子ども・被災者支援法の内容や復興庁の基本方針の問題点などに関する学習会が開かれた。さらに住民からの強い要請もあり、宮城県丸森町、栃木県那須塩原市、千葉県野田市・我孫子市などの多くの自治体が批判的意見を提出したことは異例のことであった。
 よせられたパブリック・コメントの多くは、各地で公聴会を開催するべき、被ばく線量年1ミリシーベルト以上注を支援対象地域にすべき、災害救助法に基づく住宅支援の期間を延長すべき、福島県外においても被ばくに対応した健診を行うべき、などの内容であった。パブリック・コメントの期間中、復興庁は福島および東京で説明会を実施。どちらの説明会場でも、参加者が強い口調で、公聴会などの意見聴取を各地で行い、それにもとづき、基本方針の見直しを求めた。被災者・支援者は何回も要請書を出し、記者会見を開催し、「基本方針に被災者の声を」と訴えた。
 このように強い批判が噴出したのには、後述するように基本方針案の内容が「子ども・被災者支援法」の理念に反し、支援対象地域を極めて狭く設定し、支援の手を心待ちにしていた被災者の期待を裏切るものであったからだ。しかし、これらの意見はまったく反映されることなく、同基本方針は10月11日、閣議決定された。
 
 

 基本方針の内容と問題点

 
 基本方針閣議決定の朝には、FoE Japanなどの呼びかけで、各地からの被災者が官邸前で抗議集会を開き、また記者会見を開催した。
 「想いをこめて意見公募に意見を書いたのに…。被災者を切り捨てるような決定は許せません」。集会に参加した郡山に住むYさんは声を震わせた。「子ども・被災者支援法」の第5条3項では、「政府は、基本方針を策定しようとするときは、あらかじめ、その内容に東京電力原子力事故の影響を受けた地域の住民、当該地域から避難している者等の意見を反映させる」と定めているが、実際は被災者の声は、まったくといっていいほど反映されなかった。
 さらに基本方針は、「支援対象地域」は福島県内浜通り・中通りの33市町村としている。支援法が求めている線量基準を定めていない上に、範囲があまりに狭すぎるのが問題である。
 その他に「準支援対象地域」が設定されているが、これは既存の政策それぞれの適用地域を呼び換えただけのもの。たとえば、生活習慣病対策といった従来の施策も支援策に盛り込まれているが、対象が「全国」に及ぶものもある。その場合は、「準支援対象地域」は全国ということになる。
 全施策120のうち87の施策が、既存の施策の寄せ集めになっている。新規施策も、大半は除染と健康不安の解消に関わるものだ。最も重要な「避難の権利」を保障する避難者支援策は、避難者の多い地域における「マザーズハローワークの充実」などにとどまり、具体的な施策が書かれていない。
 福島県県民健康管理調査に関しては、多くの専門家や市民は、甲状腺癌や生活習慣病のみをターゲットとした現行の調査内容の見直しを求めてきたが、検討された形跡はない。また、千葉県の自治体や住民団体が求めていた、福島県外における健診の実施などの健康管理については、「個人線量計の配布による外部被ばく量の測定」「有識者会合を設置して検討」とするにとどまった。
 一方、“自然体験活動”への支援が福島県外にも拡大されたことや、民間団体を活用した被災者支援の拡充が盛り込まれたことは、わずかながら前進であった。
 形骸化してしまったかの感がある、「子ども・被災者支援法」。しかし、基本方針の内容がどうあれ、法律が現に存在していることは、変わりのない事実である。私たちは、今後、各地の被災者・支援者とつながりあって、地道に行政と対話を重ねながら、民間団体や自治体レベルの支援実績を国レベルの施策に反映させていく道を模索している。
 
 
注: 自治体の意見書では、汚染状況重点調査地域の毎時0.23μシーベルト以上を支援対象地域とすべき、というものが多かった。