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国際人権ひろば No.113(2014年01月発行号)
特集 原発事故と原発輸出
トルコへの原発輸出を問う
田辺 有輝(たなべ ゆうき)
「環境・持続社会」研究センター(JACSES)
安倍首相は、2012年末の就任以来、積極的な原発輸出外交を展開し、ベトナム・トルコ・アラブ首長国連邦(UAE)・サウジアラビア・ポーランド・チェコなどへのトップセールスを展開している。核不拡散防止条約(NPT)に加盟しておらず、原発技術の核兵器転用の恐れがあるインドとの交渉加速も表明している。
日本政府は、2013年5月に、トルコ及びUAEとの二国間原子力協定にそれぞれ署名した。二国間原子力協定は、核燃料、原発関連機材、原発技術などを他国に供与・移転する際の法的枠組みで、原子力の平和利用を前提に国際原子力機関(IAEA)の査察受け入れなどを規定した国際協定である。両協定は、10月に開会された第185回臨時国会に提出されたが、特定秘密保護法案の議論等で原子力協定の審議入りが遅れ、2014年1月から始まる予定の通常国会に先送りとなった。
10月30日には三菱重工業・伊藤忠商事などが参加する企業連合とトルコ政府が、トルコ北部の黒海沿岸に建設が予定されているシノップ原子力発電所プロジェクトの商業契約で大枠合意し、事業の実施可能性調査(フィージビリティ調査)が開始された。
しかし、トルコへの原発輸出は、安全性・経済性・核廃棄物処分・地元の反対など、多くの問題がある。本稿では、これらの問題について検証したい。
地震国トルコの原発立地リスクと周辺インフラ破綻リスク
トルコは、1900年以降にマグニチュード6以上の地震が72回発生している地震国である。過去50年間に1,000人以上の死者が出た大地震が7回発生しており、中でも1999年のトルコ北西部地震では、1万7,000人以上の死者、4万3,000人以上の負傷者が発生している。
トルコは地震国であるにも関わらず、建物やインフラの耐震補強は進んでいない。例えば、イスタンブール市の耐震補強率(2009年)は全建物の1%で、耐震化工事が施された公共施設については、3,000の学校のうち250校、635ヶ所の公立病院のうち10ヶ所のみとなっている。
シノップ原子力発電所では、三菱重工業とフランスのアレバ社が共同開発したATMEA(アトメア)と呼ばれる加圧水型軽水炉(110万キロワット級)が4基建設される予定である。仮に原子炉自体の耐震性が高いものであったとしても、大地震が発生した場合、道路・上下水道・送電線など周辺インフラが寸断される可能性が高く、事故対応が極めて困難になる。実際に1999年のトルコ北西部地震では、重要な変電施設で機器損壊が相次ぎ、数日間にわたり停電する事態が発生している。
また、日本では福島第一原子力発電所の事故を踏まえ、原子力の推進機関と規制機関の分離が行われ、原子力規制委員会と原子力規制庁が発足した。しかし、トルコでは、推進と規制の両方をトルコ原子力庁(TAEK)が担っており、「推進と規制の分離」が図られていない。
敦賀原発の活断層問題を抱える日本原子力発電がシノップ原発の地層調査を受注
日本政府は、平成25年度の予算(原子力海外建設人材育成委託事業、11.7億円)を使って、シノップ原子力発電所の地層調査を行っている。6月に委託先が公募され、日本原子力発電株式会社(以下、日本原電)1社が応札し、採択された。
しかし、日本原電が持つ敦賀原子力発電2号機(福井県)では、原子力規制委員会が直下の断層を活断層と認定したにも関わらず、同社は活断層ではないと主張し続け、原子力規制委員会と争っている。敦賀2号機の再稼働の目途が立たない中、同社は経営破たんの可能性が高まっている。
経済産業省によれば、委託先決定に際しては外部有識者による審査が行われ、能力・実績・財務状況などが考慮されたとのことである。しかし、活断層の有無を巡って原子力規制委員会と争っている以上、日本原電に地層調査の能力があるかどうか明らかではなく、委託先決定は妥当性を欠いている。外部有識者の名簿は非公開で、完成時に調査報告書が公開されるかどうかについても政府は明言を避けている。
日トルコ両国の市民が、重要な情報にアクセスできないまま、シノップ原子力発電所の建設事業が進む可能性がある。
なお、ベトナムのニントゥアン第二原子力発電所建設に対しても、日本の税金を使って同様の調査が行われており、同じく日本原電が受注している。しかし、政府は追加拠出の使途について説明責任を果たしておらず、両調査報告書は公開されていない。
不透明な事業の経済性と使用済み燃料の処分計画
シノップ原子力発電所のコストは、220億ドル~250億ドルと推定されているが、同じくトルコにおいてロシア国営原子力企業ロスアトムの傘下企業が受注しているアックユ原子力発電では、コストが200億ドルから250億ドルに跳ね上がり、現在も見直し中である。このため、シノップ原子力発電所においても、コストの上昇が生じる可能性がある。
特に使用済み核燃料の処分については、アックユ原子力発電ではロシア側で引き取ることになっているのに対して、シノップ原子力発電ではトルコ国内での処分が想定されているため、発電所のコストのみならず、バックエンド対策のコストを考える必要があるが、使用済み燃料の処分計画が未定で包括的なコスト比較が困難な状況にある。週刊朝日の取材に対して、経済産業省関係者は、「最終処分場問題についてはあえて触れないと事前に申し合わせていた」と語っている。使用済み燃料処分の最終的なツケを負わされるのは、トルコの市民・消費者であり、そのコストを明らかにしないで原発を売りつけるのは、あまりに不誠実な姿勢である。
世界エネルギー会議のメンバーで、トルコのエネルギー専門家であるOguz Turkyilmaz氏は、トルコは太陽・風力など再生可能エネルギーのポテンシャルが豊富にあり、長期的には原子力発電がコスト高になるだろうと指摘している。
シノップ原子力発電で大事故が生じた場合、事業母体である企業連合に賠償責任が生じることになる。企業連合には、三菱重工業や伊藤忠商事が参加しており、日本企業の責任は免れない。また、1人当たりのGDPが1万500ドルの国で、莫大な事故処理・除染・廃炉・賠償費用を賄うことは難しい。
日本の政府系金融機関である国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)からの支援、大手民間金融機関からの融資も想定されている。債権が焦げ付いた場合や多額の保険事故が生じた場合、日本の納税者に負担が課される可能性もある。
トルコのシノップにおける原発建設反対運動(写真提供:Anti Nuclear Sinop)
根強い地元市長・地元住民の反対
シノップ市長のパキ・エルギュル氏は、地元経済を支えている観光産業に甚大な影響を与えるとして2009年の選挙で原発建設反対を掲げ当選。以来、原発建設に反対の姿勢を貫いている。地元自治体であるシノップ市の市長が原発建設に反対している中では、住民避難計画の適切な策定・実施は困難であるため、地元自治体の同意なしに事業を進めるべきではない。
また、シノップでは1986年のチェルノブイリ原子力発電事故でも小麦や生乳に放射能被害が生じたことから、地元住民の反対運動も根強い。11月、シノップ市の市民団体は、日本の国会議員に対して原発輸出の停止を求める要請書(市民2871名が署名)を提出した。
福島第一原発汚染水問題が収束しない中での原発輸出
安倍首相は、2013年10月18日の参議院本会議において、「廃炉までのロードマップ、汚染水対策では基本方針をすでに策定している。事故の教訓を世界で共有することが我々の責務であり、技術を提供していく考え」と回答している。
しかし、福島第一原発の事故により、福島県だけでも未だに14万人以上の人々が故郷を奪われている。汚染水処理の目途は立っておらず、実現可能性は不透明なままだ。シノップ原子力発電事業の状況を見る限り、「事故の教訓を世界で共有する」という言葉の裏付けはまったく取れていない状況だ。
JNNが6月に行った世論調査では、59%の人が海外への原発輸出について反対と答えている。このような状況でトルコとの原子力協定が国会承認され、公的資金を使ってシノップ原子力発電の建設支援をすることには、とうてい市民の理解を得ることができないだろう。