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国際人権ひろば No.114(2014年03月発行号)

特集 貧困の様相

社会権規約から見た日本の貧困ーー特に生活保護制度について

小野 順子(おの じゅんこ)
日弁連社会権規約問題ワーキンググループ 弁護士

社会権規約に関する第3回日本審査

 
 2013年4月30日、国連(ジュネーブ)において、社会権規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)の日本における実施状況(国の義務履行状況)に関する審査が行われた。社会権規約が1976年に発効し、日本が1979年に批准してから、第3回めの審査である。本審査の1年前(2012年5月)には、審査で取りあげる事項を事前に検討する会期前作業部会も行われた。
 審査は、2009年12月に政府が提出した「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第16条及び第17条に基づく第3回政府報告」に基づいて行われた。しかし、政府報告書だけでは情報として不十分であり、日本の実態が正しく伝わらないため、多数のNGOが、独自の報告書(オルタナティブレポート)を作成して国連に提出した。私たち日本弁護士連合会(日弁連)の社会権規約問題ワーキンググループも、会期前作業部会も含めて、2年続けて日弁連としてのオルタナティブレポートを提出し、ジュネーブで委員とのミーティングやロビー活動を行った。
 ここでは、第3回審査に参加した感想もまじえて、「日本の貧困」、とりわけ生活保護制度について考えてみたい。
 
 

 社会権規約の「貧困」に対する問題意識

 
 会期前作業部会、本審査を通じて感じたことであるが、委員は「日本の貧困」に対して高い関心を持っていた。また、生活保護制度について、「どうしてそこまで知ってるの?」と言いたくなるような、鋭い問題意識を有していた。本審査において、委員から政府に対し、「『JAPAN   TIMES』によると、国民の15.7%が貧困の定義に当てはまるということだが(筆者注:2009年に政府が発表した相対的貧困率のこと)、本当に2000万人もの人が貧困層なのか?」「年金と生活保護をリンクさせて、スティグマがないようにできるのではないか?」「生活保護を受けている若い人が多い。失業給付をもう少し延ばすとか、雇用を産み出す方に力を入れるべきではないか?」など、的確な質問が投げかけられた。
 
 

 生活保護制度の問題1~「水際作戦」と「スティグマ」による申請抑制

 
 現在の生活保護制度は、「最後のセーフティネット」と呼ばれる重要な制度であるが、実際の運用は、貧困状態にある人にとって十分な救済制度とは言い難い面がある。
 生活に困窮した市民が生活保護を利用したいと市役所の窓口に行っているのに、「若いんだから、がんばって働いて」「まずは親や兄弟に相談してみて」などと言って申請書を渡さなかったり、「借金がある人は生活保護を受けられないんですよ」などと誤った説明をして追い返したりという違法な「水際作戦」が横行している。
 しかし、生活保護申請は権利である。生活保護の利用は生存権の実現にほかならない。申請を受け付けた上で、調査の結果、要件を満たさない(困窮状態にない)という理由で却下するならともかく、申請すらさせないというのは明らかに違法である。また、窓口でそういった厳しい対応をとられること自体が、申請者の尊厳を著しく傷つけることになる。さらに、生活保護利用者に対する世間の目は、誤解・偏見もあって厳しいものがある。ところが、国は、それを諫めて正しい理解を促すどころか、逆にそれを利用して、生活保護の運用の厳格化を進める有様である。
 社会権規約委員会は、この問題を的確に把握していた。最終見解(勧告)22項では、スティグマが公的な福祉的給付(筆者注:生活保護のことを指していると思われる)の申請を思いとどまらせていることに懸念を表明し、公的な福祉的給付の申請手続きの簡素化と、申請者が尊厳を持って取り扱われること、及び公的な福祉的給付に付随したスティグマをなくす観点から国民を教育することを勧告する、という結論が出された。これは画期的なことである。
 
 

 生活保護制度の問題2~支給額の引き下げ

 
 生活保護制度におけるもう1つの問題は、支給額の引き下げである。国は、財政難を理由に、母子加算・老齢加算を廃止し(母子加算は後に復活した)、生活保護基準を引き下げようとする。
 しかし、それはおかしくないか。なぜなら、国が説明する、加算廃止や基準引き下げの理由が、一言で言えば「もっと貧しい人がたくさんいるから」というものだからである。上記に述べた「水際作戦」や「スティグマ」のせいで、生活保護基準以下の収入で生活していながらも、生活保護を申請しない、申請できない人が大勢いる。その結果、生活保護利用者以外の中に、生活保護利用者よりも「貧しい」人がたくさんいる、という結果になるのである。それなのに、「もっと貧しくても生活保護を利用せずにがんばっている人がいるではないか」と言わんばかりに、生活保護利用者と、生活保護を本来は利用すべきなのに利用して(できて)いない人とを比較することには、全く意味がない。
 生活保護基準は、「これだけあれば健康で文化的な最低限度の生活がおくれる」という文字どおりの最低基準である。それを、「最低基準に満たない人がたくさんいるから」という理由で最低基準を下げるというのでは、本末転倒である。
 日弁連のオルタナティブレポートでは、老齢加算廃止や生活保護基準の切り下げの実態を報告し、これらは、社会権規約が定める後退禁止原則(締約国は権利の実現を「漸進的に達成する」目的を持って行動をとらなければならず、常に権利実現のために「前進」しなければならない。第2条1項参照)に反する、ということを強調した。
 しかしながら、加算廃止や生活保護基準の切り下げについては、具体的な勧告という形にならなかった。それが残念である。ちょうど、国による何度目かの生活保護基準の切り下げの動きが具体的になったのが、本審査が行われる直前であった。日弁連も、委員会に対してタイムリーな情報提供ができなかったことが悔やまれる。これまで、生活保護基準切り下げの動きが出るたびに市民運動で阻止してきたが、ついに国に押し切られる形で、生活保護基準が切り下げられた。最終見解が出された後の2013年8月のことである。その後、2013年12月には、生活保護法の「改悪」も行われた。
 
 

 今後の運動

 
 「水際作戦」や「スティグマ」の問題では、画期的な勧告がなされた。しかし、それで喜んでいてはいけない。第4回目の日本審査の時に、同じ勧告を出されるようでは日本の恥である。この勧告を糧に、市民運動をいっそう盛り上げていきたい。
 また、支給額の引き下げ問題については、第4回目の審査で勧告を出してもらうというよりも、第4回目の審査では勧告が不要な状態になっている、ということが目標である。
 「日本の貧困」に鋭く切り込んだ委員会の問題意識を、市民運動にも反映させ、今後の生活保護制度の改善を求める活動に生かしたい。