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国際人権ひろば No.114(2014年03月発行号)

特集 貧困の様相

「奨学金被害」の現状と課題ーー真に学びと成長を支える奨学金制度を目指して

岩重 佳治(いわしげ よしはる)
奨学金問題対策全国会議事務局長 弁護士

 構造的に生み出されている奨学金被害

 
 教育の機会を確保して、その人の人生を支援するための奨学金が、逆に大きな負担となって苦しい状況に更に追い打ちをかける。そんな事態が独立行政法人日本学生支援機構(旧日本育英会)の奨学金で起こっている。
 
(1) 学費の高騰と家計収入の減少
 いわゆる「受益者負担論」によって、高等教育への公費支出が抑えられ、大学の授業料の値上げが繰り返されて、我が国の大学の学費は世界で最も高いレベルになった。他方、家計の収入はどんどん困難になっており、奨学金に頼らざるを得ない人が増えている。今や、大学学部生(昼間)の約50%が何らかの奨学金を、約3人に1人が機構の奨学金を利用している。「奨学金」とは言っても、あくまで貸与であり、学費の高騰と相まって借入額が増加し、多くの若者が、加重な債務を抱えて社会に出ることを余儀なくされている。
 
(2)利用者負担の増大
 機構の奨学金の場合、無利子の第1種と有利子の第2種があるが、当初、一時的な補完措置とされた有利子奨学金が、その後拡大を続け、今やその事業予算は無利子の3倍である。また、無利子は利用枠が限られ、条件を満たしても多くの人が有利子を利用せざるを得なくなっている。有利子を最大限利用して、大学で、入学時50万円、毎月12万円を4年間借りると、仮に金利の上限である3%で計算した場合、20年払いで返済額は月々3万5123円、総額で約843万円にもなる。利息以上に大きな負担が延滞金である。延滞金付加率は年10%にもなるため、返しても返しても返済金に充当されて元金が減らずに延滞金が増え続け、一生支払っても完済できない状況に追い込まれている人が少なくない。
 
(3)雇用の悪化
 貸与型奨学金は、返済能力があることが前提となるが、非正規雇用等の不安定・低賃金労働の拡大等により、安定した収入を得て奨学金を返済できる環境は大きく崩れている。ちなみに、機構の奨学金の3か月以上の延滞者のうち、46%の人が非正規労働者又は職がなく、83.4%が年収300万円以下である。
 
(4)不充分な救済制度
 利用時に卒業後の仕事や収入を予測することは困難である。奨学金を返せなくなるリスクは制度に内在しており、そのリスクは飛躍的に高まっている。しかし、機構の奨学金では、返済困難者への救済制度は、利用条件が極めて限定的である。例えば、収入が少ないことを理由に「返還期限の猶予」を利用する場合、その収入基準は給与所得者の場合で年収300万円以下であり、家族が多い場合などには実効性がない。しかも、返還期限の猶予には5年という利用期間の上限がある。更に、機構の救済制度には様々な運用上の制限があり、それが利用の障害になっている。例えば、延滞がある場合には解消しないと救済制度が利用できず、そのため、生活保護受給中の人が、返還期限の猶予を認められずに、最低生活費の中から支払いを強いられたり、重度の障害のある人が、延滞を解消できないために、返還免除を受けられないなどの不当な事態を招いている。
 
(5)現状に逆行する回収強化策
 利用者の状況が益々困難になる中、これに逆行して、機構は「金融事業」としての回収強化を推進してきた。債権回収会社を利用した取立てや、裁判手続きを利用した取立てである。2010年度からは、ブラックリストへの登録を開始した。機構の債権回収は極めて執拗で、借り手の返済能力を無視した、無理な支払いを強要することが多い。
 
(6) 個人保証の問題
 機構の奨学金を利用するには、毎月の奨学金から差し引かれる保証料の負担を覚悟で、保証機関による連帯保証を利用する場合以外は、保証人を求められ、多くの場合、連帯保証人に親、保証人に親戚がなる。救済制度の不備により、支払いができない人が自己破産で救済されようとしても、保証人への影響をおそれて、無理な支払いを続けるケースが後を絶たない。
 
(7) 構造的な奨学金被害
 奨学金という名のローンの返済に苦しむ人は、自分の力ではどうしようもない理由で、社会の構造が生み出した「被害者」である。この問題の解決には、制度を抜本的に変える以外にない。
 
 

 あるべき制度改善の方向性

 
 以下に、制度改善の上で重要だと思う点を掲げる。
 
(1) 返済困難な人の実情に合った柔軟な救済制  度の充実
 急務の課題である。各種救済制度の利用条件を緩和し、不当な運用上の制限は直ちに止めるべきである。2014年度の政府予算案では、返還期限の猶予等の要件緩和と利用期間の延長等が目指されているが、返済が苦しい場合に利用する救済制度の期間制限をすること自体が問題であり、期間制限は撤廃すべきである。返済方法については、所得に応じた無理のない返済を可能にする「所得連動型の返済制度」を作り、拡充すべきである。
 
(2) 利息と延滞金の廃止
 2014年度の政府予算では、無利子奨学金の増額が目指されている。他方で、無利子を利用できる収入要件が厳格化されたことは、無利子を原則とする方向性とは反するものである。要件を厳格化することなく、無利子枠の拡大をはかるべきである。延滞金は、ペナルティとしての性格を持つが、返したくても返せない人に延滞金を課すことの正当性自体に疑問がある。現在、延滞金は「利益」に計上されており、それにこだわることに合理性はない。延滞金は廃止すべきであり、それまでの間は、延滞金の柔軟なカットに応じる、返済金の充当順位を元金、利息、延滞金の順にするなどの運用をすべきである。
 
(3) 個人保証の禁止
 返済能力の調査なしに貸付ける奨学金の性格、返済期間の長さ、金額の大きさ等に照らせば、奨学金における保証人の負担は大きい。個人保証はやめるべきである。また、機関保証については、保証料の低減をはかるべきである。
 
(4) 給付型奨学金の導入と拡充
 OECD加盟国中、大学の学費が有償であるにもかかわらず、ほとんどを貸与に頼っているのは日本だけである。給付型奨学金を早急に導入し、拡充すべきである。高校については一部給付型の導入が予定されているが、授業料無償化に所得制限を設け、浮いた財源を充てるという教育予算内でのやり繰りに過ぎない。きちんとした予算措置をした上で行うべきである。
 
(5) 高等教育の無償化に向けた具体的施策
 お金のあるなしにかかわらず、等しく教育を受ける権利を保障するには、教育は無償であるべきである。我が国は、2012年9月、社会権規約13条2の(b)(c)「中等教育および高等教育の漸進的無償化」条項の留保を撤廃した。国際公約となった高等教育無償化に向けた具体的施策を速やかに策定し、実行に移すべきである。