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国際人権ひろば No.118(2014年11月発行号)
特集 国際基準にてらした日本の人権状況
人種差別撤廃委員会による日本報告審査を振り返る
日本にとって3回目の審査
国連人種差別撤廃委員会(CERD)は8月20日と21日に、ジュネーブ国連事務所(パレ・ウィルソン)で人種差別撤廃条約の実施状況に関する第7~9回日本報告審査を行った。1995年に日本がこの条約の締約国になって以来2001年(第1・2回報告)と2010年(第3~6回報告)に次ぎ、今回が3回目の審査であった。
審査は、事前に提出されている政府報告書をもとに、18人からなる委員と、政府代表団とのあいだの質疑応答を通じて進められた。委員は条約の締約国によって選ばれるのだが、個人の資格で任務を遂行する専門家である。日本政府代表団は外務省、内閣府、法務省、警察庁、厚労省などの関係省庁から派遣された約20人で構成されていた。
そのように、審査は当該国の政府報告書と政府代表団との対話を基本としているのだが、他の条約監視委員会による総括所見や人権理事会の普遍的・定期的審査(UPR)の勧告などが参考にされることに加えて、NGOが提供する情報も重要な情報として扱われる。その一環として、委員会は審査の前にNGOとの対話(ブリーフィング)の場を設けている。
人種差別撤廃条約の国内実施に取り組む人種差別撤廃NGOネットワーク(事務局:反差別国際運動)や日本弁護士連合会は、条約の実施状況に関するレポートを事前に委員会事務局に送付していた。そして、委員会への情報提供と審査の傍聴を目的に、在日コリアン、アイヌ民族、琉球民族、部落出身者などマイノリティの当事者団体を含む26人のNGO関係者が日本からジュネーブに向った。筆者はヒューライツ大阪から派遣された。
焦点となったヘイト・スピーチ
人種差別撤廃NGOネットワークは、審査を前に各1時間ずつ2回、委員たちとの対話をもち、政府見解とは異なる視点で課題を提示した。8月20日の審査が始まる直前に行った二度目の対話では、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)らによる民族的憎悪に満ちた排外デモの現場の数々を映し出した英語の字幕付きの約5分の動画を示した。「殺せ」などと街頭で恐ろしい言葉を連呼するデモや、それらが警察によってまるで「守られている」かのような光景に委員たちはショックを受けたようだ。審査において、ヘイト・スピーチはほぼ全員の委員が言及したことで、中心課題となった。委員たちは、表現の自由を保障する日本国憲法第21条と矛盾することなくヘイト・スピーチを法的に規制することができるのではないかという見解を異口同音に展開した。その課題は、締約国が人種差別や憎悪の流布や扇動を禁止し処罰をするよう規定する条約第4条(a)(b)を日本が留保していることにも関連している。
ヘイト・スピーチに関して、米国出身のバスケス委員が口火を切った。
「日本国憲法の枠内で条約を実施するというが、憲法がなぜ制約になるのか。ヘイト・スピーチに対処することと表現の自由とは矛盾しない。実際、『殺すぞ』といった威嚇が行われており、非常に過激な言動だ。ヘイト・スピーチを処罰する法律を設けるべきである」と述べた。
また、「ヘイト・スピーチに抗議するカウンター・デモが行われているが、そのデモの側から逮捕者が出ているようだ。差別に反対する行動を阻害することは許されない。ヘイト・スピーチを規制する法律ができたとしても心配がある。法律を口実としてマイノリティを弾圧することなく、マイノリティの権利を守ることが目的であることを明確に述べた法律を制定するべきだ」と強調した。
人種差別撤廃委員会は条約を解釈する一般的勧告を採択しているが、2013年9月に35番目の勧告として「人種主義的ヘイト・スピーチと闘う」(一般的勧告35※)を採択した。そのパラグラフ20は、「委員会は、表現の自由に対する広範または曖昧な制限が、本条約によって保護される集団に不利益をもたらすように使われてきたことに懸念を表する」「委員会は、人種主義的スピーチをモニターし、それと闘う措置が、不公正に対する抗議や社会の不満や反対の表現を抑圧する口実のために使われてはならないことを強調する」と明記している。バスケス委員の発言は世界に向けた解釈を日本の状況に即して提言したものだ。
しかし。委員たちによって畳みかけられる提言にもかかわらず、日本政府代表団代表の外務省総合外交政策局審議官の河野章大使は、「第4条(a)(b)は、表現の自由への制約、罪刑法定主義といった憲法の保障と抵触する。現在の日本が留保を撤回し、処罰立法措置をとるほどの状況に至っていない」と回答したのである。
それは、日本政府が2008年8月に委員会に提出した第3~6回報告書と全く同じ見解であった。そこでは「留保を撤回し、人種差別思想の流布等に対し、正当な言論までも不当に萎縮させる危険を冒してまで処罰立法措置をとることを検討しなければならないほど、現在の日本が人種差別思想の流布や人種差別の扇動が行われている状況にあるとは考えていない」と記していた。在特会が組織された直後の2008年と比べて、ヘイト・スピーチをめぐる状況は深刻化しているにもかかわらず、今回の政府報告書には「ヘイト・スピーチ」という単語すら言及されていなかったのである。
河野政府代表は、「ヘイト・スピーチに手をこまねいているわけではない。法務省の人権擁護機関では、外国人の人権を尊重しようという啓発活動を年間強調事項にしている」という「対策」を説明するにとどまった。
また、ヘイト・スピーチ側を守っているのではないかという質問について、警察庁は「どちらかの立場を守るという警備をしているわけではない、あくまで中立的な立場で行っている」と回答した。
そのような議論を経て、8月29日の総括所見のなかのパラグラフ11「ヘイト・スピーチとヘイト・クライム」への適切な対策を求める勧告が導き出されたのであった。
繰り返される質問
審査では、朝鮮学校に対する国の「高校授業料就学支援金」(いわゆる高校無償化制度)からの除外および自治体による補助金支給の停止に関しても委員の関心を集めた。
朝鮮学校だけが除外されるのは差別ではないかという委員からの質問に対して、文科省は「朝鮮学校は朝鮮総連と密接な関係にあり、朝鮮総連は北朝鮮と密接な関係にあると認識しており、教育内容、人事、財政にその影響が及んでいる」「今後、朝鮮学校が学校教育法第1 条に定める高校になるか、または北朝鮮との国交が回復すれば、現行制度で審査の対象となりうる」と述べ、朝鮮学校の「高校無償化」に関する不指定処分は差別にあたらない、と政治と外交問題をふりかざして言明したのである。
人権条約の審査でしばしば問題提起される「慰安婦」問題の解決に関して、人種差別撤廃委員会でも質問が続いた。日本政府代表団は、「『慰安婦』問題は条約第1条にいう人種差別には当たらない。また、日本が条約を締結したのは1995年。条約の遡及的効果はない。慰安婦問題や関東大震災時の問題をこの条約の実施状況の審査で取り上げるべきではない。一部の委員が『性奴隷』と言ったが,政府としてはその文言は不適切と考えている」と答えた。
それに対して、日本審査の主担当を務めたパキスタン出身のケマル委員は、「法律的には、100年前に起きたことも現在に関連すれば検討する。正義が実現されなければならないということであれば,取り上げることになる」と反論したのである。
総括所見では、朝鮮学校に関しては子どもたちの教育の権利を妨げる政府見解の修正を奨励した。そして、「慰安婦」問題に関しては「性奴隷」という表現は使用されなかったものの、日本軍による権利侵害の調査の結論を出すこと、責任者を裁くこと、誠実な謝罪と適切な賠償を含む問題の解決策の追求を促すなどの勧告を提示したのであった。
締約国の義務と市民社会の力
条約はひとたび締結すると国はそれを守る義務がある。一方、その実施状況の審査を経て採択される総括所見には法的拘束力がない。しかし、条約の締約国は、勧告に対して誠実に対応することが求められている。日本は、最初の審査から13年が経過したにもかかわらず、様々な課題についてほぼ同じような勧告を繰り返し受け続けているのである。
今回の審査を前に、在特会となでしこアクションという排外主義の集団が、荒唐無稽な「在日特権」を並べ立てたレポートを人種差別撤廃委員会に送付していた。それらは、委員会のウェブサイトに人種差別撤廃NGOネットワークなどのレポートと並列される形になったのだが、審査で取り上げる委員は誰もいなかった。
総括所見が出された後も、在特会らは相変わらず差別的な街宣を続けている。それらを食い止め、人種差別のない社会を実現するためには、国の政策を変えていくだけの市民社会からのより強い声が必須である。
※「一般的勧告35」の翻訳文は以下のサイトに(ヒューライツ大阪)
https://www.hurights.or.jp/japan/shop/book/#anc997