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国際人権ひろば No.119(2015年01月発行号)
特集 人権保障メカニズムをめぐる国際動向
国内人権機関をとりまくアジア地域の動き
福井 昌子(ふくい しょうこ)
国内人権機関と選択議定書を実現する共同行動
2014年9月1~3日、インドで「国内人権機関に関するアジア・ネットワーク(ANNI)の地域協議会合が、3~5日に「アジア太平洋国内人権機関フォーラム(APF)の第19回年次会合が開催された。筆者は、ANNIに参加する市民団体のメンバーとして両会議に参加した(APF会合にはオブザーバーとして参加)。これらふたつはどんな組織なのか、そして国際社会ではどのような議論が行われているのかについて報告したい。
「国内人権機関に関するアジア・ネットワーク」 (ANNI)と「アジア太平洋国内人権機関フォーラム」(APF)
「国内人権機関に関するアジア・ネットワーク」とは、国内人権機関(国家人権委員会)がある国ではその国の国内人権機関の取り組みや独立性などに関する監視を、ない国では設置に向けた取り組みを行うことなどを目的に、アジア各国・地域の30のNGOが加盟するネットワークだ。このネットワークは、「人権と開発のためのアジア・フォーラム」(フォーラム・アジア)というバンコクのNGOが実施するプロジェクトの一つであり、フォーラム・アジアがそれに参加するNGO間での情報共有、年次報告書の発表、各国の国内人権機関に関する声明の発表といった活動をとりまとめている。
「国内人権機関に関するアジア・ネットワーク」は年一度の会合で各国の状況を報告しあい、年次報告書の重点テーマを決め、人権擁護活動が不十分な国内人権機関に対する働きかけなどを議論する。重点的に働きかけるべき国では、フォーラム・アジアとその国のメンバーNGOが、その国の他のNGOや活動家らにも門戸を開いたワークショップを共催することもある。この2~3年は主に台湾でそうした取り組みが行われてきた。
「アジア太平洋国内人権機関フォーラム」
1は、アジア・太平洋地域の国内人権機関が加盟する非営利組織で、国内人権機関の設置・発展に向けてアジア・太平洋地域の各国政府の支援、人権擁護・促進のための相互支援の充実などを掲げて1996年に設立された。現在は、パリ原則
2を満たした正会員15カ国と、満たしていない準会員7カ国で構成される。直近では、14年9月の年次会合でカザフスタン人権委員会が準会員として承認された。業務としては、会員である国内人権機関を対象にした人権トレーニングの実施、重要な人権課題に関する指針の提示、国際人権基準に関する法的解釈の提示などがある。その年次総会には、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)や他の国連組織、関心のある政府、人権NGOや活動家らも、2年に一度であるが参加できる。
国内人権機関をめぐる日本の動き
2014年1月時点で世界の105カ国が国内人権機関を設置しているが、日本にはまだ国内人権機関がない。日本は1998年以降、国連人権諸条約機関から国内人権機関を設置するよう繰り返し勧告を受けている。2002年、2012年には関連法案が提出されたが、どちらも廃案となっており、現況からすれば、設置は当面難しいと思われる。
「国内人権機関に関するアジア・ネットワーク」会合での議論
今回は、国内人権機関を設置する予定の台湾や人権委員会の独立性など懸念事項の多い韓国など、数カ国の状況の共有、人権擁護機関としての国内人権機関が果たすべき役割、市民社会や国会など他組織との協力のあり方などが議題であった。なかでも、「アジア太平洋国内人権機関フォーラム」の5カ年戦略計画に市民団体の声を反映させるための議論が最も重要だった。
各国の状況報告のうち、関心が高かったのが台湾での進捗である。台湾では総統府に人権諮問委員会が置かれているが、これは総統の諮問機関にすぎない。新たな人権委員会設置法案によれば、その責務は人権政策の提案、法律などの見直し、報告書の発表、人権教育の推進、調査など格段に広がる。市民団体のネットワークは、国際人権条約に関する審査の事務局としての機能を持たせること、委員の選任委員会を国会に設けること、候補者を招いた公聴会の開催や任命基準の設定なども責務とするよう提言するようだ。
韓国国家人権委員会(NHRCK)は、立法、司法、行政から独立し、大統領、国会、大法院長(最高裁長官)が委員を選任するなど、独立性が高いとして評価されてきた。しかし、近年ではその独立性や実効性が疑われるようになっている。今回は、人権高等弁務官事務所内に設置された機関(SCA)
3が2014年3月に韓国国家人権委員会を審査し、その結果として出された勧告
4をめぐる同委員会と市民団体との対立についての報告を聞くことができた。例えば、同委員会は勧告に対応するための部局を設置し、人権高等弁務官事務所や「アジア太平洋国内人権機関フォーラム」から法的助言を受け、専門家団体や市民団体の協力を得ることを表明したようだが、この件に関して韓国国家人権委員会から協力を求められた市民団体はないという。また、同委員会は委員選任ガイドラインの改定について公聴会を開催したが、その公聴会には同委員会の活動を監視する市民団体は招待されなかった。公聴会の情報を得た市民団体がその理由を問うたところ、SCAに格下げを求めた団体は招待しないとの回答を受けたそうである。
国内人権機関と国会など他の機関との協力関係については、バングラデシュ人権委員会の報告を紹介する。同国の場合、委員は国会が任命するため、委員会を強化するには議長や議員の協力が欠かせず、どのような関係性を作れるかが課題だと意識しているようだ。司法機関との関係については、人権侵害事案に関して人権委員会が最高裁判所に代わって調査の責任を負う場合があるなど恊働関係が成立している。市民団体との関係については、いくつかの団体と覚え書きを交わしており、良好な関係を持てているとのことであった。同国の委員会には市民団体からの批判もないわけではないが、その取り組みは概ね好意的に受け止められている。
「アジア太平洋国内人権機関フォーラム」の5カ年戦略計画
「アジア太平洋国内人権機関フォーラム」の会合では、2015年からの5カ年戦略計画を決定することが最重要課題であった。「国内人権機関に関するアジア・ネットワーク」は、市民団体の視点からこの戦略計画に追加すべき点について意見を表明した。例えば、同フォーラムの責務の一つは国内人権機関のない国に設置を働きかけることであるため、委員の任命要件や財政的裏付けなど委員会の独立性の確保を念頭に置いた上で、そうした国々に対しても積極的な働きかけを継続することを提案した。また、独立性がない、人権擁護のために機能していないなどで危機的状況にある国内人権機関への働きかけ、ビジネスと人権、民族主義などに関わる差別あるいは暴力、立法と司法との関係、地域人権委員会の設置などについても要望した。
「アジア太平洋国内人権機関フォーラム」の会合では、戦略計画案がまとめられた討議資料
5が承認された。この討議資料を基本として、会合で決定された事項が盛り込まれ、「国内人権機関に関するアジア・ネットワーク」の意見なども勘案され、2015年3月に最終的な戦略計画文書が出る予定である。したがって、現時点では具体的な戦略計画は不明であるが、討議資料を参照することによっても大まかな方向性をつかむことはできよう。例えば、優先的なテーマとして、子ども、女性、障害者、移動する人びと(難民、移民など)、高齢者の人権課題、ビジネスと人権が挙げられている。国内人権機関に対する支援としては、苦情申し立ての処理、人権に関する教育やトレーニング、市民社会との協力、国際的・地域的組織やメカニズムへの関与などが重点課題である。とくにトレーニングに関しては、人権擁護に果たす国内人権機関の役割、拷問の防止と拘禁状態の監視などに焦点を当てたいという意向があるようだ。これらの課題への具体的な取り組みについては、3月に発表される戦略計画文書を待ちたい。
(編集注:筆者は国内人権機関に関してヒューライツ大阪のウェブサイトで詳しく解説しています。https://www.hurights.or.jp/archives/institutions/)
(注)
1:詳細は以下を参照。http://www.asiapacificforum.net
2:パリ原則とは国内人権機関が遵守するべきガイドラインで、1993年の国連総会で承認されたもの。https://www.hurights.or.jp/archives/institutions/post-1.html (ヒューライツ大阪)
3:1993年、国連人権高等弁務官事務所に、国内人権機関のネットワークによる取り組みを調整するために国内人権機関国際調整委員会(ICC)が設置された。そのなかに、パリ原則を満たしているかどうかを評価し、ランク付けをする組織として、認定に関する小委員会(SCA)が設けられた。
4:勧告は以下を参照。http://nhri.ohchr.org/EN/AboutUs/ICCAccreditation/Documents/SCA%20MARCH%202014%20FINAL%20REPORT%20-%20ENGLISH.pdf
5:5カ年戦略計画の討議資料は以下を参照。http://www.asiapacificforum.net/about/annual-meetings/19th-india-2014/downloads/forum-council-meeting/apf-strategic-plan-2015-2020-discussion-papers