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国際人権ひろば No.119(2015年01月発行号)
特集 人権保障メカニズムをめぐる国際動向
国際人権・平和都市をめざす韓国・光州広域市の多彩なとりくみ
友永 健三(ともなが けんぞう)
ヒューライツ大阪評議員
5度目の光州訪問
2014年10月13日、韓国・光州広域市(以下「光州市」)の招きで同市を訪問した。同市訪問は、今回で5度目である。これまで招かれたのは、主に自治体レベルで人権条例を制定するための手立てや、人権条例を活用する手法等を学びたいとのことであった。今回は、地域で人権のまちづくりを開始していく上で役立つ経験を聴きたいということで、筆者の地元の大阪市住吉区にある住吉部落の歴史と人権のまちづくりの歩みを紹介した。
同市を訪ねる度に着実に前進している人権行政の最新の状況と全体像を知りたいと思って、人権平和協力官室の李京律(ィキョンユル)室長に通訳を交え1時間半にわたってインタビューをした。以下にその概要を報告する。
人権確立に向けた歴史を踏まえた都市創造
光州市が人権行政に力を入れているのには、歴史的な背景がある。例えば、時の権力者の収奪から逃れるために闘われた東学農民運動(1894~1895年)、日本の植民地支配下での抑圧に抗して展開された光州学生独立運動(1929年)、さらには全斗煥(チョンドファン)独裁政権下で蹂躙されていた政治的・社会的・経済的自由を求めた5・18民主化運動(1980年)がある。
とりわけ5・18民主化運動は、韓国の民主主義と人権、平和の伸張に大きく寄与し、運動の過程で見られた共同体精神は、同市が民主・人権・平和都市として発展する契機を作り出すものであった。
光州市では、これらの歴史的資産と民主・人権のインフラ、民主的参加自治の人権行政、人権を実践する市民意識を結集させ、民主・人権を中心とした都市を建設することを目標として一連のとりくみが積み重ねられてきている。
光州市人権増進条例の制定
韓国は1990年代に入り経済成長と民主化を実現したが、過度の競争が求められる新自由主義的グローバル化の影響で、失業、貧富の格差などが深刻化し、社会問題が多発するようになった。このため、多くの人びとが日常暮らしている都市レベルの日常生活の中で民主主義と人権を実現していくことが求められるところとなった。
このため光州市においては、市民の人権を増進させるため2003年以降障がい者や女性等社会的弱者のための条例制定がとりくまれ、2007年には人権基本条例として光州広域市民主・人権・平和都市育成条例が制定された。
この条例は、市民が参画する中で2009年に大幅改正され、名称も光州広域市人権増進及び民主・人権・平和育成条例(以下「人権増進条例」)に変更された。
人権増進条例では、市に基本計画を策定することが義務付けられ、人権増進及び民主・人権・平和都市市民委員会を設置すること、人権団体等による人権増進活動を支援することなどが盛り込まれ、2011年5月には「基本計画」が策定された。
光州人権憲章の制定
その後光州市は、民主、人権、平和の精神と価値を全ての市民の暮らしの中に根付かせるため、光州人権憲章を制定している。
この憲章の起草には、文化芸術関係者、学界、宗教界、NGO、法曹界、労働界、経済界、言論界、人権活動家など各界各層の市民が参加し、1年余の間に10数回の起草委員会、4回の制定委員会、2度にわたる市民公聴会等がもたれ、憲章は取りまとめられた。
憲章は、前文と5章18項からなる本文、履行に関する文書から構成されている。
2012年5月21日、第47回光州市民の日に、市長を含む市民代表の21名によって、朝鮮半島とアジアをはじめ全世界に向かってこの憲章は宣布された。
100個から成る人権指標を開発
光州人権憲章を具体的に実践するともに、評価をし、改善に役立つものとして2013年に人権指標が開発された。
このためのたたき台として、市のさまざまな行政部署と研究機関が500個に及ぶ指標の案を策定。この案を基に、40回に及ぶ市民社会や専門家との意見交換、市民公聴会等が持たれ、最終的には100個に圧縮された指標(実践項目)が策定された。この指標の策定にあたっては、関係者がスイス・ジュネーブにある国連人権高等弁務官事務所を訪問し、助言を求めた。
人権指標を策定する原理としては、①普遍性:具体的には、いかなる理由による差別もなく権利が保障されるとともに、政治、経済、社会、文化、環境などすべ
ての領域で自由で人間らしい暮らしが享受できる権利が保障されること、②地域性:具体的には、5・18民主化闘争に代表される光州市の自由、平等、連帯の原則が実現されることや、都市次元における市民の日常生活の質の改善がなされること、③活用性:具体的には、人権政策の策定と評価に役立つことや、国や他都市との人権水準の比較ができることなどが設定された。
人権都市としての国際連帯
光州市は、1990年代後半から人権の視点を踏まえた国際連帯活動にも力を入れてきている。1998年にはアジア人権憲章光州宣言を採択、2000年には光州人権賞を制定している。2006年にはノーベル平和賞光州サミット、2007年には世界女性平和フォーラムを開催している。さらに、2009年には光州国際平和フォーラムを開催し人権都市ネットワークを構築している。その後、世界人権都市フォーラムを毎年開催、本年で4回目を数えている。
このうち、2009年の光州国際フォーラムには筆者が参加し人権条例の制定の経験を紹介した。また、2011年の世界人権都市フォーラムには日本から堺市の職員、2013年のそれにはヒューライツ大阪のスタッフが参加している。
この他、光州市はユネスコが提唱して結成された差別撤廃都市連合、国連の事務総長が提唱して設けられたグローバル・コンパクトにも参加している。
人権平和協力官室の概要
光州市の人権行政を推進していくための事務局として、李京律さんが室長を務めている人権平和協力官室がある。
2010年に設置され、2014年10月現在、職員数は総勢30名である。①人権政策、②人権オンブズマン、③人権平和交流、④5・18民主宣揚、⑤国際協力の5つのチームから構成されている。
人権平和協力官室長の李京律さん(右)にインタビューする筆者
人権オンブズマンの設置
このほか注目されるとりくみとしては、2013年に人権増進条例を改正し、人権オンブズマンが設置されたことがあげられる。人権オンブズマンは、人権増進市民委員会の推薦を受けて市長が任命、7名以内の委員(常任と非常任)によって構成される。
職務としては、市長の権限内にある関係行政機関の業務遂行と関連して生じた人権侵害行為・差別行為に関して相談に応じ、調査を実施し、改善に向けた意見を市長に対して通知することである。なお、関係行政機関には、市及び所属行政機関だけでなく、市の出資機関、市の民間委託機関、市の補助金を受ける福祉施設なども含まれている。
日本と韓国の人権自治体の連携を
光州市での人権増進条例の制定がきっかけとなり、韓国においても人権条例を制定する自治体が増えてきている。韓国・晋州市にある国立慶尚大学の金仲燮(キムジュンソップ)教授が研究者の立場からこのとりくみにかかわっておられるが、10月14日に晋州市で直接お会いして伺ったところでは、2014年10月12日時点で、広域自治体17中15自治体で、基礎自治体226中50自治体、全体では223自治体中65自治体で、人権条例が制定されているとのことである。
日本でも、1990年代前半から徳島県阿南市や大阪府泉佐野市において部落差別をはじめあらゆる差別を撤廃する条例が制定、その後、鳥取県や三重県などにおいて人権尊重のまちづくり条例が制定され、今日450を超す自治体で人権条例が制定されている。
大阪においても、大阪府、大阪市、堺市をはじめ全ての自治体で人権条例が制定されている。
韓国だけでなく、日本においても貧富の差が拡大し、新たな貧困が深刻な問題となってきている現状があるし、児童虐待やヘイト・スピーチに象徴される人権問題の深刻化がみられる。
これらの問題を解決していくためには、多くの人々が日常暮らしている自治体レベルでの人権擁護、人権伸張活動が決定的に重要な意義を持っている。
2015年は、1965年に日韓条約が締結されて50年の年にあたるが、現状においては、両国の国家間の関係は冷え切った状況にある。その点では、日本と韓国の自治体レベルでの人権確立をテーマとした交流の活発化が期待される。
【 参考論文 】
・友永健三「韓国・光州市でフォーラム~人権条例制定への議論進む」(『ヒューマンライツ』No.256、2009年7月号所収)
・安眞(アンジン)著、朴君愛(パククネ)訳「韓国の人権都市、光州市の人権条例を概観する-地域レベルにおける人権増進のために」(『ヒューマンライツ』No.264号、2010年3月号所収)
・友永健三「人権と民主主義について考えた六日間~五・一八民衆抗争三〇周年記念・光州アジアフォーラムに参加して(上)(下)」(『ヒューマンライツ』No.269,270号2010年8,9月号所収)
・光州広域市の人権確立に向けたとりくみ(日本語版)については、http://www.gjhr.go.kr/main/main.php?nation=jp を参照