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国際人権ひろば No.120(2015年03月発行号)
人権の潮流
「第二次世界の先住民の国際10年」と日本
2014年は、2005年1月から始まった「第二次世界の先住民の国際10年」(以下、第二次国際10年)の最後の年にあたる。これを記念して、2014年9月には先住民族世界会議(WCIP)も開催された。2014年は日本の先住民族であるアイヌ民族と沖縄・琉球民族にとっても、これまでの「闘い」の軌跡を振り返る年となったが、同時に今後に繋がる様々な動きのあった年でもあった。以下、日本の先住民族に関する2014年の国際的または国内的な出来事を整理し、日本の先住民族の現状を紹介する。
二つの人権条約機関による日本政府審査
2014年7月に、自由権規約委員会(CCPR)による日本政府審査が行われた。 先住民族当事者またはその支援団体からの現地参加はなかったものの、アイヌ民族と沖縄・琉球民族から政府報告書に対するNGOレポートが提出された。これらレポートと報告書審査を通じた総括所見では、アイヌ民族と沖縄・琉球民族の両方に関して、彼らに影響を与える政策決定における先住民族の代表の「自由で事前の情報を与えられた上で」の参加の尊重、彼らの言語で教育、そして彼らの伝統的な土地と資源の権利保障が勧告された。
そして、2014年8月には、人種差別撤廃委員会(CERD)による日本政府報審査も行われた。アイヌ民族を代表して2名、沖縄・琉球民族を代表して2名、支援団体である市民外交センターから1名が参加し、NGOレポートに加え、NGOブリーフィングやロビー活動が審査の前後に行われた。特に沖縄・琉球民族からは、公人として初めて、糸数慶子参議院議員ならびに上原快佐那覇市議が参加した。総括所見では、アイヌ民族に関して、アイヌ政策推進会議などの協議機関におけるアイヌ代表者の増員、雇用、教育および生活水準に関する格差是正措置の迅速化および向上、土地と資源に関する権利の保護および文化と言語の権利の実現、アイヌ民族の包括的な実態調査の定期的な実施、そして国際労働機関(ILO)第169号条約の批准が勧告された。また沖縄・琉球民族に関して、政府が先住民族として認め、その権利保護、代表者との協議の強化、琉球諸語の保護の迅速化ならびにその言語での教育、そして彼らの歴史と文化が教科書に含まれることが勧告された。さらに沖縄・琉球民族の事案は、特に重要であるとして、次回の定期報告審議で詳細な情報を提供することが日本政府に求められた。
先住民族世界会議
二つの日本政府審査に続いて開催されたWCIPでは、これまでの振り返りと今後の課題を踏まえた成果文書が全会一致で採択された。この文書は、2007年に国連総会で採択された国連先住民族権利宣言(以下、権利宣言)で確認された権利群の効果的な履行に関する文書であり、その完全な履行という長い道のりの確実な一歩と認識されている。ここに新しい内容は殆ど盛り込まれなかったが、先住民族の国連会議の参加に関するパラグラフ33と40の背景には、先住民族の集団や団体を国連システムにおける準国家として位置付ける新たな試みがあった。しかし、この試みは大幅な国連改革を伴い、現行の主権国家体制に極めて挑戦的な議論であるため、合意に至らず、明文化もされなかった。
WCIPには、アイヌ民族の代表が初めて日本政府代表団の一員として参加し、そのために内閣官房アイヌ総合政策室室長も初めて参加した。これは日本の主要メディアで大きく取り上げられ、日本で先住民族の議論を進める重大な一歩となった。また、CERD審査に続いて、糸数参議院議員もWCIPに参加し、国会議員として先住民族の権利の実現に尽力する旨の声明を読み上げた。先住民族の権利に関する国際会議に公人の参加が続いたのは、非常に重要な意義を持ち、先住民族という立場から沖縄の状況改善を試みる議論が今後さらに展開していくと考えられる。
先住民族に対する公人のヘイトスピーチ
1986年の中曽根康弘元首相の「単一民族国家」発言から30年近くの年月が経たが、公人による先住民族に対する不適切な発言は後を絶たない。2014年も、自民党・金子快之札幌市議による「アイヌ民族なんて、いまはもういない」「利権を行使しまくっている」などのツイッター上の発言や、自民党・小野寺秀北海道議による「アイヌ民族が先住民族かどうかには疑問がある」という道議会での発言も問題視された。また、糸数参議院議員が琉装でCERDの日本政府審査およびWCIPに参加したことに対して、自民党沖縄県連幹事長・照屋守之沖縄県議が 「沖縄先住民といったらぼろぼろのようなイメージで、顔も真っ黒にして行くんだったらいいけれども」と県議会で述べ、物議を醸した。中曽根発言から現在までに、ILO第169号条約発効や権利宣言採択、二風谷ダム判決やアイヌ文化振興法施行を経て、さらに2008年には「アイヌ民族を先住民族とすることを求める」国会決議により、政府も従来の立場を変更するなど、先住民族を取り巻く国内外の状況は変化している。しかし、日本政府は、未だに文化継承や国民啓発などに偏重した政策を行い、アイヌ民族と沖縄・琉球民族に対する植民地政策の歴史の再検証を通じた、先住民族の権利群の体系的な保障を行っていない。そのため、上記のヘイトスピーチに対する厳粛な対応に加え、偏重した政策を改めた体系的な先住民族政策の実施が日本政府に求められる。
FSC森林認証ガイドライン改訂
国際的な森林認証団体でNGOである森林管理協議会(Forest Stewardship Council: FSC)は、森林伐採の段階から最終商品に至るまで、違法伐採による木材が使われていないことを認証する団体である。この認証基準が、国連の人権基準と連動して2012年に改訂された。これにより、ILO第169号条約ならびに権利宣言が規準の文書として認識され、特に「自由で事前の情報を与えられた上での合意原則」(FPIC原則)を尊重せずに行われた伐採は、違法であることが原則化された。
これが、2014年に日本にも及び
1、政府が先住民族だと認めたアイヌ民族の同意なしに北海道で森林伐採を行うことがFSCの認証基準を満たさず、違法伐採と認識されるようになった。例えば2014年10月末には、 FSC認証を企業活動として必要とする日本製紙、王子製紙の担当者が、札幌市で北海道アイヌ協会との協議を開始した。これは、日本において、先住民族に関する国際規準が国内に直接適用される先駆的な事例である。この余波は、今後、アイヌ民族のみならず、国際的に先住民族と認められている沖縄・琉球民族にも影響を及ぼす可能性がある。
沖縄県知事選挙
2014年11月の沖縄県知事選挙では、普天間基地の撤去、新基地の辺野古移設反対などを公約に掲げる翁長雄志氏が、辺野古の基地移設を容認する自民党の仲井真弘多氏に10万票以上の票差をつけて当選した。この結果は、翁長氏が4年前に仲井真氏の選対責任者を務めたことなどから「保守の分裂」と表現されたが、実際には沖縄の民意のあらわれである。また県知事選挙に加え、那覇市長選挙では翁長氏の後継である城間幹子氏が当選し、さらに衆院選挙では、沖縄県の全ての選挙区で自民党からの候補者が落選するなど、普天間基地撤去と辺野古移設反対の姿勢が明確になった。今後、翁長氏は沖縄県知事という地方自治体の長である以上に、日本の地方自治制度が米国型であることを踏まえて、沖縄・琉球人の民意を代表する琉球国の「大統領」という意識で、日米両政府に立ち向かう姿勢が求められている。
2014年とこれからの日本の先住民族問題
2014年は、日本の先住民族にとって、様々な動きのある年であった。二つの人権条約機関の勧告に加え、アイヌ民族の代表が初めて政府代表団に選ばれ、また森林認証問題では国際規準が国内に直接適用された。また、先住民族として沖縄・琉球民族の公人による国際会議参加が初めて達成され、県知事選、市長選、衆院選などを通じて、沖縄の人びとの民意が表出した。一方で、先住民族に対するヘイトスピーチや国内政策の課題が指摘される。
第二次国際10年の間の出来事の余波を受けて、日本では着実に先住民族の権利回復に向けたダイナミズムが働いている。しかし、まだ決して楽観視できるレベルではなく、さらなる展開のための戦略的な議論の深化がますます期待される。
(注)
1:日本では違法伐採対策として、一般企業(および政府)が木材を調達する場合に、森林伐採における「合法性」および「持続可能性」の証明が求められている。その証明方法の一つに第三者機関による森林認証の活用があり、認証を受けたものには認証シールが貼られるが、FSCはこの森林認証を行う第三者機関としての役割を持つNGOである。