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国際人権ひろば No.121(2015年05月発行号)
人権の潮流
日本に移住するJFC(ジャパニーズ・フィリピノ・チルドレン)母子をめぐる搾取
岐阜と愛知のパブで大規模な摘発
岐阜県警は2015年2月中旬、岐阜県と愛知県内のパブなどを家宅捜索し、就労資格のないフィリピン人女性たちを働かせているとして入国管理法違反(不法就労助長)の容疑で、ブローカー(自称コンサルタント)の日本人男性やパブの経営者、従業員ら9人を逮捕した。岐阜県警と名古屋入管から捜査員200人以上が投入されるという大がかりな摘発であった。一連の摘発で、パブで働いていた女性とその子どもたち約20人が保護された。
保護されたのは、日本人の父親に遺棄された子どもたち(ジャパニーズ・フィリピノ・チルドレン=JFC)、およびその母親たちだ。ほとんどが来日1年以内の母子たちという。
ブローカーの男性は、しばしばフィリピンを訪れ、地元女性を連絡役に多数のJFC母子と接触し、「国際交流の推進」「国内外における就業支援」などの活動を行うという一般財団法人国際財団(事務所:広島)の「看板」を掲げて、「日本国籍取得を手伝う」「工場での仕事を紹介する」などと持ちかけて勧誘し、日本への渡航手続きを行っていた。しかし実際には、岐阜や名古屋にあるパブで3~4年間ホステスをするよう命じていた。休日は月に2日のみで、賃金は月額8万円から10万円。厳しい売上げノルマが課せられたという。母子たちは国際財団の「研修寮」と称する数カ所の住宅に住まわされ、監視カメラが設置されていた。
国籍法改正後に来日が増えたJFC母子
2009年1月の改正国籍法の施行によって、国際カップルの子どもは、出生後に日本人の父親から認知を受け、20歳までに手続きをすれば、両親が結婚していなくても日本国籍を取得できるようになった(それ以前は胎児認知が要件であった)。国籍法の改正は、国際婚外子の日本国籍取得の道を拡げたのである。
それに伴い、JFCの母親も、子が日本国籍を取得できれば、あるいは子が日本で国籍取得手続きをするために、子の養育者として日本に定住し就労することが容易になったのである。その結果、日本への渡航をめざすJFC母子が増えた。その要望に応えるため、さらには希望を掘り起こしつつ「支援」を約束する仲介団体がフィリピンで次々と設立されたのである。仲介団体は、日本での受入れ企業と提携しながら、来日要件にかなう母子をフィリピン各地でリクルートしているのである。
団体の多くは、「慈善」を標榜して、JFC母子たちの相談に乗り、日本語指導、渡航手続き、就労先の斡旋を行ったうえで、日本に送り出している。来日するのは10代までの子どもを伴う母親が中心であるが、青年となったJFC単身の場合もある。
彼女たちの代表的な就労先は介護施設と工場だ。しかし問題は、渡航経費、返済方法、仕事、労働条件などに関する話が来日前後で大きく異なっているということだ。近年、そのことをめぐる相談がJFC母子から各地のNGOにしばしば寄せられるようになってきたのである。たとえば、「経費は不要」だと仲介団体から聞いていたにもかかわらず、来日後に雇用者である介護施設から少なくとも50万円超の請求書を示されて、2~3年にわたり毎月の給与から天引きされて支払う契約を迫られて戸惑っているといった相談だ。
東大阪の介護会社での処遇
2014年7月、東大阪市にある介護会社のJ社がフィリピンでリクルートした際に、本人が日本で
「自然死」しても「刑事、民事いずれにおいても会社の責任を問うことを永久放棄する」という誓約書にサインさせていたことが報道で明らかになった。J社は、他の多くの仲介団体と同様に、マニラにJFC母子を日本に送るための団体を立ち上げてリクルートし、日本語や介護の研修を提供するとともに、日本での就労に必要な入管手続きを代行したうえで日本に送り出すという方法をとっていた。
約30人がこの「権利放棄誓約書」を提出させられていたとみられる。誓約書は意味不明な文言で綴られており、法的拘束力に欠ける内容なのだが、日本でのさまざまな権利行使を萎縮させるようなぞっとするタイトルの文書にほかならない。女性たちはフライト日の直前に同意を求められ意味を理解しないまま否応なく応じたという。
J社が宿直を月に13回もさせたり、休日はわずかという過酷な労働条件、給与の強制積立を課していたことも明らかになった。また、夜勤手当の計算根拠も不明瞭であった。
事態の発覚を受けて、大阪労働局はJ社に対し、労基法に違反する処遇や、勤務時間中に交通事故に遭ったスタッフの労働災害補償手続きを怠っていた問題などについて是正勧告を出したのである。
一方、J社に勤めたあと他の施設に転職したCさん(41)が2014年11月末、厳しい勤務を強いられたなどとして、J社に未払い賃金や慰謝料など約580万円の支払いを求める訴えを大阪地裁に起こした。2015年4月時点で提訴の結論は出ていない。
J社は、Cさんと同世代の40代の女性を多く受け入れていた。彼女たちは小中学生のJFCの子どもを伴って来日している。すでに日本国籍を取得した子もいれば、父親の認知を得ることができないままフィリピン国籍だけの子もいる。どの子も、地元の公立学校に通っているが、フィリピン語を母語として育ってきたことから日本語習得の壁に直面している。
搾取の危険性を予見していた日本政府
日本政府はこれらの問題について以前から警鐘を鳴らしていた。外務省は国籍法が改正される以前の2007年8月付のホームページの「人身取引対策に伴う査証審査厳格化措置」 のなかで、「査証審査においては、人道的配慮を要する方が適法かつ安全に日本へ渡航できるように配慮しています。特に近年多くみられている、日本人の親とフィリピン人の親の間に誕生し日本人親の扶養を受けていない子供(新日系フィリピン人/JFC)及びそのフィリピン人母親等の日本定住を支援すると称して、母子を日本で働かせその収益等を搾取しようと企む悪質ブローカーや犯罪組織がありますので注意してください」としていた。
さらに、2013年7月に掲載した「フィリピン人親が日本人との間の実子を同伴して渡航する場合の必要書類」 では、「あなたを日本で働かせその収益を搾取しようと企んで身元保証を持ちかける悪質なブローカーや人身取引を行う犯罪組織がありますので、気を付けてください」と警告している。それらの注意は在フィリピン日本大使館の英語のサイトにも掲載されていた。
だが、多くのJFC母子が搾取の罠にはまっている。来日したいという強い気持ちに乗じて、意のままに搾取しようとするいくつもの仲介団体の影が見え隠れしている。しかし、日本政府は「慈善」を冠した仲介団体の「悪意」を見過ごしてきたようだ。
人身取引事案が収束へ
今回の岐阜・愛知のケースは、「子の認知」「父親の遺産相続」などの訴訟提起を「目的」に、国際財団の役員に就く弁護士が保証人となり、20~30代のJFC母子を短期滞在の資格(観光ビザ)で入国させるという方法をとっている。弁護士は母子たちが来日するたびに、広島から岐阜に足を運び、ブローカー同席のもとで契約を結んでいたもようだ。母子たちは弁護士費用60万円だと告げられ文書にサインしたものの、そのコピーは受け取っていないと異口同音に語る。なかには父親に連絡をとるなど司法手続きへと進んだケースも確認されているが、うやむやになったケースもある。一方、ブローカーは、就労可能な在留資格への変更を待たずに女性たちをパブに送り込んでいたのである。ただし、弁護士がブローカーの行動をどこまで把握していたかは不明である。
入国後に直面した現実に、2014年7月から8月にかけて自力で避難したり、警察に保護を求める母子が相次いだ。それを契機に岐阜県警に捜査本部が設けられ、2015年2月の摘発につながったのである。
ところが、岐阜区検は3月27日、ブローカーの男性をはじめ容疑者を不起訴としたのである。「起訴するだけの証拠が得られなかった」という。唯一、クラブ経営者1人を略式起訴し、岐阜簡裁が罰金70万円の略式命令を出すに留まったのである。
この事件は、女性たちをホステスとして「不法就労」させたという行為にとどまらない。毎月10万円ほどの賃金でパブで3~4年間働かせるといった搾取を目的に、日本国籍取得や定住をかなえたい気持ちに付け込む手段で、JFC母子をリクルートし日本に連れてくるという行為を伴っている。これは人身取引だといえまいか。捜査関係者によると、名古屋入管の管轄下だけで60人を超える母子が同財団の「看板」を介して来日しているという。しかし、多数を巻き込んだ人身取引事案が法廷で問われることなく収束しようとしているのである。今後、同様の手口を勢いづかせることになりはしないだろうか。