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国際人権ひろば No.121(2015年05月発行号)
特集 女性差別撤廃条約と日本のマイノリティ女性
奈良県の部落の女性たち -実態調査と法務局との話合いから見えてきたもの
巽 千津子(たつみ ちづこ)
部落解放同盟奈良県連合会女性部事務局長
人権擁護委員連合会との懇談会
部落解放同盟奈良県連合会(以下、「県連」)は、毎年8月末に奈良県人権擁護委員連合会と懇談会を行う。2014年は、人権擁護委員が27人、県連から41人が参加した。県連から、公人の出自を暴く報道をはじめ差別身元調査の横行について、また2011年1月におきた水平社博物館前での差別街宣事件やヘイトスピーチ等の人権侵害の実態を説明し、現在、人権を侵害された人に対する救済法や差別を禁止する法律がないことから法整備にむけた協力をお願いした。
その後、日々の相談活動について聴いたが、「部落問題の相談はほとんどない」というのである。果たしてその原因は何なのか。まさか部落差別がもうなくなったという訳ではないと思うが、人権擁護委員の活動が市民に浸透していないのか、差別を受けても泣き寝入りをしているのか、人権相談を必要としていないのか、いずれにせよ、部落問題についての相談を受けない人権擁護委員は、部落差別と向きあうことができていない。年に一度の懇談会が部落差別の実態を学ぶ場になっているのか、靴の上から足をかくようなもどかしさを感じる。真面目に取り組んでいる人権擁護委員も同じ思いなのかもしれない。
女性部分析学習会
実態調査から見えてきたもの
県連女性部は、2010年9月に奈良県内の部落女性の実態を把握することを目的に調査を実施した。有効回収数は、個人票1,568票、世帯票1,278票(部落内居住69.1%、部落外居住19.6%、わからない3.8%、無回答・不明7.5%)で、特定の年齢層にかたよらないように10歳刻みで割り当てを行い、できるだけ若い世代の実態も把握できるようにした。また、高齢層には非識字者が多いことから訪問して調査の目的や意義を伝え、質問項目を丁寧に説明し、聴き取ったことを記入するという面接法を重視した。
実施するにあたって女性部役員が中心になりプロジェクトチームを立ち上げた。質問項目の検討から集まったデータの分析・まとめまで会議を13回、女性部全体の分析学習会を2回行った。1年6ヶ月を経て、ようやく県連の幹部研修会で調査結果を報告することができた。その主な内容は以下のとおりである。
〈 部落の実態 〉
部落内居住の人は、高齢者で独居が多く、年収が低く、地区改良住宅居住の割合が高い。部落外には、比較的若年で、核家族世帯、とくに親と子の世帯が多く居住し、持ち家で世帯年収は、部落内居住の人よりも高く、比較的安定した層が多い。
〈 教育 〉
学歴は、奈良県の女性全体と比べ、格差は依然として縮まらず、文字の「読み・書き」に困難を抱えている人の割合は、60歳以上で高くなり、若い世代でも何らかの困難を抱えている人がいた。
「子どもへの進学期待」は、「大学まで進学させるのがよい」が男子の場合は69.7%、女子の場合は44.6%と性別によって差があることが明確にあらわれ、世帯収入が多いほど大学進学を期待する割合が高かった。
〈 結婚差別 〉
部落差別があると認識する場面は、「結婚の際」が日常生活や就職の際よりも一番割合が高かった。近年になるほど部落外との婚姻が進み、2000年以降は7割を超えているが、経済的に比較的安定した部落外に住む若い人たちが結婚について不安を抱えている姿が見え隠れする。
〈 暴力 〉
パートナーからの暴力(DV)経験は、「思い出したくない」「書きたくない」という意識が働いたのか、また、自分の経験を「DVを受けた」と認識できていないのか「無回答・不明」が31.2%あった。
相談の有無は、相談したことがある人38.6%、ない人42.4%で、相談できない状況が浮かび上がってきた。DV防止法の認知度が7割あるにもかかわらず、被害者が現状をどうすることもできないでいる様子がうかがえる。
〈困っていること、支援してほしいこと〉
自由に記述してもらったが、生活(経済面や将来)の不安が一番多く、医療、福祉、差別、年金、仕事、子育て等について多くの要望が寄せられた。一部紹介する。
○ 母子家庭なので子どものミルク支援があればとても助かります(25歳)
○ 恋愛、結婚となったときに部落出身者であることを付き合う相手に打ち明けたり、相手の親がそのことについてどう思うか不安(26歳)
○ 自分は、アルバイト、パートナーは低賃金。子どもが2人いるので生活がしんどい。……生活のできる(余裕)給料がほしい(39歳)
○ 年金がないので、なるべく長く働きたい(64歳)
○ 現在、国民年金が15,000円ですので医療費に全額いってしまいます。(67歳)
部落であるということと女性であるということで就労や教育の機会に制限が加えられ、その結果として貧困や差別にあえいでいる女性たちの姿が浮き彫りになった。
部落の女性たちは、部落差別を受けるとともにジェンダー差別が重なり、複合することで同じ部落の男性を上回る不利益を受け、苦しみを背負う。その現象は、
「部落差別と女性差別を二重に受ける」といった単純なものでなく、多層的で複合的で深刻である。その救済は、もつれた糸をほぐすごとく困難であり、手厚い対応と対策が必要であるということを痛感した。
第3次男女共同参画基本計画の具現化を
2010年、国の第3次男女共同参画基本計画にマイノリティ女性の視点が明確に盛り込まれた。これは2003年と2009年、マイノリティ女性たちが女性差別撤廃委員会日本報告書審査に参加し、NGOレポートの提出やロビーイングを精力的に行ったことや、内閣府への要請・交渉を積み上げてきた大きな成果である。私たちの願いが多くの人たちの努力によってようやく国に届いた。その文書の第8分野「高齢者、障害者、外国人等が安心して暮らせる環境の整備」の「基本的考え」は次のとおりである。
「(前略)高齢者人口に占める女性の割合は高いため、高齢者施策の影響は女性の方が強く受ける。また、障害があること、日本で働き生活する外国人であること、アイヌの人々であること、同和問題等に加え、女性であることからくる複合的に困難な状況に置かれている場合がある(後略)」。その施策の内、「4.女性であることで複合的に困難な状況に置かれている人々等への対応」の基本方向は、そうした「状況に置かれている場合があることに留意する必要がある」とし、具体的施策の中に「障害者、外国人、アイヌの人々、同和問題等に係る人権問題の解決を図るため、法務局・地方法務局の常設人権相談所において人権相談に積極的に取り組むとともに、相談者が利用しやすい人権相談体制を充実させる(後略)」とある。
実態調査の結果では、たくさんの部落女性たちが支援を求めている。にもかかわらず、部落差別に関する相談がないというのである。
実態調査の概要版を発行(2012年)
奈良地方法務局への申し入れ
2014年12月、県連から奈良地方法務局に対し「最近の差別事象と人権擁護行政について」話し合いを申し入れたところ、局長をはじめ次長、総務課長、人権擁護課長が出席された。上述の基本計画にあるマイノリティ女性の人権相談についてどのように創意・工夫されているのかを質問した。全員視線はこちらを向いているが、あまり関心がないといった表情でだれも反応しない。待っていても返答がないので痺れを切らしてこちらから「内容をしっかり認識していただいて、相談にあたっておられる人権擁護委員に周知してほしい」と要望した。帰る際、人権擁護課長に、持参していた基本計画の第8分野のコピーを指差し、「ご存じないのですか?ちゃんとみなさんに周知してください」と言いながら資料を押し付けて帰った。
この奈良地方法務局の姿勢はいかがなものか。あらためてマイノリティ女性が置き去りにされていることを実感した瞬間であった。担当省庁として、どう実践するのか、本気で論議してほしい。そして、「何か、困っていることはありませんか」「いつでも相談してください」といった情宣活動を、時には部落に出向いて出張相談を人権擁護委員と一緒にしたらどうか。県や市町村が策定している基本計画にも反映させ、連携をとりながら相談体制の充実に取り組むべきである。
みんなが苦労して盛り込ませたマイノリティ女性の視点。なんとか実効あるものにしないといつまでたっても絡み合った糸がほぐれない。この基本計画を具現化させていくことが実態調査に協力してくれた多くの部落女性に応えることになるのかなと思う。