人権の潮流
スペインでは、日本とほぼ同時期に外国人労働者が増加した。1990年代前半は、アフリカ大陸にあるスペインの飛び地と陸続きのモロッコを中心とするアフリカ大陸からの外国人労働者が少しずつ増加した。1990年代後半から2000年代にかけてスペインの旧植民地が多い中南米諸国、特に南米(エクアドル、コロンビアなど)の相対的に所得の低い国からの急激な人口流入が見られるようになる。そして、2000年代に入ってからは、東欧とロシアの旧社会主義国、特に2007年にEU加盟を果たしたルーマニア出身者の流入が顕著になった。現在、スペインの総人口に占める外国人の割合は1割程になっている。
歴史的な背景、旧植民地との関係、周辺国の政治情勢などにより多くの外国人がスペインに労働を目的に中長期的な期間の移住をしてきた。この点は、1990年代の日本の入管法の改正に伴った日系人の増加に類似している。そして、日本同様に、家族連れ、家族の呼び寄せなどにより、これら移住者、とりわけ、子どもたちの教育への対応はスペインにおいても、多様性への対応の重要な課題とされている。
本稿では、スペインにおける外国人の子ども(学齢期の子どもに限定する)の教育に対する権利の保障のための教育施策とその具体的な取り組みについて紹介したい。
スペインにおける外国人総人口のおよそ1割は、学齢期の子どもである(義務教育は、満6歳からの初等教育6年間と中等義務教育4年間で構成される)。彼ら・彼女らの教育に対する権利の保障については、スペインの法律上、就学する権利及び義務があることが明文化されている。1978年に制定されたスペイン憲法は、外国人の権利について第13条1項で「外国人は、スペインにおいて、条約及び法律の定める条件の下に、本編が保障する公的自由を享受する」と明記している。憲法第27条1項前段には「何人も、教育に対する権利を有する」と規定する。この「何人」という文言には、「外国人」も含まれ、同権利を享受することは通説とされている。
そして一般法においては、教育に対する権利だけでなく義務についても言及された。1985年の教育に対する権利の組織法第1条3項は、外国人の権利及び義務について言及し、外国人法でも、「18歳以下のすべての外国人に対する教育義務」の条文がある。そして、これら外国人の子どもの教育に対する権利の保障を確保するために、行政に責任を課す規定も設けられるようになった。
2002年の教育の質に関する組織法では、外国人の子どもの教育システムへの編入についての具体的な規定が設けられた。これを受け、各自治州では具体的な支援プログラムや計画、特別な教育支援などの施策が採択された。また、多様性への配慮に言及した2006年教育組織法は、外国人生徒に関連して、第78条1項前段において「外国出身の生徒であるため、または他の理由からスペインの教育制度への編入に遅延があったときは、これらの生徒をスペインの教育制度への編入を施す責任は行政にある」とし、後段では「その編入は、就学義務を受ける年齢にあったときは、どのような状況であっても保障される」として教育に対する権利の保障と行政の責任について明らかにしている。2013年に教育の質の向上のための組織法が公布されたが、これらの多様性への配慮は維持されている。
図書室にある子どもたちの出身地の言語で書かれた本
スペインの中央教育行政機関は、教育制度全般に対する権限を有し、他方、各自治州は、国が定めた法に従いながら教育行政を執行する権限を持っている。外国人生徒の教育に対する権利が明文化されている一方で、各自治州においても州の独自性、特徴に対応しながら州法が制定され、施策等の基礎となっている。これらの自治州は、教育機会の平等の原則、1983年から継続する補償教育の理念(教育上の不利益を国や社会が補償し、教育の機会の平等を図ること)、及び多様性への対応に関連した法枠組みの中で、具体的な教育施策に関するプログラムや計画の決定、規則を設けている。そして教育施策は、教育への支援と同時に社会への統合、多様性や異文化への対応を目指す。
外国人の教育に対する権利の保障の重要な取り組みの1つとして、学校教育で学習するための言語教育の支援の実施がある。スペインの全自治州において、自治州の公用言語を話せない外国人の子どものために、学校教育時間内あるいは時間外に支援するカリキュラムを設けて、言語支援学級や外国人学級において教育支援を行っている。他方、外国人の子どもの母語・母文化の継承は、アイデンティティの保持の観点から重要とされている。とりわけ、主要な外国人人口の多い国(モロッコ、ルーマニア、ポルトガル)とは、二国間協定が結ばれ、学校教育のカリキュラムの中に彼らの母語・母文化教育が実施されている。また、二国間協定を結ばない国への対応として、多文化や異文化間教育への対応のプログラムを作成している。
これら以外の取り組みとして、各自治州では5から10ヶ国語の多言語ガイドブックを完備する。また、家族の学校への参加促進と社会統合のために、通訳及び翻訳サービスが取り入れられる自治州もある。さらに、中央政府が定めた法の下に規定されるカリキュラムと大学の自治に従い、各自治州では教員養成が行われ、また現職教員に対する支援、多様性及び異文化教育に対する講習会、学校間での意見交換のためのセミナー、シンポジウム、会議などが自治州によって行われている。この他、スペイン語を第二言語とする生徒のための教授法や異文化に関連した教材、資源の提供などによる支援、市町村との連携とともに、NGOや外国人を支援する団体との連携を積極的に行う地域もある。
教員の意見交換会とワークショップ
日本における外国人の子どもの教育に対する権利
日本においても、外国人の子どもの教育に関して、制度面の検討を含めた受入れ体制の整備に力が入れられ、積極的な施策を図ろうという動きがある。特に日本語指導が必要な就学する子ども(日本国籍を有する子どもも含む)を対象とした日本語指導の在り方に関する検討会が実施されてきた。しかし、新制度が導入されたとしても(2014年1月に日本語指導が必要な就学する子どもを対象にした「特別の教育課程」の編成・実施について学校教育法施行規則の一部を改正する省令が公布され、同年4月から施行された)、同制度には法的拘束力がないため、全ての公立学校で実施される取り組みではなく、各学校の裁量にゆだねられている。
日本政府は「外国人の子どもには、我が国の義務教育への就学義務はないが、公立の義務教育諸学校へ就学を希望する場合には、国際人権規約等も踏まえ(中略)日本人と同一の教育を受ける機会を保障」する立場をとっている。しかし、多様性の存在を前提とせず、日本社会のみを想定とした学校側の受入れ体制や日本語指導を中心とした教育指導を行っていることを考慮すると、このような施策は一方的で、教育を受ける主体となる外国人の子どものニーズが考慮されていないと言わざるを得ない。また、外国人の子どもの教育に対する「権利」に関する条文がない中で、教育機関、指導及び教育に携わる教員側にとって全く拘束性のない施策により、その実施も各学校の裁量に委ねられることから、外国人の子どもの「教育を受ける機会」が保障されているとすら言えないだろう。
文化の多様性が進む日本において、外国人の子どもの教育に対する権利に関する法の明文化議論もあるが、なかなか難しい問題が存在する。今後、日本における外国人の子どもの教育に対する取り組みに向けて、多様性を考慮した外国法及び施策を参照した制度設計案を積極的に取り入れられていくことを期待したい。