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国際人権ひろば No.125(2016年01月発行号)

特集 日韓のひとり親家族の今

日本のひとり親家族の現状と課題 -リスク社会を生きる-

神原 文子(かんばら ふみこ)
神戸学院大学教授

 今、なぜ、ひとり親家族に関心が向けられているのか?

 

 厚生労働省の『平成23年全国母子世帯等調査』(以下では、「母子世帯調査」と略称する)によると、母子世帯数は124万世帯(全世帯の2.3%)、父子世帯数は22万世帯(同0.4%)である。

 1960年以前の母子世帯は、夫の戦死など死別が多かった。夫婦が離婚する場合は、子どもを夫の元に残して、母親だけが家を出ることが“ふつう”であった。しかし、1960年代半ばから、夫婦が離婚する場合、母親が子どもの親権を取得する割合が増えて、今日では、子どもの8割は母親が親権者となっている。1990年代以降の不況も影響して離婚件数も離婚率も上昇し、母子世帯が増加した。それでも、全世帯の3%弱にすぎない。

 「母子世帯調査」によると、母子世帯のなり方は、死別7.5%、離別80.1%、未婚7.8%であり、父子世帯のなり方は、死別16.8%、離別74.3%、未婚1.2%であって、いずれも、離別が多数を占めている。未婚の母になることに対して、差別も偏見も根強いこともあり、過去30年ほどの間、わずかに増加した程度である。

 従来、わが国では、離婚やひとり親家族に対して偏見を持たれたり、冷ややかな眼差しを向けられたりすることはあっても、社会的な関心を向けられることは少なかった。そのためか、離別や未婚のひとり親家族を対象とした児童扶養手当は、支給対象者が増えたり、財政難になったりすると、当事者たちの反対の声をよそに、支給基準が引き下げられたり、支給額が減額されたりしてきた。

 2009年に、民主党政権の下で、わが国の子どもの貧困率が14.2%(2007年時点)という衝撃的な数値が、はじめて公表された。貧困率とは、世帯収入から国民一人ひとりの所得を試算して順番に並べたとき、真ん中の人の所得の半分(貧困線)に届かない人の割合を意味する。2010年度から、15歳以下のすべての子どもの保護者を対象に、月額13,000円の「子ども手当」が支給されることになったが、翌2011年3月に東日本大震災が発生したことも影響して、大幅な修正を余儀なくされた。

 子どもの貧困率は、2012年には16.3%まで上昇した。併せて、子どもがいる大人ひとりの世帯の54.6%が貧困であるという数値が示され、2013年度からの子どもの貧困対策の一環として、ひとり親世帯の貧困にも社会的関心が向けられるようになった。

 ちなみに、2012年時点では、ひとりあたり122万円以下が相対的「貧困」状態であり、母親と子どもひとりの世帯では、244万円以下が貧困ということになる。1ヶ月約20万円がめやすといえる。

 

 ひとり親家族の多くが貧困であるのはなぜ?

 

 「母子世帯調査」によると、母子世帯の平均年間就労収入は192万円、平均年間世帯収入は291万円である。ただし、291万円という数値は、同居親族の年間世帯収入も含めた金額であって、母子のみの世帯では223万円である。父子世帯の平均年間世帯収入は455万円である。児童のいる世帯の平均年間世帯収入658万円と比較すると、母子世帯は44%、父子世帯は69%にすぎない。

 では、母子世帯や父子世帯の平均年間世帯収入がこれほど低いのはなぜか。この点について、母子世帯に焦点をあてて要因を列挙しよう。

 

 1.離婚などにより母子世帯になる時に、母親は、無職か非正規職の場合が圧倒的に多く、スタート時点の就労収入が低いことを指摘できる。多くは、高卒で、就労経験が乏しく、就職に有利な資格がなく、そのうえ、乳幼児がいるとなると、就くことができるのは、非正規で低賃金の仕事が大半である。母子世帯の母親の8割以上が就労しているが、平均年間就労収入は181万円程度である。低賃金の理由は、先進国の中でも、最低賃金が飛び抜けて低いことである。2015年10月現在、全国平均は798円である。1日7時間、1ヶ月25日働いても139,650円である。非正規で非熟練の仕事をどんなにがんばっても就労収入はさほど上がらない。

 2.さまざまな就労支援策が講じられているが、安定就労や賃金アップにつながる支援策は乏しい。その中で、「ひとり親家庭高等職業訓練促進費給付金制度」は、看護師、保育士、理学療法士、作業療法士、介護福祉士などの資格を取得するために専門学校に入学すると、2年間、月額10万円給付されるという制度である。かつて、民主党政権時代には、3年間、月額14万円給付されていたが、自民党政権になってから、期間は短縮され、支給額も減額となった。就労支援策として、どのような仕事、どのような働き方であれば、年間就労収入200万円以上となるか、具体性がなければ、その効果を期待できない。政府はひとり親家族への就労支援策として多額の予算を計上しているが、当事者の就労支援に有効活用されているのか疑問である。

 3.離別した元夫から養育費を受け取ることができている母子世帯は、2割弱にすぎないことも貧困の大きな要因である。たとえ、離婚しても、双方の親には、子どもが成人するまで養育義務がある。にもかかわらず、非監護親が養育義務を果たさなくとも、ほとんどの場合、強制的に養育費を取り立てられることもなく、なんら社会的な制裁を受けることもなく放置されているのが現状である。非監護親の給与などから自動的に養育費を天引きするような制度を立ち上げようとしない国の責任も大きい。

 4.ひとり親世帯に対する経済的支援策として児童扶養手当があるが、全額支給の所得基準が子どもひとりの場合で年間就労収入130万円程度と低いこと、加えて、1人目は42,000円であっても、2人目5,000円、3人目3,000円にすぎないことも問題である。このような金額では、経済的支援の機能を十分に果たしているとは言いがたい。長年、ひとり親家族の支援団体などが、2人目、3人目の増額を要望しているが、実現をみていない。

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ひとり親家族支援者養成講座の様子

 

 打開策は?

 

 「子どもの貧困」や「ひとり親家族の貧困」を検討する場合、「貧困」を、経済的貧困に限定して捉えるべきではない。情報の貧困、支援を期待できる人間関係の貧困、さらに、さまざまな生活文化の貧困も視野に入れて支援策を講じることが必要である。ひとり親世帯に有用な情報が当事者に届いていなかったり、頼れる親族のいないひとり親親族が地域の中でも孤立していたり、あるいは、就労支援の前に、基礎学力をつけたり、生活文化を習得したり、子どもの養育の仕方を学んだりする必要のあるひとり親も存在する。親や子どもが心身に病気や障害のある場合、ひとり親支援だけでは対応できないはずである。

 生活困難な状況にあるひとり親世帯について、個々の実情に応じたパーソナルなサポートが必要なのである。パーソナルなサポートを、地域ぐるみで担える支援組織が各地にできることが期待される。国や自治体におけるひとり親家庭支援策の見直しが必要なのではないだろうか。

 最後に、少し厳しい問題提起をさせていただこう。

 ひとり親世帯の半数以上が貧困であるという現状について、昨今、マスコミも取り上げ、社会的に関心ももたれるようになってきている。

 このような現状について、子どものいる既婚女性たちは、どのように受けとめているのだろうか?「自分には関係ない、私は離婚などしないわ」と、楽観視しているのだろうか?脅すわけではないけれど、この先、何が起こるかわからない。障害保険や生命保険をかけるつもりで、万が一、離婚するかもしれない時のために、キャリアアップや預貯金など備えをしておいて損はないのではないだろうか。リスクを最小限に抑えるために。

 同様のことは、未婚女性についても言える。結婚したり、出産したりしなければ、母子世帯になることはない。しかし、結婚したい、出産したいと考えているのなら、その先に、母子世帯になる可能性は零ではないことを想定して、人生設計をしてほしいものだ。

 リスク社会と呼ばれる現在、自分の人生の選択による将来的なリスクにたいしては、自分で責任を負うしかないのだから。

 

< 参考文献 >

神原文子『子づれシングルと子どもたち―ひとり親家族で育つ子どもたちの生活実態』(明石書店、2014年)

神原文子・しんぐるまざあず・ふぉーらむ・関西『ひとり親家庭を支援するために―その現実から支援策を学ぶ』 (阪大リーブル035)(大阪大学出版会、2012年)

神原文子『子づれシングル:ひとり親家族の自立と社会的支援』(明石書店、2010年)