人権の潮流
あなたは今日、朝食を食べただろうか。昼食や夕食はどうだろうか。国連世界食料計画(WFP)によれば、現在7億9500万人、すなわち、地球上の人口の9人に1人が飢餓状態に陥っている。あなたの住む地域では、砂漠化が進んでいたり、森林が破壊されたりしているだろうか。いま、世界中の様々な地域で違法伐採や違法漁業により、自然資源や生態系に悪影響が広がっている。あなたは平和で安全な社会に住んでいるだろうか。教育や雇用など、社会の重要な要素に関して、格差や不平等が拡大していないだろうか。21世紀に入っても世界から武力紛争や衝突がなくなる兆候は残念ながら見られず、「格差が広がっている」という報道は毎日のように目にする。
世界が直面する貧困・飢餓・環境・気候変動・雇用・インフラなど様々な課題に対応するために、2030年までに各国政府が達成すべき目標を定めた「持続可能な開発目標1」(以下、SDGs)が、2015年9月の国連総会で採択された。ニューヨーク国連本部で開かれた「持続可能な開発サミット」には世界各地のNGOも集まり、日本から筆者を含む多くのNGOメンバーが参加した。
SDGsは17の目標とそれらを細分化した169のターゲット、および進捗状況を測る指標で構成される。目標にあげられた貧困や飢餓というと「途上国の課題だ」と思われがちだが、主に途上国が達成すべき目標で構成される「ミレニアム開発目標(MDGs)」(2015年末が達成期限)とは異なり、SDGsは、「現在の世界は、このままのありかたでは持続不可能である」という認識のもと、世界各国すべての政府が取り組む目標として位置づけられている。そのため、国連総会で採択された文書は「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」と名づけられている。
持続可能な開発目標(SDGs)
目標1 | 貧困をなくす |
目標2 | 飢餓をなくす |
目標3 | 健康と福祉 |
目標4 | 質の高い教育 |
目標5 | ジェンダー平等 |
目標6 | きれいな水と衛生 |
目標7 | 誰もが使えるクリーンエネルギー |
目標8 | ディーセント・ワークと経済成長 |
目標9 | 産業、技術革新、社会基盤 |
目標10 | 格差の是正 |
目標11 | 持続可能なまちづくり |
目標12 | 持続可能な消費と生産 |
目標13 | 気候変動へのアクション |
目標14 | 海洋資源 |
目標15 | 陸上の資源 |
目標16 | 平和、正義、有効な制度 |
目標17 | 目標達成に向けたパートナーシップ |
(表)国連広報センター資料をもとにJANIC作成
SDGsの17の目標は表の通りである。これらの目標は独立して存在しているわけではない。国連での議論では、「経済・社会・環境という持続可能な開発の三側面に焦点を当てる」ことの重要性が強調された。持続可能な開発を実現するためには、総合的に考える必要がある、ということだ。例えば、清潔な水と衛生に関する目標6を達成するためには、安全な水を供給するインフラの整備が必要(目標9)であり、浄水場などで働く人が安全に働ける環境作り(目標8)が肝心である。また、水源を保全するために山林を保護・育成する(目標15)ことや、目標達成に向けた国際協力(目標17)が欠かせない。このように、ある課題を解決するためには、別の課題との関連性を考える必要があり、また、あるアプローチを採用することで結果的に二つ以上の目標が達成できることもあるかもしれない。分野ごとに目標は分かれているが、課題を解決するためにはそれぞれの目標を包括的なものとして捉えていかなければならない。
SDGsの特徴は「誰一人として取り残さない(No one will be left behind)」という政治的意思を表明していることである。MDGsでは、国ごとにデータが平均化されてしまい、社会の中で脆弱な状況に置かれている人々や差別を受けている人々の状態が改善しているかどうか、不明確であった。こうした反省のもと、SDGsでは収入、ジェンダー、年齢、人種、民族、移住状況、障害、地理など、社会の様々な層ごとにデータを取ることが定められている。また、目標10「国内外の不平等を減らす」という目標では、貧困層の所得向上や、差別的な取り扱いを認める法律や政策・慣行の撤廃、平等を達成するための賃金や社会保障に関する政策の導入などに関するターゲットが設定されている。「持続可能な世界」への変革は、「誰一人として取り残さない」ことと一体として考えられていることが分かる。
このような不平等の是正に関する目標が合意された背景には、NGOを含む幅広い市民社会の働きかけによるところが大きい。SDGsの採択にあたり、国連では2013年からの加盟国間交渉に際し、NGOを含む9つのメジャー・グループ2との協議を設けたり、「マイ・ワールド3」というインターネットを使った投票システムが整備された。加盟国との協議の場では、国際NGOを中心としたロビー活動が活発に行われ、「MDGsが達成できなかった目標に取り組むべき」「貧困や飢餓を半減するだけではなく、終結させるべき」「そのためには、細分化されたデータや不平等に関する独立した目標が必要」といった提言がなされた。
日本でも、2012年より、国連交渉を担当する外務省国際協力局地球規模課題総括課とNGOによる定期的な意見交換会が開催されている4。この場でも、不平等の是正に関する提言を繰り返し行ってきた。また、SDGsに関する国連事務総長アドバイザーであるアミーナ・モハメッド氏との意見交換会も複数回に渡って開催された。こうした意見交換を支えたのが、環境、開発、障害、ジェンダー、DRR(災害リスク軽減)、国際連帯税、ユース、地域代表の各分野のNGOが参加する「ポスト2015NGOプラットフォーム」である。2014年3月の設立以来、外務省との意見交換会の窓口となり、NGOによる提言活動を促進する役割を果たした。
これまでに、日本のNGOは、「最も周縁化された人々を優先させるアプローチを取り入れ、『誰一人として取り残さない』ことを実現すべき」、「グローバル・パートナーシップを再活性化させ、各目標達成に向けた資金拠出や貢献を中心に、日本政府がリーダーシップを発揮し具体的なコミットメントを示すべき」、「国際政治経済の枠組みへの市民参画によるグッドガバナンスの実施や、偏在した富の再分配を実現すべき」など、多岐にわたる提言を行ってきた。また、SDGs採択後は、「日本政府は目標達成のための国内実施体制を早期に整備し、これらにマルチステークホルダーが関われるようにすべき」という実施体制に関する提言も行っている。その一環として、SDGsを多くの人に知ってもらおうと、専用ウェブサイトに関心事項を明記した写真を掲載する世界的キャンペーン「action/2015」への参加や、国会議員と中学生が15年後の未来を語るイベントの開催、水を入口に未来のコミュニティを考えるセミナーとフィールドワークの開催、2020年以降の温室効果ガス削減目標を定めるCOP21(気候変動枠組条約締約国会議)に向けた「気候をまもる、パリへの行進 アースパレード20155」への協力などを行ってきた。これらの政策提言活動とキャンペーン活動は、SDGs実施に向けたNGOによる取り組みの両輪をなすものである。
最後に、SDGsを日本国内で実施していくために必要な点に絞って、いくつか提起したい。まずは、省庁間の力学に左右されず、国内実施体制を構築することである。政府全体としてSDGsの実施に取り組み、多様なステークホルダーと協力しながら進められるべきである。次に、進捗状況のモニタリングと評価に市民の参画を担保する仕組みをどのように作るかが鍵となる。国内でSDGsの認知度をいかに高めるか、地方自治体や地域で活動するNGO・市民団体との連携が欠かせない。その際に重要なのは、日本国内における諸課題への対応である。日本国内でも貧困・格差の拡大や社会保障制度の不安定化、TPPや経済連携協定の進展に伴う産業への影響、農山村・漁村からの人口流出、再生可能エネルギーの普及、原発再稼働・輸出に伴う環境・人道問題、排外主義の跋扈、法制度の形骸化など、SDGsにも明記されている課題が至るところで見受けられる。国際協力NGOは、今こそこれらの課題に取り組むステークホルダーと密接に連携し、SDGsの達成に向けて活動していく必要があるだろう。
(注)
1. 詳細は国連広報センターのサイト。http://www.unic.or.jp/
2. 1992年にブラジルで開催された国連環境開発会議で採択された「アジェンダ21」で位置づけられた9つのセクター別グループ。持続可能な開発を達成するための国連の動きに全ての市民が参加できることを目的とし、「女性」「子ども・若者」「農業者」「先住民」「NGO」「自治体」「労働組合」「科学・テクノロジー」「ビジネス・産業」のグループからなる。
3. http://vote.myworld2015.org/ (英語)
4. http://www.ugokuugokasu.jp/whatwedo/sdgs.html 「動く→動かす」のサイト
5. http://climate-action-now.jp/parade2015/「アースパレード2015」のサイト