じんけん玉手箱
1月15日、大阪市議会で「ヘイトスピーチへの対処に関する条例」が成立した。特定の人種や民族を社会から排除する目的で、憎悪や差別意識をあおることを不特定多数の人が知りうる状態で行った場合、被害の申立を受けた市の審査会が調査を行い、ヘイトスピーチであると認定すれば、市は拡散防止措置をとり、また今後のヘイトスピーチの抑止になると判断した場合に行為者の氏名等も公表する。
日本政府は、2014年には国連人種差別撤廃委員会から、人種差別禁止法を制定し、ヘイトスピーチを規制するよう勧告を受けたが、国レベルでの法整備はまだ実現していない。大阪市の条例は、国、そして全国の自治体に先駆けた大切な一歩である。
ところで法務省も昨年、実態調査に着手した。2015年度はヘイトスピーチを行うデモ等の発生状況や発言内容の分析、聴き取りを行い、結果は3月に公表される予定である。法務省が、ヘイトスピーチの被害の実態を明らかにするという調査結果に注目したい。また、2016年度も引き続き「外国人の人権状況に関する調査」予算が計上されている。
ところで、調査の実施という点でも地方自治体が先行している。全国で初めて、外国籍住民の調査に、職員参加型のチームを組んで取り組んだのは神奈川県(1982年)である。地方自治法でいう「住民」は、そこに住所を持つ人を指しており、国籍は要件ではない。住民に等しくサービス(役務)を提供する責務を持つ自治体は、「国籍条項」や法の運用上の解釈によって外国人の権利を制約する国家の論理とは異なり、住民サービスを通じて、権利保障に取り組み、こうした視点から外国籍住民の生活実態の把握に取り組んだのである。
現在では、多数の自治体が外国籍住民へのアンケート調査を実施しており、「地域における多文化共生推進プラン」の策定にもつながっている。調査が多文化共生施策に結びつくことは、喜ばしいことである。
一方、人権の視点に立つというのは、「権利の主体=当事者の視点」に立つということである。調査を通じて、外国籍住民が日々感じている差別や、実現されていない権利があるとわかったなら、当事者の権利の回復・実現こそ、具体的に取り組むべきことである。差別をなくすための教育・啓発は大切だが、調査結果を単なる「教育・啓発の基礎資料」だけにしてはいけない。
ところで、市民サイドも、ヘイトスピーチの被害実態を明らかにする調査に取り組んでいる。「ヘイトスピーチによる被害実態調査と人間の尊厳の保障研究プロジェクト」(代表・金尚均龍谷大学法科大学院教授)は、2015年7月から9月に、全国の朝鮮学校9校と民族学校2校、および日本の学校に通う「外国につながる」生徒(主に高校生段階の生徒たち)を対象に、アンケートを実施した。
回答者1483人のうち約9割が朝鮮学校の生徒であるが、いま高級部で学ぶ生徒は、在特会等による京都朝鮮第一初級学校への3回の襲撃が行われた時点(2009~2010年)では、全員が初級部に在籍しており、京都の学校で街宣を直接経験した生徒もいる。
以下は調査結果の概要である。
・ヘイトスピーチの認知率は8割以上。「在特会が京都朝鮮第一初級学校に対して行った街宣」は87.0%、「日本各地で行われているデモ・街宣」は85.2%となった。
・「京都朝鮮第一初級学校に対する街宣」を知っている者に、どのように感じたかを聞いたところ、「怒りを感じた」(74.7%)、「恐怖を感じた」(51.2%)が最も多い。
・「恐怖を感じた」割合は、性別での差が大きい。「女性」の割合が「男性」の2倍近い(女性6割代、男性3割代)。
・デモ・街宣に参加する人たちをどう思うか聞いたところ、「許せないけど、同じ社会に生きる人間だからいつか分かり合える」(39.8%)と「許せない、絶対に理解しあえない」(37.5%)が同程度の割合になり、「無視・放っておく」は17.8%にとどまった。
・ヘイトスピーチを禁じる法律が必要だと回答したのは95.7%。朝鮮学校で96.5%、その他の学校でも、8~9割ある。
安心して安全な環境で学ぶべき子どもたちが、学校で「怒り」「恐怖」を感じたという回答の意味は重く、深刻な被害の実態を示している。「恐怖」を感じた生徒は半数を越えるが、不特定多数に向けられるヘイトスピーチは「誰に向けられているかわかならない」がゆえに、自分自身のアイデンティティを明らかにすれば、ヘイトの矛先が自分にも向くのではないかという「相手の見えない」恐怖心を強化する。ヘイトスピーチはマイノリティが「自分自身を生きる」ことの侵害である。
一方、デモ・街宣に参加する人に対して、「いつかわかりあえる」との希望を表明した生徒が4割あったことも、重く受け止めねばならないと感じる。今回の条例や政府による調査が、確実な歩みの一歩となり、子どもたちの期待に応える日本社会でありたい。