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国際人権ひろば No.126(2016年03月発行号)

特集 グローバルな視野からみるビジネスと人権

ビジネスと人権に関する国別行動計画 -国がコミットする政策実施ストラテジーのために-

白石 理(しらいし おさむ)
ヒューライツ大阪顧問

 企業と人権の関わりは、今日のグローバルな視野からみると、「ビジネスと人権」という枠組みで議論され、さまざまな実践もある。その中心にあるのが2011年に国連人権理事会で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」である。この「指導原則」に沿った企業行動を確保するための方策として、近年、「ビジネスと人権に関する国別行動計画」(National Action Plan-NAP)が重要視されるようになった。

 ビジネスと人権に関する国別行動計画は、2015年6月、ドイツ バイエルン州エルマウ城(Schloss Elmau)で開かれたG7サミットのリーダーズ宣言で言及されたことで、日本国内でも注目されることになった。2016年のG7サミットは5月に日本の伊勢・志摩で開かれることが決まっており、議長国として日本はこれにどう対処するのか。2015年の首脳宣言が、「国連ビジネスと人権に関する指導原則を強く支持し、実質的な国別行動計画を策定する努力を歓迎する」としたことの意義は大きい。

 

 エルマウ・サミット首脳宣言

 

 エルマウ宣言は、先進7か国(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカ)とEUの首脳が会議で合意したことを宣言として出したものであるが、その中の「責任あるサプライ・チェーン」の項目のところで次のように述べている。

 

 「我々は、国連ビジネスと人権に関する指導原則を強く支持し、実質的な国別行動計画を策定する努力を歓迎する。我々は、国連の指導原則に沿って、民間部門が人権に関するデュー・ディリジェンスを履行することを要請する。我々は、透明性の向上、リスクの特定と予防の促進及び苦情処理メカニズムの強化によってより良い労働条件を促進するために行動する。我々は、持続可能なサプライ・チェーンを促進し、ベスト・プラクティスを奨励する、政府及び企業の共同責任を認識する。」(外務省仮訳による)

 

 ちなみに、2015年12月の時点で、すでに国別行動計画を策定している国は10ヵ国、準備中の国が18か国、国内人権機関や民間団体が策定に関わっている国が7ヵ国ある。G7の国の中ではカナダと日本が国別行動計画を持たず、その準備もしていないが、カナダは、そのCSR政策の枠組で、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づいた指針を持っている。

 

 国別行動計画は「ビジネスと人権に関する 指導原則」の実施に向けた取り組みの一つ

 

 これまで国連の「指導原則」の実施を推進するために、様々な方策が考えられてきた。その大きな部分は、企業の事業全体にわたって「人権デュー・ディリジェンス」(「指導原則」の原則17-21)の体制を整えることや、企業のCSR報告書に「指導原則」に沿った人権項目を盛り込むことなどであり、企業の側の努力に注目するものであった。

 それとともに、国の人権保護義務(「指導原則」の原則1-10)の履行も同様に重要であるとされた。

 その一つが、政府が中心となって国別行動計画を策定する動きである。イギリスやオランダでは、早い段階で国別行動計画が起草されたが、その流れは、近年ますます強くなった。それに呼応するように、ビジネスと人権に関する国別行動計画とは何なのか、政府がイニシアチブを取ってどのように行動計画を策定すべきかなどについて解説と提案をまとめたものが出された。国連人権理事会の作業部会の「ビジネスと人権に関する国別行動計画についてのガイダンス」初版(2014年12月)である。2015年11月には改訂版が出されたが、国連以外にもいくつかの機関や団体がこの課題について解説、分析や提案を出している。

 

 国別行動計画策定のガイダンス

 

 ここでは、作業部会のガイダンス改訂版に沿って、いくつかの要点を述べる。

 まず、国別行動計画は、企業による人権に対する負の影響を抑え、取り除くために、「ビジネスと人権に関する指導原則」に沿って国によって策定される政策実施の方策、と定義される。

 

 国別行動計画が有効なツールとなるためには、4つの条件が必要である。

 

・第一に、国別行動計画が「ビジネスと人権に関する指導原則」に沿って策定されること。

・第二に、それぞれの国の状況を考慮してビジネスに関連する人権課題に取り組むこと。

・第三に、国別行動計画の策定過程では、透明性とステークホルダーの参画可能性を確保すること。

・第四に、国別行動計画の実行状況の定期的見直しと、新たな課題に対処するための改定をおこなうこと。

 

 国別行動計画策定の過程は5つの段階に分けて説明されている。

 

・段階1は、策定準備。ここでは政府が公に約束する真剣な取り組み(コミットメント)が求められている。また政府内の各部署の動員、民間団体との協働の確保、そして策定過程の日程の決定、人材や経費など必要なリソースの確保をする。

・段階2は、現状評価と協議。国と企業の関わりによる人権に対する影響の状況把握、「ビジネスと人権に関する指導原則」を実施する上で、国と企業の間にどのようなギャップがあるかを見極めること、そしてステークホルダーとの協議による優先的に取り組むべき分野の特定である。

・段階3は、行動計画の起草。ステークホルダーとの協議を通して起草作業を終えることが求められている。

・段階4は、実行。政府内各部署の協働が必須である。実行状況の追跡検証は、マルチ・ステークホルダーで行う。

・段階5は、改定。行動計画の実績評価と未達成分野の特定、ステークホルダーとの協議による優先分野の特定、そして改定行動計画の発行となる。

 

 国別行動計画の内容は、「指導原則」の三部構成(第1部-人権を保護する国家の義務、第2部-人権を尊重する企業の責任、第3部-救済へのアクセス)のなかで、第1部と第3部に関わるものである。国の法執行、政策実施や制度の整備などに及ぶ。ガイダンスの付録では、「指導原則」の原則1から原則10までと、原則25から原則28まで、そして原則30、31について、国別行動計画策定の時に考慮すべき具体的な提案が挙げられている。

 

 日本政府に対する働きかけ

 

 これまで日本国内でビジネスと人権が議論される時には、企業の人権尊重責任のみが問題となることが多かったが、これは本来企業だけが取り組むことで済むものではない。国はいかなる場合にも人権を守り、守らせる義務を持っている。それを受けて、国別行動計画の内容は政府の取り組みや政策実施が中心となる。言うまでもないことであるが、国別行動計画策定とその有効な実行のためには、ただ文書を作成すれば済むというものでない。何よりもまず、政府の腰を据えた取り組みとイニシアチブが必要である。

 これまで日本政府は、国別行動計画に関して目立った動きをしてこなかった。これに関して、2016年1月、NGO団体有志が日本政府に対する「G7 伊勢・志摩サミットの『責任あるサプライ・チェーン』アジェンダに関する提言」を発表した。そこでは、日本政府が国別行動計画の策定にむけて早急に取り組むことを求めている。これをきっかけに、日本政府が、国別行動計画の策定に向けて動き出すことを願う。

 

【 参考 】

・国連「ビジネスと人権に関する指導原則」については、ヒューライツ大阪ウェブサイト「企業と人権」セクションを参照。(https://www.hurights.or.jp/japan/aside/business-and-human-rights/)

・「G7エルマウ・サミット首脳宣言」「国別行動計画がすでに策定されあるいは準備または予定されている国のリスト」「ビジネスと人権に関する国別行動計画についての指針 2.0版」については、ヒューライツ大阪ウェブサイトのニュース・イン・ブリーフ「ビジネスと人権に関する国別行動計画(National Action Plan-NAP)をめぐる動き」のリンク先を参照。

・「G7 伊勢・志摩サミットの『責任あるサプライ・チェーン』アジェンダに関する提言」については、ヒューライツ大阪ウェブサイトのニュース・イン・ブリーフ「NGO団体から『G7 伊勢・志摩サミットの「責任あるサプライ・チェーン」アジェンダに関する提言』」のリンク先を参照。