移住者の人権
現在、日本で暮らしているフィリピン人女性の多くは1980年代以降に来日し、結婚や子どもの養育を通じて日本に定住するようになった。日本籍男性との国際結婚(以下、日比国際結婚と表記)は、92年から2010年まで毎年5000件を超えており05-6年には年間1万件以上にのぼっていた(厚生労働省「人口動態統計」より)。その後、04年の米国務省による人身売買批判をうけ興行ビザによるフィリピン籍女性の新規来日が厳格化されたことに伴って、日比国際結婚の数も急減し、14年には年間3000件となった。しかし90年代から2000年代半ばにかけて、日比国際結婚は、日本籍男性と中国籍あるいは韓国・朝鮮籍女性の結婚とともに、日本における国際結婚の主要なパターンを構成してきた。一方で、90年代から2000年代末までは離婚も増加しており、その結果シングルマザーとして日本で子育てをするフィリピン籍女性も珍しくなくなった。こうした経緯から在日フィリピン人は女性の割合が多く、14年末現在で、在日フィリピン人217,585人のうち女性は165,077人、約76%を占める。
ではこのフィリピン人女性たちの暮らしは、過去20年でどのように変化しただろうか。筆者はここ数年、共同研究者とともに国勢調査のオーダーメイド集計(一般に公表されているものとは別の統計表を個別に注文・作成してもらう集計)によって在日外国人の社会的地位の変化について研究を行ってきた(cf. 髙谷ほか 2015)。フィリピン籍の場合、同年の外国人登録者数に対し、国勢調査の回答者数は6割程度にとどまるという限界があるが、外国籍者の統計資料が非常に限られている現状ではなお貴重なデータである。
そこで本稿では、そのデータをもとに、在日フィリピン人女性、なかでも夫が日本籍の国際結婚女性に絞ってその就業の変化を検討したい。前述のように、フィリピン籍女性はシングルマザーが増加しているが、それでも2010年の国勢調査でフィリピン籍女性の配偶関係に着目すると有配偶の割合が77.1%と圧倒的に多い。その多くは夫が日本籍の国際結婚女性である。
まず国際結婚女性の就業について見てみよう。90年代から2000年代前半、フィリピン籍女性は、日本籍男性と結婚すると専業主婦になる傾向が強かった。図1に明らかなように、1995年には国際結婚女性の労働力率(労働力人口(就業者数+完全失業者数)/15歳以上人口)は20.7%で、日本籍女性の49.5%と30ポイント近くの開きがあった。しかしこの15年間に国際結婚女性の労働力率は上昇し続け、2010年には日本籍女性とほとんど同じの48.1%になった。
フィリピン籍の国際結婚女性が労働市場に参加するようになった背景には何があるだろうか。日本への定住化がすすんでいることや子育てが一段落したことがまず考えられる。実際、彼女たちの働き方は、「主婦」としての地位と大きく結びついている(高畑・原 2012)。また、夫や日本の家族に気兼ねすることなくフィリピンに送金したいという動機から働きに出る女性も少なくないだろう。この意味では、女性の労働市場への参加は、彼女たちの経済的自立や社会的地位の向上につながる面があると思われる。
一方で、日本の社会構造では、女性が出産や子育てをしつつ働くことが難しいため一旦仕事を辞め、再就職後はパートなど低賃金の非正規雇用に就くことが少なくない。そしてこのライフコースが、女性の地位を低いままに押しとどめていることはよく知られている。子育てが一段落しつつあるフィリピン籍国際結婚女性も、こうした日本における女性の支配的なライフコースに沿うような働き方をしているともいえる。
くわえてフィリピン籍女性の職業は大きくブルーカラー職に偏っている。図2は、夫日本籍の妻の労働力人口の内訳を妻の国籍別にみたものだが、フィリピン籍妻は、日本籍妻のみならず、他の外国籍妻とも比較してホワイトカラー職の割合が低く、ブルーカラー職の割合が労働力人口の8割以上と非常に高い。具体的には、「生産工程」、「サービス」、「運輸・清掃・包装」などの割合が高く、工場や飲食店、ホテル清掃の仕事に就く女性が多い状況を反映している。また失業率も、日本籍妻と比較して外国籍妻は総じて高く、フィリピン籍は、タイ、中国籍よりは低いものの7.4%にのぼる。つまりなかなか社会経済的地位が向上しないといわれている日本の女性のなかでも、フィリピン籍国際結婚女性はより脆弱な位置におかれているのである。
図1 夫日本籍の妻の労働力率推移(妻の国籍別)
図2 夫日本籍の妻の労働力人口内訳(妻の国籍別-2010年)
次に、日本籍夫の就業を見てみよう。フィリピン籍妻がいる日本籍夫の社会経済的地位は総じて低い。日本籍夫の労働力人口の内訳をみた図3からわかるように、フィリピン籍女性の夫も、妻同様、ブルーカラー職が目立って高い。図には示していないが、具体的には、「生産工程」、「運輸・機械運転」、「建設・採掘」などが多くなっている。また失業率も高く2010年には8.0%となった。95年が3.8%、05年5.4%だったので、近年目立って上昇していることがわかる。一方、失業率とは逆に、彼らの就業率は低下傾向にある。もともとフィリピン籍妻がいる日本籍夫の就業率(就業者数/15歳以上人口)は、高齢者の割合が低いこともあって95年には95.3%と非常に高い値を示していた。しかし05年には91.4%、10年には83.4%に低下した。つまり、特に2000年代後半に、日比国際結婚の夫の就業率が低下する一方、失業率が急増しているのである。日比国際結婚は、年の差が離れた結婚が多いといわれてきたが、経済不況にくわえて夫の高齢化が国際結婚世帯の家計にも影響していることが伺われる。実際、筆者が知るフィリピン籍女性の夫もすでに退職したり長期的に失業している者も珍しくない。
このように主要な稼ぎ手である夫の経済状況がより不安定化していることも、フィリピン籍国際結婚女性の労働市場への参加を後押ししているのではないだろうか。つまり日比国際結婚世帯の家計は脆弱になっており、そのなかでフィリピン籍妻は主婦業にくわえて稼ぎ手としての役割も担うようになっているといえる。ただし彼女たちの労働市場での地位もまた不安定である。
図3 日本籍夫の労働力人口内訳(妻の国籍別-2010年)
以上のように、フィリピン籍国際結婚女性は、過去20年のあいだに専業主婦の割合が減少し、外で働く者が多くなった。しかしそれをもって、彼女たちの社会経済的地位の向上と一概にいえるかは難しい。むしろ夫の就業率の低下や失業率の上昇に示されるように、世帯の経済状況が悪化するなかで、女性たちが、従来の家事にくわえて生計を支える役割も担うようになっているのだと思われる。とはいえ、彼女たちの労働市場での地位も脆弱である。国際結婚女性の就業ニーズが高まっている今、彼女たちが安定的に働けるようサポートしていくことが必要だろう。
【 文献 】
・高畑幸・原めぐみ,2012,「フィリピン人―「主婦」となった女性たちのビジネス」樋口直人編『日本のエスニック・ビジネス』世界思想社.
・髙谷幸・大曲由起子・樋口直人・鍛治致・稲葉奈々子,2015,「2010年国勢調査にみる在日外国人女性の結婚と仕事・住居」文化共生学研究, 14.