国連ウォッチ 女性差別撤廃条約日本審査
2016年2月16日、国連女性差別撤廃委員会(以下、委員会)の63会期において、7年ぶりとなる日本審査が行われた。2009年の委員会の勧告から日本が前進したのか後退したのかを評価する重要な機会である。まず、審査の前に送られる課題リストにおいて、①制度的枠組み、②暫定特別措置、③ステレオタイプおよび有害な慣行、④女性への暴力、⑤売春の搾取と人身売買、⑥政治的・公的機関への参画、⑦教育、⑧雇用、⑨健康、⑩災害、⑪不利な立場にある女性、⑫結婚および家族関係、⑬選択議定書への批准といった13の分野における情報を提供するよう政府に求められた。審査では政府の定期報告書および課題リストへの回答を踏まえた議論が行われた。
審査に向けた準備において、日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク(以下、JNNC)が合同NGOレポートの統括、審査参加者への調整・案内、委員会事務局との連絡を行った。また、国際女性の権利アクションウォッチ・アジア太平洋(IWRAW-AP)によるトレーニングが審査前の週末にジュネーブで開催され、日本からも代表数名が参加している。その後、トレーニング参加者から他の審査参加者へ有用な情報が共有され、ロビー活動に大きく貢献することになった。また、JNNCからは80人近くがジュネーブの審査に参加し、他の国では通常見られないNGOの人数であった。これは国連人権システムに対する日本の市民社会の関心の高さの表れであると共に、国内における救済手段の不十分さを物語っている。
審査前日の2月15日に、JNNCによる委員会とのミーティングと、国連主催のNGOブリーフィングが行われた。JNNC主催のミーティングは昼食のための休憩時間に開催され、日本審査を担当する委員および関心のある委員のみが参加する自由参加であった。このブリーフィングでは、課題リストでの多岐にわたる分野について、関連NGOが日本の現状を非常に限られた時間で伝えるというとても慌ただしいものであった。しかし、部落、アイヌ、在日コリアン、沖縄、移住者や障害者をはじめ、当事者の女性たちによる発言は委員たちにも強い印象を与えていたのが見て取れた。同日の午後3時からは1時間半にわたって国連主催のNGOブリーフィングが開催された。これは日本に加えアイスランド、スウェーデン、モンゴルのNGOとの合同ブリーフィングであったため、JNNCが加盟団体を代表して数分間の発言を行った。委員から、出入国管理及び難民認定法の改訂による移住者への影響、離婚した女性が受けられる公的支援、第4次男女共同参画基本計画作成と第3次計画の評価における市民社会の参加の有無、中絶に関する法的枠組みおよび強制不妊の問題について質問が出た。
ミーティングが終わるとすぐに委員へのロビー活動が始まった。ロビー活動において、女性差別撤廃委員会は総括所見のとりまとめを行う国別報告者の他に、条約の各条項を担当する委員を各国ごとに割り当てる形式を採用している。そのことを踏まえた働きかけをすることが重要であった。国別報告者は中国のゾウ委員であることは早くから分かっていたが、条項の担当者は審査が始まるまで非公開だったため、いったいどの委員がどの分野を担当しているのかを知ることが難しかった。筆者はIMADRのジュネーブ職員として部落、アイヌ、在日コリアンの女性たちのサポートのため、教育、雇用、暴力、ヘイト・スピーチ、マイノリティ問題を担当している委員を見つけなければならなかった。最初に数名話しかけるうちに、自分から「わたしは日本の担当ではない」という委員や、マイノリティ問題を担当する委員を教えてくれる委員がいたため、最初のアプローチの際に直接どの問題を担当しているのか聞くことにした。これにより、関連分野を担当していない委員とこちらの時間を無駄にすることもなく、効率よく働きかけを行うことができた。さらに、一口にマイノリティ女性と言っても、部落やアイヌ、在日コリアンではそれぞれの問題の本質は異なる部分も多いため、分野によって固有の問題に焦点を当てて委員に伝えることを心掛けた。当事者それぞれのロビー活動の努力の結果、審査では先住民族とマイノリティの女性に関する質問がたくさん出ることとなった。
ロビー活動の前にまず相談。左が筆者
翌16日の午前10時から日本審査がはじまった。まず初めに、日本政府を代表して外務省の杉山晋輔審議官による政府の取り組みの発表が行われ、すぐに各条項を担当する委員による分析と質問が続いた。ここでは先住民族およびマイノリティの女性に関する質問と政府の回答を簡単に紹介したい。委員会からは第4次男女共同参画基本計画において外国軍基地による性暴力の問題や、先住民族やマイノリティの女性の地位向上についての具体的な言及がないことが指摘された。在日コリアンをはじめとするマイノリティ女性に対する性差別的・人種差別的発言およびヘイト・スピーチの問題に懸念が示され、公人を含めた個人や団体を処罰する法律が不在であることも指摘された。また、国会で審議中の人種差別撤廃基本法案の状況についても情報提供が求められた。さらに、政治的・公的機関へのマイノリティ女性の参画の促進を目的とした、暫定的特別措置を採用する意図があるかどうか質問がなされた。教育に関しては、先住民族やマイノリティの少女と女性に関する統計が政府報告書にないことが指摘され、次回報告ではその情報を含むよう促された。さらにこれらの集団が教育の機会を享受できるよう、奨学金や助成金が提供されているのかも質問がなされた。また、雇用においては、アイヌ女性やマイノリティ女性が複合差別を受けていることに懸念が示され、包括的な差別禁止法を制定する意図が問われた。また、同和対策事業特別措置法終了後の揺り戻しに触れ、新たにアイヌやマイノリティ女性を対象とした一時的な特別措置を行う意思が問われた。最後に、先住民族およびマイノリティの女性が健康サービスに関する情報を十分にアクセスできているのか質問があった。
これらの質問に対し、日本政府の回答は委員会にとって満足のいくものではなかった。政府による回答は、基本的に現行の法律や政策で対応できており、新たな措置は検討していないというものか、質問そのものに答えないというものであった。しかし、委員会はNGOからの情報と政府報告書を比較して精査した上で、先住民族やマイノリティ女性に関する枠組みが不足していると判断して上記のような質問をしているのである。それに対し、現行の枠組みで対応できており、追加措置は検討していないという回答は不誠実であるばかりか、政府には先住民族やマイノリティの女性の権利を保護し促進する意思が欠けていると受け止められても不思議ではない。女性差別撤廃委員会を含む条約機関の「審査」は、なにも政府を格付けする場ではなく、委員会が客観的に条約の実施状況を分析し、政府は専門家からの助言を得ることができるという建設的な対話の場である。しかし残念ながら、日本を含む一部の国は審査において委員会との真摯な対話を避け、一方通行の議論に終始している。このような態度は政府が国内の人権保護に関心が薄いというふうに国際社会に受け止められ、国のイメージを悪くしてしまっている。
2014年からジュネーブで異なる条約機関による日本審査を傍聴してきたが、日本の評価は一概に高いとは言えない。しかし、そもそも人権政策が完璧な国など存在せず、審査において委員会から批判的な質問を受けない国などない。大きな違いは政府が自らの欠点を認め、それを改善する意識があるかどうかだ。市民社会と国際社会の双方と誠実に向き合い、人権問題を解決するために協力する姿勢が日本に求められている。