アジア・太平洋の窓
2015年3月、スイス、ジュネーブで国連自由権規約委員会(以下、委員会)による、15年ぶり2回目のカンボジア審査が行われた。審査はカンボジアが1992年に加盟した自由権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)の履行状況をチェックする目的で、政府報告書やNGOからの情報を基に行われる。カンボジア審査では、NGOによって提起された多くの問題が反映され、委員会からカンボジアへの具体的勧告につながった。本稿ではカンボジアのNGOがお互いに連携・協力して行った委員会への働きかけについて紹介したい。
審査に先立ち、NGOが効果的に委員会に情報提供できるよう、国際人権NGOであるCCPRセンター注は、カンボジアの国連人権高等弁務官事務所や現地パートナーNGOと協力し、2014年11月にプノンペンで準備ワークショップを開催した。
ワークショップには、自由権規約に関わる問題に取り組む様々なNGOやそのネットワークから、約30名の代表者が参加した。15年ぶりということで、状況も大幅に変化し、初めて自由権規約の審査に関わるNGOがほとんどだった。そのため、自由権規約がどのような権利を扱い、NGOはどのような問題を提起できるのか、現場で参加者が取り組んでいる権利や問題の実例と照らし合わせながら、充分な時間をとって説明を行った。
自由権規約は国際人権条約の中でも、最も扱う権利や問題が幅広い。その分、NGOが人権状況の改善を志向して、委員会による審査を効果的に活用するには、限られた機会と時間、資源の中で、どの問題に焦点を当て、必要な情報を的確に提供するかがカギとなる。そのため、事前に権利・課題別に準備したワークシートを用いながら、参加者が委員会に対して提起したい優先的な問題について、選別・確認作業を行った。
そこで最も関心が集まったのは、近年、市民社会や野党など政府に批判的な声の弾圧、司法や立法機関に対する圧力と操作、選挙の不正、メディアの支配を強める現政権(首相)の強権化と準独裁化の状況についてだった。これらの問題を条約の条項にあわせながら整理し、最終的に、1.表現や結社の自由と平和的な集会の権利、2.司法の独立と公正裁判、3.拷問や恣意的逮捕・抑留、4.女性やマイノリティ、先住民族に対する差別・暴力という、4つの中心的課題が設定された。
その後、それぞれの課題についてグループに分かれて、何をどのように提起するか、どのような情報が必要かなど、実際の報告書作成を念頭に置いた作業を行った。2日間かけたワークショップは、NGOによる包括的な共同報告書を提出することに参加者が合意し、具体的な計画と役割分担を確認して締めくくられた。
プノンペンで行われたNGOの審査準備ワークショップ。筆者がプレゼンをしている。
委員会への情報提出(報告書)は 委員会の使用言語(英語・フランス語・スペイン語など)のひとつを用いて作成する必要がある。カンボジアの場合、それは英語だったが、多くの地元NGO関係者にとって英語での文書作成は大きな壁だった。そこで、カンボジア国内でのとりまとめ役を担っていたCCPRセンターのパートナーが、それぞれのNGOに、CCPRセンター作成のテンプレート(ひな型)を使いながら、関連する課題に関して、カンボジア(クメール)語で会議やインタビューをし、その結果を英語で一つの報告書にまとめる、という形をとった。これがかなりうまくいき、それぞれのNGOから予想以上に詳細な情報が集まった。
このようにして、ワークショップから約3ヶ月後、カンボジアNGO(合計10のNGOとそのネットワーク)とCCPRセンターによる地元NGOの問題意識を網羅した約80ページにおよぶ共同報告書が完成した。実際の審査の際には、共同報告書作成に参加したNGOの代表として、2人の人権活動家がジュネーブに向かい、CCPRセンターの調整のもと、委員会に対するブリーフィングを行った。
委員会は審査を行った結果として総括所見を採択する。そこには評価できる点と懸念事項、それに関して加盟国がとるべき行動を述べた勧告がまとめられている。
カンボジアに対する今回の総括所見ではまずその冒頭で、家庭内暴力や人身売買、障害を持つ人の権利について国内で制定された法律や、関連する国際条約への加盟が評価できる点としてあげられている。一方、所見の大部分を使って、テーマ別に合計25の人権課題について勧告が出されており、NGOが共同報告書で提起した課題のほとんどがこの中で具体的に取りあげられている。
カンボジアにおける女性の権利の状況は、上記の政治的な問題とはまた別に、審査を通し改めて問題の根深さや複雑さが明らかになった。実は、プノンペンでのワークショップの前、地元の活動家の一人から、女性に対する差別や偏見は人権を扱うNGOの中でも存在しており、未だ女性は末端的地位や役職のみ与えられていることが多い、と密かに伝えられていた。実際、ワークショップの参加者は男性が過半数を占め、特に若い世代の女性は、記録や傍聴に徹していたり、その他の「目上(とされる)」の男性参加者を前に、発言をはばかっているように見える場面が度々あった。
その意味では、個別の会議やインタビューを通して、共同報告書を作成するという方法は、NGO内にも存在する差別や偏見に影響されずに、当事者活動家やNGO関係者から率直な意見と詳細な情報を得ることができたためとてもうまくいった。
結果、NGO報告書では、政府報告書の中では全く取り上げられていない、男女間の大きな賃金格差(女性の低賃金)や、女性労働者が非熟練労働あるいはインフォーマルな産業に集中していること、女性の役割に関して家庭や社会の中に根深く残る文化・社会的固定観念と偏見、暴力や性的搾取の被害者の保護措置の欠落、性的暴力被害者や性産業従事者へのスティグマ、クメール・ルージュ支配下での性的暴力など、女性に対する差別や暴力の実態に関する詳細な情報を提供することができた。
例えば、カンボジアの婚姻および家族に関する法律では、婚姻関係の解消、または終了後、女性は120日間再婚することはできないと定められている。この規定についてカンボジア政府は、単に婚姻関係解消・終了後に生まれた子どもの父親判定における混乱を防ぐ目的であり、差別ではないとしている。それに対し、NGO報告書は、この規定を含む同法ははJICA(国際協力機構)の支援を通じ日本の民法を基にしていることに言及しつつ、女性差別撤廃委員会から差別的規定であるとして懸念と勧告がカンボジアに出されていることを指摘し、改めて女性の結婚に関する差別的規定であると提起した。
また、2011年にカンボジア外務省は、国際結婚に関して、50歳以下で、月収が2500ドル以上なければ外国人男性はカンボジア人女性と結婚することができないとする指令を出している。カンボジア政府によると、この指令は、2000年以降増え続けている、特に韓国や中国人男性との業者斡旋の国際結婚においてカンボジア女性が受けている虐待や性的搾取への対策だとしている。これに対し、NGO共同報告書では、外務省スポークスマンが「年配男性と若い女性の結婚は不適切だから」と発言したことや、この指令はカンボジア国内で執り行われる結婚にしか適用されないこと、結婚相手の年齢や収入に関する制限は国際結婚を通じたカンボジア女性への虐待、人身売買、搾取の防止になんら直接的効果はないことなどを指摘し、指令は国際結婚しようとする女性に対して差別的なものであるとした。
これらの情報や問題提起は上記の中心的な課題同様、ほぼ全てが委員会によって取り上げられ、NGOの見解を大きく反映した勧告につながった。
注:CCPRセンター(Centre for Civil and Political Rights)は、自由権規約の履行や活用の推進に取り組む国際人権NGOで、本部事務所はスイスのジュネーブにある。筆者は2016年8月現在、タイのチェンマイ在住。