じんけん玉手箱
いま、中学生から40歳代までの年代層のインターネット利用率は、ほぼ100%(総務省『情報通信白書』2016年版)、50歳代でも9割を越えています。調べものや、ニュースの速報を得るためなど、インターネットは欠かせないものになっています。
調べものをしていて、例えばWikipedia(ウイキペディア)をご覧になったことのある方は多いでしょう。これは、ネットにアクセスできる人なら誰でも参加できる、「Wiki」というシステムを利用したオンライン百科事典です。Wikiを使うと、内容の編集・削除が自由で、誰もが自由に情報を書き加えていくことができるので、多数の参加者の共同作業により、情報を充実させることができます。こうした特質を利用し、作られた事典がWikipediaです。
但し、ジャーナリストの角岡伸彦さんが指摘するように、雑誌や単行本は編集者がいて、表現や内容についてチェックを受けても、ネットのサイトにはそうした安全装置が存在しません1。インターネット情報は、匿名の不特定多数が書き込む情報源であることを理解した上で見る必要があるでしょう。
最近、このWikiのシステムを使った多様なサイトが生まれていますが、中には悪質なものもあります。例えば、同和地区に関わる情報や地名をアップし、閲覧者に情報を書き加えさせていこうとするものです。部落問題について基礎的なことを知りたいと思った人が、キーワードの一部に「Wiki」と入力して検索してしまうと、こうしたサイトに誘導されてしまうので注意が必要です。学校教育や啓発などの「公的な」場で、部落問題学習の機会が減っていることを踏まえると、こうしたサイトの与える影響は決して看過できません。
2016年早々、関東に住む男性が、戦前の調査報告書「全国部落調査」を書籍として復刻出版することをネット上で予告し、同和地区の地名リストをネット上に掲載しました。
1970年代の「部落地名総鑑」事件では、同和地区を記したリストが極秘資料として販売され、結婚や就職の際の身元調査に利用されていることが発覚しました。当時、これは人権侵犯事件となり、書籍は回収の対象になりました。今回この男性は、こうしたデータをネットに掲載したのです。
これに対して「部落差別を助長する悪質な行為」であると部落解放同盟が申立を行い、その結果、3月には横浜地裁から出版や販売を禁止する仮処分決定が、4月には横浜地裁相模原支部から、サイトの削除を命じる仮処分決定が出されました。
しかし、ネット上の問題はこれで解決したわけではありません。ネット上にいったん掲載された情報は、コピーされ、ミラーサイト(元のサイトの全部、または一部分と同じ内容のサイト)が作成され、完全に消去することは極めて難しいのが現状です。日本のサーバーからは削除されても、海外に移されてしまえば、削除を要請する手続きはもっと複雑になります。さらに、こうしたインターネット上の差別問題を社会に訴えようとすればするほど、「見てほしくない」サイトにアクセスする人が増える(場合によっては、相手のサイトの広告収入のアップにつながってしまう)という矛盾にも直面してしまいます。
インターネットを介した人権侵犯事件は、ここ数年高い水準で推移しています。インターネットを介することで、差別や社会的排除につながるメッセージや情報の拡散は大規模化・深刻化しています。誰もが、人権の視点に立ち情報発信ができるようになることが重要であるとともに、人権擁護のための制度整備を進める必要があるでしょう。OECD(経済協力開発機構)には「プライバシーガイドライン(プライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関する理事会勧告,2013年改訂)」の8原則があります2。これは公的機関だけでなく民間(企業・団体にとどまらないすべてのステークホルダー)にも適用される国際基準です。ネットユーザーであるすべての個人に、関心をもってほしいと思います。
1:角岡伸彦『ふしぎな部落問題』筑摩書房 2016年,p.66
2:(一財)日本情報経済社会推進協会『JIPDEC IT-Report(特集 個人情報保護をめぐる施策動向)2013Winter』http://www.jipdec.or.jp/archives/publications/J0005058(2016.7.31アクセス)