特集 難民問題を考える
難民ナウ!は、2004年に設立された。情報発信による難民支援に取り組む市民団体である。主な活動として、京都市中京区にあるコミュニティFM局・京都コミュニティ放送(FM79.7MHz)で同名の番組を制作している。番組のコンセプトは、「難民問題を天気予報のように」。国連難民高等弁務官事務所(以下、UNHCR)の代表だった、緒方貞子氏の「メディアの役割」、「持続的な関わりの重要性」といった言葉に着想を得て開始した。毎週土曜日19時からの6分間である。日本に暮らす難民をはじめ、難民を支援する国連やNGOの職員、研究者、学生団体、映画監督、弁護士など600人を超える人たちにインタビューを行ってきた。加えて勉強会や、映画上映、アート展開催など、より小さな規模で情報を〈手渡す〉活動を進めている。
難民というグローバルで〈敷居の高い〉問題と、私たちのローカルな日常生活を結びつけ、「難民という生き物はいません。私たちと何も変わらない人たちが、難民という状況に置かれているだけです」、「自分にできることを考えてみませんか」と呼びかけている。
私たちは、難民を取り巻く社会を同心円で捉えている。中心に(1)難民、それを取り巻くように(2)難民を支援する人たち、さらに外側に多くの(3)難民に関わりのない人たち―という3層が存在する。中心から離れるほど、関心の度合いは小さくなる。少々、唐突ではあるが、それを鍋の取っ手に例えると、難民が直面する困難や支援者の専門性は、時に触ることができないほど〈熱い〉ものとなる。難民ナウ!は、今まで関わりのなかった人たちに向けて、情報を小さく、繰り返し届けることで、温度差を少なくし、誰もが触れるようになること、言い換えれば関心を持ち、行動を起こす人がコミュニティの中に増えることを目的としている。
本稿では、最近の2つの取り組み(衣料品回収、シリア支援)を事例とする。そして〈問題の所在〉、〈役割〉、〈効果〉という3つのキーワードから、難民ナウ!の目的に近づく道筋を考えてみたい。
ラジオ番組「難民ナウ!」の収録のもよう
株式会社ユニクロ(以下、ユニクロ)は、CSR(企業の社会的責任)活動の一環として「全商品リサイクル活動」を行っている。それは、2007年よりUNHCRと協働して、服を必要としている難民・避難民へ寄贈するというプロジェクトとなった。さらに2015年秋からは、難民の急増を背景に、難民・避難民に1000万着の衣類を届けようと『1000万着のHELP』に着手した。2016年6月19日現在で、1281万着を集めている。『3万着のHELP』は、この一環として2016年6月18日、19日に京都市左京区の商業施設・カナート洛北で実施された衣料品回収イベントである。
「暑さや寒さをしのぐことに加え、きれいな衣類を身につけることにより、逃れた先で子どもが学校に通えるようになったり、成人も外出できるようになった」というエピソードを通した、「服には人間の尊厳を守るチカラがある」というユニクロのメッセージに共感し、難民ナウ!は、立命館大学生を中心とした難民支援研究団体PASTELや、途上国で家の建設を通した自立支援を行う、京都外国語大学ハビタットなどのメンバーとともに運営に参加した。内容は、事前告知と当日に持ち込まれた衣類の受付け及び箱詰め、アンケートの実施、トラックへの積み込み―などである。
当日、開店と同時に、大きな紙包みや旅行用のキャリーバッグに衣類を詰め込んだ人たちが会場に押し寄せた。箱詰め作業が追い付かず、一時は足の踏み場もなくなるほどだった。多くの衣類が寄せられたことは勿論だが、特にボランティアスタッフとして参加した大学生の胸を打ったのは、「いらないもの」ではなく、「思いの詰まった衣類」が寄せられている点だった。最終的には3万着の目標に対して、5万750着が集まった。これらの衣類は、ユニクロで性別、年代別、季節別などに分けられ、今後、UNHCRの要請に応じて、世界の難民・避難民に届けられる予定である。
シリアで配布されたフードパッケージ。Share My Heartのメッセージが添えられている。
2015年8月、全国14大学・22名の学生と、シリアに関する合宿勉強会を開催した。シリアの情勢を学び、日本社会にできることを議論した。その際、2011年の東日本大震災発生時に、シリアをはじめ中東諸国から多くの応援メッセージが寄せられたこと、NHKがそれを発展させ、『祈り』という歌を作っていたことを知った。
「今度は、自分たちが、シリアの人たちにアラビア語でメッセージを届けよう」という話になった。2015年10月から”Share My Heart”と名付けられたプロジェクトをスタートし、大学生や高校生を中心に取り組みが広がった。2016年秋には、目標としていた1000のメッセージが集まる見通しである。
この取り組みに対して、シリアの人たちから応答のメッセージが返ってくるようになり、シリア国内に生きるD氏と出会った。D氏は、自身も国内で避難する困難に直面しながら、物資の不足や高騰などから、さらに困窮している避難家族や孤児に食糧を届ける活動を開始した。具体的には、保存食などを詰め込んだ「フードパッケージ」と呼ばれる段ボールの配布で、1箱が1家族の1ヵ月を支えると教えてくれた。現地で1箱を作るための経費は日本円で約4000円だった。4000円は気軽に出せる金額ではない。それでも1家族の暮らしを1ヵ月支えることができるなら、協力の方法があるのではないかと考えた。しかし紛争の続くシリア国内に無事に送金できるか、という障壁があった。現地で支援活動を行うNGOと連絡がついたことから送金のメドが立ち、先ず身近な友人に呼びかけを開始した。
募金ではなく、以前に出版した旅行記の残部をチャリティで購入してもらうこととした。2016年5月に呼びかけ、1ヵ月で目標の30家族分が集まった。参加してくれた人からは、「関わることができて嬉しい」など感謝の言葉が多く寄せられた。その後、現地に送金し、後日、D氏から写真とともに報告が送られてきた。現在、支援を拡大するため準備中である。
冒頭で説明した通り、難民ナウ!の目的は、関心を持ち、行動を起こす人が地域コミュニティの中に増えることである。2つの事例では、これまで関わりのなかった多くの人たちが参加した。このことを、〈問題の所在〉、〈役割〉、〈効果〉の観点から見てみたい。
〈問題の所在〉は、何が足りないのかが明確になることである。『3万着のHELP』では、難民・避難民が多く発生していることだけではなく、「服の不足が人間の尊厳を奪っている」と伝わったことが、ボランティアの参加、衣類の提供という行動の契機となった。また「フードパッケージ支援」では、シリアが困難な状況にあることだけでなく、「1箱のフードパッケージの不足が避難している人たちの生命の危機につながる」と伝わったことが行動を後押しした。
〈役割〉は、何ができるのか、が明確になることである。今回のケースでは、衣類を届けることであり、チャリティに参加することにあたる。
〈効果〉は、〈問題の所在〉の裏返しで、何が変わるのかが明確になることである。それは、人間の尊厳を守ることであり、1家族の1ヵ月の暮らしを支えることである。2つの事例では、この3点のアプローチが、多くの人の参加につながった。
言うまでもなく、〈問題の所在〉が明確になれば、〈役割〉、〈効果〉は自ずと定まってくる。しかし、難民というテーマに限らず、社会的課題に対して、〈問題の所在〉を曖昧なままにして参加を呼びかけてしまうケースはないだろうか。もしそうだとしたら、その呼びかけは、これまで関わりのなかった人たちにとっては、触ることのできない鍋の取っ手のようなものになってしまう。こうした点に配慮しつつ、これからも小さく、繰り返し情報を発信していきたいと考えている。
(参考:難民ナウ!のウェブサイト http://www.nanminnow.com/)