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国際人権ひろば No.130(2016年11月発行号)

じんけん玉手箱

ポピュリスト、デマゴーグ

白石 理(しらいし おさむ)
ヒューライツ大阪会長

 最近、ゼイド・ラアド・アル・フセイン国連人権高等弁務官の演説がニュースになりました。2016年9月5日、オランダのハーグでの演説です。ヨーロッパやアメリカのポピュリストやデマゴーグたちが政治の場で次々と民衆の支持を取り付けている状況に、座視していないで行動を起こすようにと警告を発したものでした。

 民衆の不満に同情し、その願望に賛同するようなふりをしながら、人々を煽って自分の野心を満たそうとする人のことをポピュリスト(大衆主義者)とかデマゴーグ(大衆扇動家)とか言います。歴史上このような人たちの例には事欠きません。近年に限った現象ではないのです。

 

 しかしながら、特に最近のヨーロッパとアメリカでは、これが民主主義と人権への危険な挑戦となってきているのです。このような動きの背景には、中東やアフリカなどからこれまでになく多数の難民、移民がヨーロッパを目指して押しよせて来ていることと、ヨーロッパ、アメリカ国内でのテロ事件の多発があります。「イスラム過激派」とか「イスラム国」とかいわれるグループが、インターネットを通してその残忍さを見せつけ、同調者のネットワークを使ってテロ攻撃を仕掛けて一般市民の間に恐怖を植えつけて、社会不安を引き起こしているのはその一例です。これに対してヨーロッパとアメリカではしばしば、戦乱地域や独裁政権を逃れてきた人々、特にヨーロッパ以外の国からの難民、移民、そしてイスラム教徒を排斥したり、嫌悪したりする運動が起こっています。これを主導しているのがポピュリストやデマゴーグたちというわけです。

 

 国連人権高等弁務官の演説が特にニュースになったのは、彼が、難民、移民、イスラム教徒の人たちに対する激しい嫌悪と排斥を公言してきたオランダの極右政党の党首ばかりでなく、チェコ共和国大統領、スロバキアやハンガリーの首相、オーストリアの大統領候補だった右翼政治家、移民流入を阻止するためにイギリスのEU離脱運動を主導した政治家、フランスの右翼国粋主義政党の党首、そしてアメリカの共和党指名の大統領選挙候補までポピュリスト、デマゴーグと名指ししたことでした。国連の高官が特定国の政治家を名指して非難することは、これまであまり例がありませんでした。

 ポピュリスト、デマゴーグは、事実の片鱗を使って大きな嘘を作り上げ事実であるかのように見せつけます。イスラム圏での戦乱から逃れてきた難民、移民の中にテロ事件に関わるものがいたことから、民衆の恐れと不安を煽り、イスラム教徒、難民、移民は、全て排斥すべきだとか、キリスト教を基盤とする社会にイスラム教徒の場所はないなどと民衆を扇動します。ポピュリスト、デマゴーグは、「問題の根はこいつらだ」と社会で一番弱い立場に置かれている、難民や移民、異民族、異宗教、異国籍の人などを攻撃の的にします。そうして社会全体を巻き込んだ拒絶、非難、差別、襲撃、排斥運動を起こそうとします。同時に民衆が喜びそうな「素晴らしい未来」の夢を吹き込みます。「我々が実現しようではないか」と。

 

 ポピュリスト、デマゴーグが作り出した政治勢力が、ヨーロッパの国々で次第に民衆の支持を取り付けてきています。国境監視と外国人入国管理の厳格化を求める政党も勢いを増しています。これをそのまま傍観していては、かつて第二次世界大戦直前の状況が再現されるのではないかという危機感がヨーロッパの人々の間にあるのも頷けます。

 第二次世界大戦後のヨーロッパ再建の過程で出来たヨーロッパ統合の理念、平和、人権、民主主義、相互理解、開かれたヨーロッパというヨーロッパ各国が共有しているはずの価値が今試練に直面しています。ヨーロッパの指導者たちはこれにどのように立ち向かうのでしょうか。人々は、ヨーロッパ統合の理念をそれぞれの国の社会でどのように守っていくのでしょうか。

 

 ヨーロッパのことを語りながら、私は、今、日本のことを考えています。