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国際人権ひろば No.130(2016年11月発行号)

特集 台湾の人権とエンパワメントに出会う旅・報告

人権の街・高雄市を訪問してーー台湾における民主化と人権のあゆみ

阿久澤 麻理子(あくざわ まりこ)
大阪市立大学大学院教授、ヒューライツ大阪所長代理

 いま、台湾が熱い。本年(2016年)の総統選では民進党が圧勝し、5月に新総統の座についた蔡英文氏は、さっそく「自由と人権は、台湾の住民が最も大切にしている価値」であると演説し、また8月には先住民族に対する政府の過去の人権侵害の真相究明と補償に取り組む意思を示したことが、日本でも報道された。台湾は地理的にも身近で、商用や観光で相互に訪れる人が多いにも関わらず、台湾の人権への取り組みは、日本では一般にはあまり知られていないように思う。

 

 台湾における人権政策の推進

 

 アジア太平洋地域では、80年代半ばから民主化運動が広がりを見せ、人権の実現を求める市民の声の高まりとともに、人権施策が進展した。台湾も同様である。

 台湾は1895年から日本の植民地支配を受け、1945年にその支配から解放されると、中華民国〔南京国民政府〕に編入される。だが、台湾における行政の要職は外省人〔おもに解放後に中国本土から来た人びと〕が占め、その腐敗ぶりは目に余るものがあったため、1947年2月28日、ついに民衆蜂起が起きる(2.28事件)。蒋介石はこれを徹底的に弾圧し、さらに1949年、中国共産党との戦いに敗れると、南京政府を引き連れて台湾に移住し、国民党政府による台湾の直接統治が始まった。蒋介石政権の下で、抵抗するものは徹底的に排除され、処刑され、その後40年弱にわたって「白色テロ」の時代が続く。台湾の人権運動は、このような歴史的背景のゆえ、蒋介石・蒋経国体制の下での独裁政権に対抗する民主化運動と重なると同時に、台湾ナショナリズムとも分かちがたく結びついている。

 さて、民主化運動の高まりの中で、戒厳令が解除されたのは、1987年のことである。翌年には、蒋経国が死去し、副総統であった李登輝が総統の座についた。国民党にありつつも李は本省人〔台湾出身者〕であり、人権弾圧の根拠とされてきた悪法を相次ぎ廃止、1996年の総統直接選挙で初の民選総統となった。そして2000年には、中国からの独立を掲げる民進党(民主進歩党)の陳水扁が総統選に勝利し、「人権立国」を掲げた政権の下で、人権・人権教育政策が大きく前進した。

 その後、2008年からは再び国民党が政権をとる。今年の総統選で民進党が勝利したことは、このかん中断していた民進党主導による人権政策の「再開」を意味するものでもあり、選挙直後の台湾を訪れ、市民社会とともに、台湾政府や地方自治体の取り組みが、いまどのように動き始めたのか、学ぶことが今回のスタディツアーの目的の一つである。

 また、民主化運動の進展は、女性の社会参画、ジェンダー政策をも進展させる。先の民進党政権時代(陳水扁政権下)には、民法上の父権優先条項が改正されたことに続き、性暴力防止法、DV防止法、両性(ジェンダー)工作平等法、ジェンダー主流化のための婦女(ジェンダー)政策綱領、ジェンダー平等教育法、セクシャルハラスメント防止法が相次いで制定・策定され、2007年には女性差別撤廃条約が批准されている。蔡英文総統は、女性閣僚の登用数が少ないと批判を受けているものの、彼女自身は台湾初の女性総統であり、また、台湾の立法府(国会)議員に占める女性議員の割合は4割弱に達している。ツアーのもう一つの目的は、こうした台湾の熱いジェンダー政策を学ぶことである。

 

 高雄市における人権施策の取り組み

 

 なお、スタディツアー前半での訪問先(台北とその周辺)については、参加者の方々からのご報告がこの後に続くので、そちらに譲るとして、ここでは、最後の訪問地、台湾南部の高雄市について報告しておきたい。

 高雄市で2006年から市長をつとめる陳菊氏(女性)は、民主化運動の闘士であり、反体制運動に対する弾圧事件である「美麗島事件」(1979)で逮捕され、軍事裁判にかけられ6年間投獄された経験を持つ(今回訪れた、台北の国家人権博物館「景美人権園区」は、陳菊氏が裁判を受け収監された場所である)。同市は「人権都市」宣言を行い、女性政策を含む人権施策の推進に力を入れており、高雄市政庁(市役所)の会議室で、私たち19人を迎えて熱く人権・女性政策を語ってくれた職員は、姚雨静局長以下、その多くが女性であった。

 高雄市では、2009年に「人権委員会」を市長のもとに設置し、推進すべき人権施策の検討に力を入れているほか、女性、高齢者、ティーンエージャー、障害者などの権利委員会も組織されている。女性の人権保障に向けた取り組みについても、多様な施策が職員から紹介されたが、中でも筆者が驚かされたのは、こうした施策を下支えしている「ジェンダー統計」であった。ジェンダー主流化政策の下で、高雄市でも、様々な指標別の統計が性別によって集計され、冊子にまとめられており、これが社会の実態と次の課題を描きだしている。また同市では同性パートナーの登録も始まっているほか、移住女性(就労や国際結婚によって台湾に住むようになった外国人)の増加をうけて、多言語での行政サービス情報の提供を行っており、携帯電話をバーコードにかざせば、必要なサービスに関する情報を自分の言語で得られるようになっている「冊子」にも驚いた(これは一見すると「バーコード集」で、膨大な文字情報を冊子に盛り込めなくとも、多様な情報につなぐことができる)。

 なお、人権施策推進の基盤となるのは、市民の人権意識である。同市では市民と若者の人権教育、職員等の人権研修にも力を入れ、カリキュラムや教材・啓発資料の開発も行っている。美麗島駅近くに「人権学堂」(人権啓発のためのステーション)を開設し、展示やイベントを通じて啓発にも力を入れている。

 

 ところで、台湾は前政権(国民党・馬英九総統)下で、二つの国際人権規約を批准した(批准とは、内容が確定した条約を条約締結権をもつ国家機関が確認し同意すること。これにより、国家は条約に拘束される)。だが、台湾は国連加盟「国」ではないために、批准書の国連への寄託はかなわなかった。それゆえ、台湾では、条約の内容を実施する義務を政府に課した国内法を立法した。また、同じ理由によって国連の「報告制度」(条約の履行状況をまとめた報告書を作成し、これを国連の人権条約機関に提出し審査を受ける)が使えないので、2012年に立法府では、専門家を台湾に招いて、独自に報告書の審査を依頼し、その最終見解を得ている。こうした独自の方法は、注目すべきものである1

 民進党への政権交代は、一つのプロセスである。今後の台湾社会がどのように人権施策を発展させていくのか、目が離せない。そして、台湾の諸施策を知るにつけ、日本の市民の踏ん張りどころを問われる思いの5日間でもあった。

 

 なお、高雄市へは、東呉大学より黄默教授を始め3名の方々が同行してくださった。今回のツアーの企画に対して多大なご協力を賜ったことに、心より感謝申し上げたい。

 

道教の寺院.jpg

道教の寺院を見学

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高雄市のジェンダー政策を説明する姚雨静社会局長

ひろば130号P5高雄市が作成した「人権すごろく」を説明する担当官.jpg

高雄市が作成した「人権すごろく」を説明する担当官


プログラム

9/4 午後 順益台湾原住民博物館(先住民族の博物館)、故宮博物館を見学、台北泊

9/5 午前 NGO「Awakening Foundation(婦女新知基金会)」訪問

  午後 国家人権博物館を訪問 東呉大学で人権教育を研究する黄默教授と懇談、台北泊

9/6 午前 台湾大学にて、日本と台湾の女性の人権・ジェンダー平等を考えるワークショップ(台湾大学婦女研究室、台湾大学社会科学院、大阪府立大学女性学研究センター、アジア・太平洋人権情報センター共催)

  午後 自由時間、夕方に新幹線で高雄に。高雄泊

9/7 午前 高雄忠烈祠(岡山公園)、美濃客家の里を見学

  午後 高雄市庁訪問、人権・女性・教育施策に関して社会局長などからレクチャー、高雄泊

9/8 午前 高雄市内観光、新幹線で台北へ

 

 

1:台湾では、4つの国際人権条約に対して、それぞれを国内で実施することを定めた法律を立法している(カッコ内は公布日)。国際人権規約に対して「公民與政治權利國際公約及經濟社會文化權利國際公約施行法」(2009.4.22)、女性差別撤廃条約に対して「消除對婦女一切形式?視公約施行法」(2011.6.8)、子どもの権利条約に対して「兒童權利公約施行法」(2014.6.4)、障害者権利条約に対して「身心障礙者權利公約施行法」(2014.8.20)。