特集 台湾の人権とエンパワメントに出会う旅・報告
今回で3度目の台湾訪問だった。これまでは、京都大学と国立台湾大学(NTU)との間で行われたシンポジウムへの参加が中心で、「台湾を知る」というにはほど遠い経験しかもてなかった。
最初の台湾の訪問は、両大学の社会学専攻の学生交流の引率役としてのものだった。面白かったのは、社会学のスタッフの多くが民主化闘争の元活動家で、夜の歓迎会の場所は、かつての活動家のたまり場だった。「よく公安警察が、あのあたりから監視していたものです」などというエピソードも出てくる楽しい会だった。台湾大学の学生たちに連れられて、101タワーやデパートめぐりやカラオケも体験した。
二度目は、大学間交流で、京大から100人近い教職員が参加した大ツアーだった。シンポジウムの前夜には、かつて京大に留学経験のある方たちの同窓会パーティがあった。李登輝元総統も参加し、40分近く日本語で講演した。内容は、10数年前日本を訪問したときに、「母校」(李登輝さんは京大農学部に留学経験がある)が入校を拒否したことへの怒りの表明(中国への配慮のため、入校を拒否したようだ)と、日本との交流の未来について、といったものだった。当時総長だった松本紘さんから「伊藤さん、李登輝さんは女性の活躍を応援しているそうだ。ちょっと来て話したらどうだ」と言われて、直接お話もした。サイン入りの手記ももらった。すでに90歳を超え、それまで病気を煩っておられたはずだが、この晩は意気軒昂だった。
シンポの終わった後、社会学科の先生と学生たちとともに、フィールドトリップもした。面白かったのは、彼ら彼女らが連れていってくれた場所が、台湾大が新しい施設を作るために住民に立ち退き要求をしている地域だったことだ。地域住民の強制立ち退き反対の運動を、学生ばかりか教員の一部も支援しているという。住民の方ともお話させてもらった。公式な大学間交流のときに、大学に抵抗している住民運動を紹介するという、社会学のスタッフの「心意気」に感動するとともに、住民を支持する運動の活動家の半分以上が女子学生だというのにも感動した。
余分な話ばかり書いた。でも、これまでのぼくの「台湾経験」が、今回の訪問で、改めて「深い体験」につながったという思いがあるのだ。ツアーに参加して本当によかったと思う。
個人的には、「原住民博物館」と「人権博物館」が印象的だった。特に、人権博物館では、蔡先生のお話を通じて、軍事政権時代の弾圧がリアルに感じられた。これまで聞いてきた民主化闘争を闘った人々の語りが、さらに生き生きと蘇ってきた。また、2014年に起こったひまわり学生運動に見られる現在の民主主義を守ろうという若い世代の動きの背後にある、台湾の「歴史」が、強く感じられたのも大きな成果だった。
さて、本題であるワークショプについて書こう。参加者の多くが驚いたのは、国立台湾大学の「広さ」だったと思う。旧・台北帝国大学の建物がほとんどそのまま使われている。正門からの大きな道には、両側に高いヤシの木が並ぶ。以前、台湾大学の人に、「もともと台北にはなかったヤシを、大日本帝国文部省は、南方らしい雰囲気を作るために、ここに植えたのだ」と聞いたことがある。
ワークショップの会場の社会科学院の建物は、大学のかなり「はじっこ」にある。正門から20分くらいかかっただろうか。建築の賞を受賞したという建物は、きわめてモダンなものだった。
会場の419会議室も広い部屋だった。以前からの知り合いで、今回の報告者のひとり藍佩嘉教授の顔が見えたので、挨拶した。
ワークショップのタイトルは「女性の社会参加、隠された貧困、人の移動とケアワーク:台湾と日本の場合」。
冒頭の陳昭如教授の開会の挨拶に続いて、最初の報告をしてくれた?長玲教授は、台湾の選挙制度におけるジェンダー・クオータ制(女性に一定の割合で議席などを配分する方法)について報告してくれた。
黄さんによると、2016年の立法院の選挙で、女性議員割合は38.1%にまで上昇したという。女性の議員の割合が増えた背景は、特に台湾の女性の能力が高いわけでも、また、台湾にジェンダー平等の文化が根付いているわけでもない、「ジェンダー・クオータ制があったからだ」というのが黄さんの分析だ。
もともと台湾には、1946年の憲法で「女性のリザーブ制」(すべての選挙で女性割合を5?10%に設定)があったという。しかし、この制度は、逆に女性候補者の上限として作用し逆効果だった。変化が生まれたのは、戒厳令解除後の1990年代以後のこと。まず、民進党が、1996年に「各選挙区で(後に比例区にも適用)候補者4人のうち少なくとも1人は一方の性別でなければならない」というクオータ制を導入、これに対応して2年後、国民党も同様の方針を出したという。
2004年には、政府の委員会において「3分の1性別比例原則(いずれの性別も3分の1を確保)」が決められ、さらに2005年の憲法改正で、「比例代表34議席の半分は女性にリザーブ」が決定されたという。とはいえ、一部のヨーロッパの国のように、企業活動まではジェンダー・クオータは制度化されていないという。
興味深かったのは、クオータの結果だ。黄さんによれば、女性議員の増加によって、「男性議員の不適切な言動が減少した」ということと、「男性議員だけの議会外での裏交渉がなくなった」ということだ。
日本の植民地時代の校舎とヤシの木が残る台湾大学構内
続いて、大阪府立大学の伊田久美子教授による「若年既婚女性の隠れた貧困」と題した日本の見えない貧困問題の報告があった。日本では、既婚女性は「フリーター」としての条件が満たされていていても、「フリーター」としては政府の統計からはずされている。実際は、社会政策の対象として考えられるべきこうした既婚非正規の女性について、まったく調査も検討もなされていないのだという。この問題を、2014年に実施した高卒以下の学歴をもつ男女それぞれ1000名(15?34歳)のオンライン調査の結果分析から考察が加えられた。
分析の結果は、有配偶女性の個人年収が貧困ラインを下回るケースが80%以上あることや、貧困に枠づけられる女性にはDV被害割合が有意に高いこと、さらに自尊感情も有意に低いことなどが明らかにされた。「既婚」という幻想によって隠された女性の貧困と困難性について、もっと光をあてていくことの必要性が語られた。
ワークショップでの伊田久美子さんの報告
後半のお二人のテーマはケアワークと外国人労働力問題だった。藍教授は、少子高齢社会の深化する台湾と日本の状況を踏まえた上で、介護労働者の受入れの日台比較を行ってくれた。興味深かったのは、台湾が外国人ケアワーカーを「差異化された代理人」(台湾人との差異を強く認識しつつ、自分たちの代理人として自宅で親孝行をしてもらう人)として認識しているのに、日本では「専門性のある他者」(つまり、ケアワーカーとしてのトレーニングをつんだ、家庭ではなく施設で働く人)として受入れが行われつつあるという指摘だ。トレーニングも、台湾では「服従の技術」を要求するのに対して,日本では(日本語の修得の要求も含めて)「同化の技術」が強調されているというのも鋭い視点だと思った。
日本の側の外国人労働力受入れに焦点を絞った、ヒューライツ大阪の藤本伸樹さんの報告は、「移民政策」をいまだもたない日本社会の問題点をえぐったものだった。今回のケアワーカー受入れの動きを、技能実習生という名の「強制労働」(米国の人身取引のレポートでは、実習生の多くが実質的にこのような視座から分析されている)型の受入れを、介護分野にまで広げる動きとしてとらえるべきだという認識は、ポイントをついたものだと思う。「家事支援人材」の受入れの実態や今後の方向性への分析も鋭いものだった。最後に提案された、国際人権条約をきちんとふまえた「正面からの移民政策」をというまとめも、的を射たものだった。
ワークショップも含めて、今回のツアーでは、いろいろ学ばせていただいた。来年、また東呉大学でのシンポジウムに誘われている。今回の経験を生かして、もっともっと台湾を身近に感じたいと思っている。