特集 働く人の人権
「運ばないと、カネにならない。休むこともできないし。フツーの仕事がしたい。フツーに…」
私が監督を務め、2008年に公開されたドキュメンタリー映画「フツーの仕事がしたい」のワンシーンだ。皆倉(かいくら)信和さんは病院のベッドの上で、お腹にチューブが刺さったまま話をしてくれた。難病のクローン病を患い、集中治療室で約1カ月もの間、生死の境をさまよった皆倉さん。病状は奇跡的に回復し、一命をとりとめた。
彼は36歳のトラック運転手。住友大阪セメントの孫請け運送会社で働いていたが、最長で月552時間にも及ぶ長時間労働のため、自宅へまともに帰れない日々が続いていた。7年間務めても残業代の支給や有給休暇は全くなく、社会保険や雇用保険の加入もない。高校卒業後、運送業を転々としていた彼にとって、それがフツーだった。これまでの勤め先やまわりの事業所も、みんな同じような労働条件だからだ。しかし、一枚のビラを手にしてから考え方が変わった。個人加盟型の労働組合・全日本建設運輸連帯労働組合が争議中に配布していたビラだった。自らの状況は、フツーではないと知ったのだ。
労働組合へ加入し、団体交渉を通じて労働条件の改善を求めると、暴力団との関係をほのめかす会社関係者から組合脱退を強要され、自宅へ何度も押しかけられた。交渉中に彼のお母さんが急逝すると、葬儀中の斎場へ会社関係者が押しかけてきて、恫喝や暴行を行った。彼のふんばりと、組合の粘り強い交渉の末、問題解決への協力を親会社である住友大阪セメントに約束させた。孫請け会社は廃業し、希望する運転手全員は元請会社が新たに設立した運送会社へ雇用され、労働条件は格段によくなった。「労働組合がなかったら、今の自分はない」と語る彼は、この運送会社でトラック運転手として働き、労働組合活動も続けている。
トラックにセメントを積載する皆倉信和さん
映画「フツーの仕事がしたい」公開から5年後、2013年にDVD「ブラック企業にご用心!-就活・転職の落とし穴-」の監督を務めた。大手企業4社の事例を取材し、紹介している。被害にあったのはいずれも20代の若者で、うち3社では過労が原因で亡くなった方もいる。
2013年は「ブラック企業」という言葉がメディアで頻繁に使われるようになった年で、この年の流行語大賞にも選ばれた。「ブラック企業」とは、インターネットの掲示板から派生した言葉で、「違法な労働条件で若者をコキ使い、心も体もつぶす企業」を意味する。
「体が痛いです。体が辛いです。気持ちが沈みます。早く動けません。どうか助けて下さい。誰か助けて下さい」と手帳に書き残していた26歳の女性社員。彼女は居酒屋チェーンの「ワタミ」へ入社した2カ月後、過労自死した。1カ月あたりの残業時間は140時間に達していた。彼女は有機農業に高い関心を持ち、自社農場で野菜を育てる企業姿勢に共感し入社した。実家を離れる前、彼女は家族とともに「過労死」を特集したテレビ番組を見ていたという。「あんな状況になったら私は必ず逃げると娘は言っていた。しかし状況というものは恐ろしく、冷静さが失われていく」と、遺族は語った。
「逃げ場所が見当たらなかった。休みたいが、相談を持ちかけた上司も倒れた」と語る28歳の男性。彼はコンビニ大手・ローソンの子会社「ショップ99(現在、ローソンストア100)」へ入社した。非正規雇用を転々とした末、やっとつかんだ正規雇用だった。採用当初から1日10時間の勤務を強いられ、半年後には腹痛が続き、眠れなくなった。採用から9カ月後には店長となり、「店長は管理監督者」だからと残業代は一切支払われず、賃金は8万円も下がった。4日で80時間、最長37日間連続勤務を強いられ、入社から約1年後、うつ病で休職に追い込まれた。「まるで化石燃料みたいに働いた。あの状態で働き続けていたら、確実に死んでいた」と男性は語った。
取材で目の当たりにしたのは、長時間労働によって思考も体力も奪われていく若者たちの姿だ。職場という密室で「これが常識だ」と何度も繰り返されると、やっとの思いで就職難を勝ち抜いた若者たちは、洗脳され、そしていのちまでもが奪われるのだ。
「ブラック企業にご用心!」で挙げた事例があまりにも過酷なため、視聴者に距離を持たれないよう導入部分が必要であると感じ、学生アルバイトの実態も取材した。
「コンビニのバイト。おでんの売上げに協力させられる。冬場は給与の20%ぐらいはおでんを買った」「飲食店。時給の計算方法が15分単位って店長に言われた。1分単位だとは知らなかった」
とある大学のゼミ生・約15名に質問しただけで、違法行為の証言がいくつも出てきた。取材を終える頃、「ブラック企業」と化したアルバイトを指す「ブラックバイト」なる言葉を中京大学の大内裕和教授が提唱したこともあり、翌2014年には続編DVD「ブラックバイトに負けない!――クイズで学ぶしごとのルール」を制作した。ここでは、バイト先での実体験を60名以上の学生から取材した。
「居酒屋のバイト。残業代が一切支払われない。ねぎやミョウガなど余った食材が代わりに支給された」「アパレル。売上が悪いと、約1万円の自腹購入を強いられた」「コンビニ。レジ計算が合わず、連帯責任として給与から1000円天引きされた」など、明らかな法律違反の事例があった。
他には「居酒屋。授業中に『早く来い』と電話連絡がある。14日間連続勤務を強いられた」「コンビニ。希望していないシフトが勝手に増やされる」「牛丼店。週5で入っていて、1日8~9時間勤務。夜勤明け直後に、日勤をさせられた」など、学生アルバイトが補助労働から基幹労働へ移行している実態もみえてきた。これらをもとに労働法に関するクイズを作り、弁護士による解説を加えた。自らを守るためには最低限の基礎知識がないと、抗うことは難しいからだ。
働く者が自らの権利を知り、変化する様をみつめることが、私は好きだ。想像を超えた物語があるからだ。現在、有名俳優を起用したテレビコマーシャルで知られる「アリさんマークの引越社(以下、引越社)」の争議を取材したドキュメンタリー映画「アリ地獄天国(仮)」を制作している。
35歳の正社員・西村有さん(仮名)は、結婚を機にIT産業から引越業へ転職した。がむしゃらに働き、営業職において関東地域でトップとなった実績もある。職場は、毎日12時間を超える長時間労働はあたり前で、サービス残業は常態化。引越作業時の荷物や車両等の破損も弁償させられる。同僚同士が2人以上で飲酒をしたり、3人以上で麻雀をすると懲戒解雇の対象となるなど、私生活までも監視する奇妙な就業規則がある。それでも「自分が幹部になって、状況を変える」と決意し、黙々と働いていた。自宅にいる時間が激減し、夫婦仲の危機もあったそうだ。
ある日、長時間労働による疲労が原因で事故を起こし、48万円の弁済金を引越社から請求されてしまう。以前に少額の弁済金を支払ったこともあったが、今回は高額だ。彼は個人加盟型の労働組合・プレカリアートユニオンへ相談し、弁済する義務は一切ないことを知る。それは「カミナリに打たれたようなショック」だったという。労働組合へ加入し弁済金の返還等を求めた。すると引越社は、終日シュレッダー作業のみの「シュレッダー係」へ彼を配置転換し、のちに懲戒解雇を行った。氏名と顔写真入りの「罪状」と記した掲示物も全支店へ貼り出した。組合の抗議により懲戒解雇は撤回されたが、西村さんは現在も「シュレッダー係」のまま。争議も続いている。
2016年秋、引越者は組合に対して会社の前での街頭宣伝活動の禁止を、私に対しては映画「アリ地獄天国(仮)」の制作と公開中止を求める仮処分を申し立てた。いま「表現の自由」までも脅かされている。働く者の人権と自らの権利のため、私は映画作りをやめない。
引越社が懲戒解雇の際、掲示した誹謗中傷ビラ