現代国際人権考
去る4月9日、陸上自衛隊の記念式典において「不法入国した多くの三国人、外国人が凶悪な犯罪をくり返している。大きな災害では騒擾事件すら想定される」と石原東京都知事が発言したことに関連して、「三国人」という表現が旧植民地住民である在日韓国・朝鮮人に対する差別的発言であること、また、外国人をあたかも犯罪予備軍とする認識をめぐって議論が沸騰したことはまだ記憶にあたらしい。しかし、この石原発言が呈する問題点は、右に指摘されたことに止まらない。とりわけ、人権の普遍的尊重の実現とあらゆる差別の根絶に向けた国際社会の努力、すなわち国際人権の潮流に逆行するものであり、国際人権法に対する日本政府と市民の姿勢が根本的に問い直されなければならないことを教えるものでもあった。
周知のように、第二次大戦後の国際社会は、ナチズムとファシズムによる集団的殺害など人道に反する犯罪行為の再発を防止し、すべての個人と集団が人間の尊厳と人権が尊重される社会の実現に向けて、国際人権基準の定立とその実施を進めてきた。なかでも、人種的民族的集団に対する差別と暴力を抑止し根絶するために、集団殺害(ジェノサイド)、アパルトヘイト行為さらに人種主義(racism)に基づく差別と暴力を犯罪として処罰することを国家に義務づけている。そして、2001年には、「人種主義、人種差別および外国人差別(xenophobia)と関連する不寛容の禁止に関する世界会議」を南アフリカで開催するために準備作業が行われている。こうした国際社会の努力に関連して日本も国際人権規約B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)の締約国として「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止し」(同規約二○条二項)、人種差別撤廃条約に加入することにより「人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動・・・は法律で処罰すべき犯罪であること」を認め(同条約四条(a))、あらゆる形態の人種差別を非難し撤廃することを約束している(同条約二条一項)。
このような国際社会の努力と国際人権基準に照らして「石原発言」を考えるとき、国語辞典を引き合いに出しての説明とか「不法入国の外国人に対する発言であった」などの弁解とその意図に拘わらず、外国人が潜在的犯罪者であり騒擾を起す危険な存在であるかの如き発言を公的式典で行ない、日本社会に根づく外国人差別を扇動したことは否定しようがない。 しかも、あらゆる人種差別を撤廃する責任を有する自治体の首長の差別扇動は、条約義務に違反するだけでなく、条約の誠実な遵守を求めている憲法九八条にも違反するものである。さらに、「国連人権教育10年」の国内行動計画の中に外国人の人権を教育課題として位置づけ取り組んでいる日本の政府ならびに地方自治体の努力を阻害し、人権教育に携っている多くのNGOと市民の願いをも踏みにじるものである。石原知事とその発言を支持した人びとに「不法入国者」を含むすべての外国人の人権を尊重し、共生する努力を促したい。