国際化と人権
教室の中の子どもが突然いなくなり、誰も消息を知らない。方々に聞いて、入管施設に収容され、明日にも国外退去になるということが分かる。一昨年秋から大阪府下ではこうした出来事が20件近く起きた。その多くは、親が中国残留孤児等の偽装で入国した「不法入国」のケースであった。
(財)とよなか国際交流協会でも、関わりの深かった二人の子どもが、入管によって連行・収容され国外退去となった。わずか五日間で跡形もなくいなくなった。「ごめんなさい。大学にいきたかった」泣きながら伝えられた最後のメッセージは、高校卒業まであと数カ月で日中の架け橋を夢見て進学を希望していた子どもからだった。中学校の元担任、高校の先生、地域のボランティアなどかれらと共に歩んできた私たちの中に大きな「?!(なぜ)」と、どうすることもできない無力感が残された。その一方で熱心に関わった先生への共犯視や、子どもの在留資格をチェックする入管や警察まがいの動きも起きてきた。この課題の社会化を急がなければならないとの切迫感から、「すべての子どもの発達と教育を守るためのネットワーク」を呼びかけ署名活動を開始した。
12月末に立ち上げたこの呼びかけに対して、わずか1カ月半で123団体の後援と11,380名分の署名が集まった。豊中市や豊中市教育委員会をはじめ、学校教育関係団体や各地の国際交流協会や人権センター、大学の研究室等からの後援と、そして、日本のほぼ全域と、海外からインターネットを通じての署名や励ましの声が寄せられた。輪が広がるにつれ、他地域でも同様な事が起こっていたことが分かった。
賛同の集約作業をしながら、国や公的な機関は決して権威的・不動なものではなく、私たち市民が、国や社会をつくりそれに責任を持つべき一人ひとりであるという自覚が足りないために無力感に逃避しているのではないかと思うようになった。そして、実際に大阪入国管理局に対話の申し入れをし、更に3月には、外務省・文部省・法務省・厚生省を訪問し、署名を手渡して意見交換をする機会を得ることができた。
私たちの「?!(なぜ)」という動機となった違和感は、当初「外国人だから、不法だから仕方ない」というあきらめと無力感の厚い雲に覆われていた。しかしプロセスの中で、逆にこうした日本社会の世間一般の常識こそが、外国人の子どもに対してダブルスタンダード(二重構造)を作っていることが明確になった。
自分の意志ではなく日本に連れて来られた子どもが親と同様に犯罪者にされること。仮に親と共に帰国しなくてはならなくなったとしても、逃げる可能性も少ない子どもを、学習環境もまったくない家族統合の不可能な男女別の施設に収容すること。刑事事件を犯した場合でも教育的配慮を含んだ諸手続がなされる日本の子どもと比較しても、こうした手続きが行政処分の枠組みでなされることは不当であることが分かる。入管法を否定しないという前提でも、学業の途中にある子どもの人生をまったく変えてしまうのに五日間は乱暴すぎる時間であり、箒でゴミを掃き出すかの様にさえ感じられる。子どもが事態を納得する説明を受けられる時間、せめて級友に教室で「さよなら」を言える、あるいは将来の夢について先生に相談できる時間を与えることが、どれだけ日本政府にとって不利益になるというのだろうか。ましてや、この偽装問題は、半世紀も放置された残留日本人である老齢者が、移住労働を希望する中国人の力を借りて帰国するものであり、それを助長させているのは調査をはじめとする日本政府の施策の遅れに他ならないのだ。
不当に人権を傷つけられない権利はすべての人、特に子どもにある。それぞれが抱える違う状況を越えて守られるべき人権について明記しているのが、日本も批准している国際人権規約である。締結された国際人権条約は憲法を除くすべての国内法の上位にあり、条約の内容と矛盾が生じた場合は法改正が要求される。「子どもの権利条約」に照らせば「不法」の「法」自体にもおかしい部分があり得ると言えるのだ。政府機関との対話においても、もっと私たち市民一人ひとりが日常生活の中で自覚的にそうした国際人権のものさしを使えるようにならないといけないことを痛感した。このことはあらゆる違いをもつすべての人の人権が守られる共生の地域社会づくりに直結しているからだ。
活動開始以降、大阪入管への子どもの収容はなく、こうした事象をより深く理解するための教育研修会も開かれ始めた。 地域の国際交流協会としては、前例のない暗中模索の取り組みだったが、慣習的なマニュアルを越えなければ国際人権の具現化は図れない。今後も、平和の対極とされる「人々の無関心」を払拭していく活動を続けていきたい。
* 「すべての子どもの発達および教育を受ける権利を守るためのネットワーク事業」最終報告会資料(A4/45p)をご希望する方は、当協会(06-6843-4343)までお問い合わせ下さい。