国連ウォッチ
―今後の課題は立法解決と国連ロビーイング
はじめに
2000年夏の国連人権小委員会(人権促進保護小委員会)は、ジュネーブ国連欧州本部で7月31日から開催され、8月18日3週間に及ぶ審議を終えた。筆者は、日本友和会代表として同小委員会に参加したので、日本軍性奴隷問題(いわゆる[慰安婦] 問題)審議の概要を報告したい。この問題等に関するマクドゥーガル最終報告書(注1)以後の状況に関する追加報告書が、国連によって公式に配布され、人権小委員会はこれを高く評価した。同時に多くのNGO(非政府組織)や委員が法的責任をとらない日本政府を厳しく批判した。終了前日の17日人権小委員会は、組織的強姦・性奴隷等に関する決議を満場一致で採択した。
8月9日には、女性・法・発展アジア太平洋会議(APWLD)主催の「戦時・内戦時の女性の人権侵害―保護と救済」と題するNGOフォーラムが国連内で開催され、50名余の参加があった。韓国挺身隊問題対策協議会代表のシン・ヘイスー教授(司会者)は、日本軍性奴隷加害者等を裁くために12月に東京で開催される女性国際戦犯法廷について詳しく説明した。このフォーラムでは、女性の専門家・活動家による報告が続いた。国連報告書、決議が重ねられるたびに、女性が運動を担う割合が高まっている。日本女性の継続的参加はないが、国際的女性運動の発展の象徴と評価したい。
8月10日現代奴隷制の審議で、武力紛争時の組織的強姦・性奴隷等に関するマクドゥーガル追加報告書が配布された。 マクドゥーガル特別報告者は、1998年の最終報告書以後1年間の追加情報を加えて全研究成果を要約し、日本政府の法的責任を明確に指摘し、国家による被害者への補償義務・加害者処罰義務などの国際責務があり、これら法的責任は、アジア女性基金による支払い、首相のお詫びの手紙その他最終報告書以後の日本政府の措置によっても解除されていないとし、法的責任の履行を再度強く求めた。
このテーマではNGOの発言も活発だった。反差別国際運動、世界市民協会、APWLD、国際友和会(IFOR)・日本友和会・アジア女性人権評議会(AWHRC)(3NGOの共同発言)が発言した。NGOは、一様にマクドゥーガル最終報告書・追加報告書を支持し、日本政府に法的責任を果たすよう強く求めた。
委員の発言には興味深いものがあった。中国出身のファン・グオジャン委員は、日本政府を名指しで批判した。特別報告者がナチと日本による性奴隷にふれたこと、日本政府の4年前の謝罪にもかかわらず批判が継続しているのは、日本政府が被害者への補償義務を果たしていないからであること、人権小委員会は、NGOの発言を真剣に受け止めるべきであること、元「慰安婦」も強制労働被害者も訴訟を起こしたが、日本の侵略戦争中の化学兵器被害者も訴訟提起を検討中であること等を上げた上で、「これらの被害者には、補償を求める権利がある」と発言して関係者の注目を集めた。それは、これまで繰り返し「政治的解決」を求めてきた同委員が、「権利」という法律用語を初めて使ったからである。重要な変化として、見逃せない点である。
韓国出身チョン代理委員は、一般論として、武力紛争時に性犯罪が起きるのは、「不処罰の文化」(注2)によるとし、被害者が発言しやすくすること、高等弁務官が不処罰文化に強く反対すること、軍隊の人権教育を強化すべきことを述べた。英国出身委員も、日本(4回も名指しした)などが、軍人(=自衛隊員)に人権教育を始めるように求め、人権高等弁務官が来年その結果を報告するよう求めた。
政府オブザーバーでは、朝鮮民主主義人民共和国が日本を名指しで、植民地支配下での強制労働・殺戮・「慰安婦」等を列挙し、「敗戦国として、また人権侵害者として法的道義的責任があり、事実を認めて人道に対する罪の被害者・朝鮮民族に対し謝罪し、補償する責務がある」と厳しく批判した。
しかし、日本政府だけでなく韓国政府も審議中の発言を控えた。
人権小委員会は1年前の決議で、条約が締結されていることを理由にこの種の被害者個人の権利を消滅させることはできないことなど重要な原則を採択した(注3)が、今回決議は、前決議を「再確認し」た。前回人権小委員会では、この問題の国連審議が始まって以来初めて投票による採択(賛成15、反対2、棄権5)を断行して日本の強硬な反対を押し切った。しかし、今回の決議の採択では、あえて投票する必要もなく、全会一致の合意が形成された。
決議は日本軍性奴隷問題に関し、アジア女性基金による解決を不十分として、個人補償と加害者処罰など法的責任の履行を日本政府に対し再度求めたマクドゥーガル追加報告書を「歓迎」した。
決議は人権高等弁務官に、マクドゥーガル最終報告書・追加報告書の勧告実施状況に関する情報を含め、現在進行中の紛争下での組織的強姦・性奴隷問題に関する報告書を提出するよう求めた。これを、今後継続的モニタリング制度として定着させることができるかどうかが注目される。その鍵を握るのは、日本女性を含む女性による国連運動の動向であろう。
前回決議にもあった「現在進行中」(on going)という報告対象を狭く限定する文言が今回も含まれている。日本軍性奴隷問題ばかりか多くの女性に対する重大人権侵害の報告をも報告対象から除外してしまったのであるが、この制限には批判的に対応すべきである。
この研究と決議は、日本軍性奴隷問題の解決を促進する為になされてきたことはよく知られている。この決議は、とくに強く日本政府に向けられており、日本はこの決議を無視できない。英国の委員が決議採択に際しても、軍隊=自衛隊の人権教育義務に注意を喚起したことを想起すべきだろう。
第一に、このような国連審議の動向を直視すれば、日本は立法によってこの問題を直ちに解決すべきことがますます明確になったといえる。
第二に、人権委員会(2001年3、4月にジュネーブで開催予定)に対する勧告については、国連ロビーングが必要である。 決議には、経済社会理事会の決定草案まで準備して、人権委員会に対して勧告している部分がある。マクドゥーガル報告書を出版して広範に配布することを決定するよう経済社会理事会に対して提案してほしいという内容である。これにについては、自動的に採決がなされ、多くの場合、人権小委員会の提案がおおよそ承認される。もっとも、予算の関係で実際は出版されない恐れが多分にある。出版の実現にはNGOの運動が必要になるであろう。
第三に、人権委員会にこの問題に関する一般原則の承認を求める勧告は昨年以来の課題だが、決議原案の提案がない。 だから、人権委員会は、自動的に審議・採決することはなく、いずれかの政府から特に決議案の提案がない限り、無視されてしまう。だから、NGOとしては、何らかの提案が政府によりなされるよう運動をすすめることが必要である。そのためには、NGOが草案の原案を用意して政府に接触することも一案である。日本を含むフェミニストの世界的運動がこれにどう取り組むかが注目されている。
【脚注】
1 人権小委員会は、93年夏に日本軍性奴隷問題などへの対応として、「戦時奴隷制」の研究に着手した。 担当のチャベス委員が辞任したので、97年マクドゥーガル代理委員が特別報告者に任命された。 98年夏「慰安婦」問題で日本政府に補償と処罰の法的義務があるなどとする最終報告書が提出された。E/CN.4/Sur.2/2000/21
2 不処罰(impunity)は、本来処罰すべき軍などによる権力犯罪を処罰しないことをいうが、民主化の際に軍の犯罪を免責する法的措置をとる不処罰が典型であるが、組織的に処罰を怠る事実上の不処罰もある。
3 拙稿「国連人権小委員会、戦時性奴隷問題の法的原則で決議」法学セミナー99年11月号82-85頁。