現代国際人権考
―人種差別撤廃委員会の日本政府報告書審査をふり返る―
今年三月、人種差別撤廃委員会で人種差別の状況についての日本国政府報告書の審査がおこなわれた。この審査の内容についてはより詳しい記事が本号にのることになっているので、ここではむしろこの審議の過程を傍聴して感じたことを記したい。
このような審議が意味を持つためには、この審議過程の各プレーヤーがまじめにそれぞれの役割を果たす必要がある。この際のプレーヤーとは、報告をする日本国政府の代表団、その報告を聴く人種差別撤廃委員会の委員たち、そして報告に先だってその委員たちに日本の人権状況について説明し、政府の発言を耳をそばだてて傍聴する日本の人権諸団体の三者である。
日本国代表団には外務省の他、法務省、文部省(旧姓で失礼)なども参加し、委員の懐疑に満ちた質問に対し、説得力はともかく、日本国政府の立場を忠実に述べて、日本の人権状況への政府の関わり方の問題点をよく示してくれた。委員たちの質問は、そういう回答を見事に引き出すものであった。報告者をはじめすべての委員が的を射る質問をしたことは、傍聴するものにとって本当に感激的な光景であった。そして、その質問のネタをあらかじめ提供するブリーフィングを行った諸団体はさらに立派だったということができる。NGOが、アイヌ民族差別の問題、部落差別の問題、在日コリアン、移住外国人などの問題などについて正確で詳細な情報を提供しなければ、法律などに精通している委員たちも日本の実状についての的確な質問はできない。
委員たちがよい質問をしたことで評価するべきことは、彼ら彼女たちが、日本の運動体の情報を熱心に聴き、正しく理解して質問したことである。このようなよい質問に対して、日本国政府代表は、日本の人権状況を明らかにするのによい回答をしてくれた。アイヌ民族が先住民族であるのに、日本国政府はそう認識していない。人種差別撤廃条約は、世系=門地差別を人種差別撤廃条約に規定する差別の一つとしているのに、日本国政府はそのことを認めない。さらに日本国は、条約の国内法制化のための法的措置を怠り、また条約の第四条(人種的優越主義に基づく差別と煽動の禁止)について留保している。日本国政府代表団はそのことをいささかも誤魔化すことなく、ドウドウと、そして忠実に、日本国の人種差別条約について、これを批准しながら守ろうとしないその矛盾点を露呈してくれた。
そんなわけで、今回の報告書審査は、各アクターの連携プレーで大成功を納めたといえる。しかし、これから日本国内で委員会の最終所見をめぐって日本国政府と人権諸団体とのゲームが続く。国際人権規約審査の時、法務省は、国連の審査には強制力がない、といって最終所見を無視してもよいかのような見解を示した。今回は、そのような国連人権機構を軽視する「ルール違反の」見解が最終所見の無視につながらないよう日本の市民社会の良心を代表する諸団体が監視を強めるべき段階にはいっている。もちろん、この三者ゲームはゲームでも、これは日本国の差別構造のなかで、人権を侵害されている人々のために行われているとても深刻なゲームなのである。