人権の潮流
~人権擁護推進審議会の救済答申を受けて
人権擁護推進審議会(以下「審議会」)は、1999年9月以降1年8カ月にわたり人権救済施策を集中的に審議し、5月25日に「人権救済制度の在り方について」の最終答申を公表した。今回の救済答申を受けて、今年末からの通常国会で「人権委員会設置法」(仮称)の審議が始まる。来年前半に同法が成立し、2003年には人権委員会が新設される見通しである。救済答申の問題点を指摘しながら、立法化に向けた課題を考えてみたい。なお、審議会は人権擁護委員制度のありかたについて引き続き検討し、再度答申するものと思われるので、この点についても最後に触れたい。
人権侵害・差別を受けた当事者は、これまで地域や草の根の生活現場で、苦悩や抗議の声を上げてきた。しかし、政府は中央集権的で省庁割拠主義的な対応に終始し、当事者の声を聞いて実効的な救済サービスを提供してこなかった。
こうした現実を直視し、市民の視点に立った実効的な人権救済制度を確立するため、国会は、次の人権政策三原則を十分に踏まえ、人権委員会設置法等の審議にあたるべきである。
第一原則 総合性=「人権政策の策定・実施にあたっては、縦割り行政の弊害を排した総合的な取り組みを行うこと」
第二原則 当事者性=「当事者の視点に立った施策の推進、及び当事者自らによる問題解決に対する適切な支援を行うこと」
第三原則 地域性=「人権問題は原則として地域社会において解決されるべきであり、地域的な取り組みに対する支援に重点を置くこと」
答申は新たな人権委員会の必要性を提言し、同委員会は「簡易な救済」(簡易性・迅速性を重視した任意的手法)と「積極的救済」(実効性を重視した積極的手法)という二つの救済手法を用いることとした。後者は「調停」、「仲裁」とともに、「勧告・公表」、「訴訟援助」等を掲げ、これらを実施するため過料または罰金で担保された調査権限を人権委員会に与えることとしている。答申は、「積極的救済」手法は「一面で相手方や関係者の人権を制限するものでもある」ので、対象となる人権侵害の範囲を「できるだけ明確に定める必要がある」としている。しかし、答申はそのための具体的方策は示さなかった。
法定された人権侵害の定義がない状態で人権委員会に「積極的救済」手法を認めると、とくに私人間の人権侵害に関して、人権委員会による権限濫用や憲法31条が保障する「法の適正手続」侵害の危険性がある。したがって、国会は、人権委員会の設置とあわせて、人種差別撤廃条約など日本が批准・加入した人権諸条約、諸外国の差別禁止法、「国連・反人種差別モデル国内法」などを参照し、諸外国に見られるような差別禁止法(反差別法)を制定すべきである。
差別禁止法では、「差別禁止事由」(たとえば、人種、皮膚の色、性別、性的指向・性的自己認識、婚姻上の地位、家族構成、言語、宗教、政治的意見、民族的又は国民的出身、年齢、身体的・知的障害、精神的疾患、病原体の存在、遺伝子)と、「差別禁止分野」(たとえば、雇用・職場、教育、居住、医療、物品及びサービス提供、施設利用)という二つの視点から、人権侵害・差別を法的に定義する必要がある。国会にはこのような差別禁止法を制定する責務がある。
公権力による人権侵害にかかる救済に関して答申は消極的であった。国会は人権委員会設置法の審議において、人権委員会に以下の権限を持たせるものとすべきである。
1)拘禁・収容施設に対する無条件の抜き打ち的な立ち入り調査権限
2)拘禁・収容施設における処遇に関する是正勧告権
3)拘禁・収容施設における医療設備等の整備に関する勧告権
4)拘禁・収容施設における人員配置等に関する是正勧告権
5)拘禁・収容施設における設備や処遇実態に関する強制的調査権
6)警察官、刑務官、入管職員等の法執行官に対する人権教育プログラムを策定・実施する権限
真に政府から独立した人権委員会を創設するため、国会は人権委員会設置法に以下の点を盛り込むべきである。とくに、市民から信頼される人権救済制度を設計するには、地方分権化を踏まえた地方人権委員会の設置、人権委員会の多元的な職員体制の確立は必須である。
1)人権委員会は国家行政組織法第三条にもとづく行政委員会とし、これを内閣府に置く。
2)人権委員会は都道府県・政令市にも置き、地域密着型の組織とする。
3)人権委員会はジェンダー・バランスを確保し、各種マイノリティを含む多元的社会を反映できる委員構成とする。
4)人権委員会事務局は、次の「職員体制三原則」を踏まえた構成とする。
a.ノーリターン原則
委員会設置時に法務省等の行政省庁から移行する職員は、原則として元の所属省庁に戻ってはならない。
b.ハーフ・アンド・ハーフ原則
行政省庁等から委員会に移行ないし出向する職員は、常に定数の半数以下にとどめ、その他は地方公務員、弁護士、NGO・NPO等の人権活動経験者等から採用する。
c.ジェンダー・バランス原則
職員のジェンダー・バランスを確保する。
答申は人権委員会の人権政策提言機能についてあまり重視していない。歴史的・構造的な重大人権侵害事象を抜本的に解決するため、人権委員会は是非とも人権政策提言機能を持つべきである。旧ハンセン病患者に対する長年の構造的人権侵害状況に深く思いを寄せ、人権委員会に強い人権政策提言機能を持たせる方向で国会は審議すべきである。
審議会は今後、人権擁護委員制度のあり方を引き続き検討する。答申から伺えるのは、現行の人権擁護委員制度を基本的には維持し、人権委員会の新設や人権擁護局の同事務局への改編に伴い、同制度を若干修正するという対応である。しかし、審議会自体が認めるように、同制度は国民から十分に信頼されてこなかった。同制度には、若干の修正では改善できない構造的な問題が潜んでいる。したがって、次の「人権擁護委員制度改革三原則」を踏まえた「聖域を設けない」抜本的かつ大胆な改編が望まれる
a.現行の約14,000名の人権擁護委員を約6,000名に規模縮小し、これを「人権ソーシャルワーカー」に移行させる。
b.現行の委員の平均年齢60歳以上、圧倒的に男性優位の委員構成の実態を根本的に改め、ジェンダー・バランスが確保され、かつ平均年齢40歳台の人権ソーシャルワーカー体制を実現する。
c.人権ソーシャルワーカーは3か月間の人権研修を受けるものとし、これを有給化する。
(参照:人権フォーラム21のURL http://www.jca.apc.org/jhrf21/)