コラム・人権教育
東南アジア諸地域から集まって人権教育の授業計画づくりに共同で取り組んだ九日間
二〇〇一年六月十九日~二七日、フィリピンで開催されたライトショップ(ライティング・ワークショップ)には、カンボジア、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナムなどの教員、教育研究者、カリキュラム作成者、NGOワーカーなど二六人が集まった。そして参加者は人権カリキュラムの枠組みと授業計画を作った。
アセアン・ライトショップを開催しようという構想は、ヒューライツ大阪、インドネシア人権委員会、スラバヤ大学人権研究センターが、一九九九年に主催した「東南アジア地域パイロット教員トレーニング」のワークショップにおいて合意されたものである。このワークショップはインドネシアのバリで開催された。その当時、人権教育に関する授業計画を開発するライトショップを行ったことがあるのはフィリピンだけであった。そこでライトショップを開催し、アセアン諸国の教育活動家たちが、フィリピンの経験を共有する機会を持とうという提案がなされたのである。
二〇〇一年までにインドネシアとタイは様々な課題について、独自の人権授業計画を作成した。ベトナムは人権を取り上げる公民教育のモジュールの中に、別のモジュールを追加した。一方、マレーシアの人権委員会は、学校での人権教育教材を開発することに強い関心を示した。
つまりアセアン・ライトショップとは人権についての授業計画を書く研修であり、またその経験を共有する場であった。
このライトショップの目的は以下の通りであった。
一般的な目的
ライトショップは、アセアン諸国の学校向けに、人権に関する教授ガイドを開発することを目的としていた。参加者は、人権に関する基本的な概念と原則に焦点を当て、各国の文化・信念・慣習などの文脈に合わせた、初等・中等教育向けの教授ガイド案を作成することになっていた。この点に関しては、人権の普遍性の原則(人権は文化的多様性、人種的背景、民族的出身、地理的境界などを越える思想であること)が強調された。
ライトショップはまた、アセアン地域の人権教育活動家が、公教育の初等段階で人権を教える経験を共有する場となった。
具体的な目的
・ アセアン人権教育の展望(ビジョン)と使命(ミッション)を明確にする。
・ 基礎教育向けの、核となる人権概念を明らかにするため、人権の基準と原則を見直す。
・ 人権の概念を教材という形にしていくため、人権と東南アジアの文化とのつながりを見直す。
・ 人権の授業計画案を既存の教育課程につなげる方法について研修する。
・ 公教育の教育課程に人権を吹き込んでいくための、各種の戦略を明らかにする。
・ 課外活動やコミュニティに根ざした人権活動用のプログラムを明らかにする。
・ 人権教育のための東南アジア地域レベルでのロビー活動戦略に関する行動計画を準備する。
・ 東南アジアで学校における人権教育に関わる教育活動家のつながりを強化する。
このライトショップでは、主に以下のような内容のプログラムを実施した。
1. 人権教育プログラム、人権の原則、人権教育のアプローチ、戦略と方法論の見直しと、人権教育に向けたアセアンの展望(ビジョン)と使命(ミッション)の構想。
2. 人権教育教授ガイドの作成
3. 開発した教授ガイドを使った模擬授業
4. フォローアップ活動の計画
人権を既存の教育課程と統合するという考え方には、様々な解釈があることがこれまでにわかっている。たとえば人権の概念を公民教育の科目で取り上げつつ、個人の権利の実現よりも、自分の国に奉仕する義務を強調するというやり方がある。もう一方で、子どもの抱える問題という文脈で、人権を真っ正面から議論するというやり方がある。
そこでこのライトショップをより有意義なものにするため、以下の要素を考慮することになった。
a、 学校の教育課程はもうすでに決まっており、人権を独立した科目として取り入れる余地はないという前提がある。
b、 教育課程と教材を見直して、既存の教科分野の中で人権概念がどのように議論されているかを明らかにする必要がある。
c、 教材を開発するにあたっては、共通の枠組みを使う方が良い。それによって、開発された教材についての参加者の理解がよりよいものとなる。
d、 教材案は各国で試し、既存の教育課程に合っているかどうかを明らかにする。
ライトショップでは二種類の文書が起草された。一つは人権のカリキュラムの枠組みである。この枠組みは以下の要素で構成される。
a、 個人、コミュニティ、国、国際地域、国際的レベルで人々に様々な影響を与えている人権の課題
b、 教科ごと、学年段階ごとに教えられなければならない核となる価値観
c、 核となる価値観に関係のある人権概念
第二の文書は授業計画である。これには授業計画用の共通の書式を使った。この書式は、通常の授業計画の書式に則ってはいるが、その教科に人権概念を統合するための要素も追加してある。
起草された文書は全参加者に示され、教育活動家で構成されるパネルがコメントした。パネルのメンバーは、目的、教員用と生徒用の教材、教授の流れ、その中に含まれる核となる価値観と人権概念などを観察した。その後、パネルは一人ずつ各国チームの担当となり、授業計画をよりよいものにするための手助けをした。
人権教育課程の枠組みと授業計画が一つできた後、参加者は教育課程の他の教科用の授業計画を作った。各国チームは最終的に八つの授業計画を作るよう指示された。しかしながら時間の制約もあり、八つの授業計画ができないチームもあった。ライトショップが終わった段階で三十九の授業計画ができた。
これらの授業計画はまだ案の段階である。そして各国で検討、修正、試行が行われることになっている。八つの授業計画ができていないチームはライトショップの後に残りを提出することになっている。
参加者が生徒や教師と交流するための一つの方法として、マニラの初等・中等学校で模擬授業を行った。各国チームの中には、模擬授業用に授業計画を用意したところもある。
最初は言葉についての不安があった。参加者は、自分たちのアクセントのある英語が通じないのではないかと心配した。しかし模擬授業を実際にやってみると、生徒たちは、実によく参加者と交流した。言葉は問題にはならなかった。
すべての参加者が模擬授業を経験できたことを感謝した。そして生徒たちが人権を熱心に議論することがわかって、うれしく思った。そして人権は、生徒にとって新しいテーマではないことを実感した。
これに参加した学校(オウロラ・ケソン小学校とマニラ科学高等学校)は設備も優れた「名門」の公立学校である。生徒たちは利発で、参加者ともすぐに交流することができた。次の課題は、それほど「名門」ではなく「普通」の、あるいは「恵まれていない」生徒が通う学校において授業計画を試行することだ。
ライトショップの実施報告はヒューライツ大阪がシリーズで発行している「アジアの学校における人権教育」第5巻で報告する予定である(二〇〇二年三月発行予定)。ここには、ライトショップで開発した人権教授ガイドもいくつか含まれるであろう。
またこれとは別に、人権教授ガイドを編集したものも出版する予定である(二〇〇二年十月頃)。この出版物は、このプロジェクトのフォローアップ活動で使用するものだ。
フィリピン教育・文化・スポーツ省、フィリピン人権委員会、アジア太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)がこのワークショップを共催した。また、制度的および法的発展のための東南アジア基金(カナダ国際開発援助プログラム)、フィリピン教育・文化・スポーツ省、ヒューライツ大阪が資金を提供した。
(翻訳:園崎寿子)