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国際人権ひろば No.40(2001年11月発行号)

現代国際人権考

ふたつのテロとふたつの幸せ

窪 誠(くぼ まこと)
大阪産業大学経済学部助教授・ヒューライツ大阪企画運営委員

 去る九月十一日、アメリカで民間航空機がハイジャックされ、貿易センタービル、国防総省に突入し、五千人あまりの人々が命を失うテロ事件がありました。アメリカ政府はテロに対する戦争を宣言し、オサマ・ビンラディンという人を犯人と断定しました。ところが、その証拠はアメリカ国民にも知らされていません。そして、事件からほぼ一ヵ月後の一〇月八日、アフガニスタンのタリバン政権がこの人物を匿っているという理由で、世界で最も裕福な国アメリカが、最貧国のひとつであるアフガニスタンを、世界最新鋭の武器で攻撃し始めました。そのため数多くの人々が命を家を生活を奪われています。

 アメリカで多くの命を奪った行為はまちがいなく残虐なテロ行為です。だからこそ、ルールにそった正しい措置によって問題を解決しなくてはなりません。国際社会には国際法というルールがあります。国際連合という世界の平和と安全のための組織も存在します。しかもアメリカは、その創設の中心的担い手であり、安全保障理事会の常任理事国という、特権的な地位と権限を握っている国なのです。つまり、国際的なルール作りと運用の中心なのです。このルールは、武力の使用は一国の判断にまかせず、国連が決定するというものです。にもかかわらず、アメリカは国連のルールを通じて問題解決を図ることを拒否して、自分の判断だけでアフガニスタンを攻撃しました。自分たちが決めた国連のルールにアメリカ政府は自ら違反したのです。さらに一九九八年には、今回のような国際犯罪を処罰するための国際刑事裁判所(ICC)を設立する条約ができているのです。ところが、アメリカそして日本の政府も、このルールを受け入れようとしませんでした。ルールに従わない武力行使は、それ自体テロと呼ばれてもしかたありません。テロに対してテロで対抗しているのです。

 ルールを無視して「やられたからやりかえせ」と叫び、罪のない人々の命を奪うやり方には、世界の多くの人々が反対しています。とりわけ、学校の先生方が困っています。「命を大切にしなさい」「力で物事を解決しようとするのは最低の人間がやることです」と教えている先生が、アメリカ政府とそれに追随する日本を含めた多くの国の政府の態度を見て失望しています。ところが、そうした態度が「テロに対する自由の戦い」として報道されています。これが誤りであることは明白です。なぜなら、犯人とされるビンラディンにかつて武器と金を与えてテロ活動を支援していたのはアメリカ政府自身なのです。また、「これは西欧文明とイスラム文明の衝突だ」という説明もされています。これも誤りです。西欧には多くのイスラム教徒が生活していますし、イスラム諸国にも多くのキリスト教徒が生活しています。つまり、宗教が違ってもいっしょに生活しているからです。むしろ、「イスラムに対する新たな十字軍の戦い」を呼びかけるアメリカ大統領の発言によって、両者の間に深い憎悪を新たに世界規模でかき立てることになってしまったのです。

 それでは問題の本質はどこにあるのでしょうか。それは、さまざまな口実によって人々を戦わせて利益を得る人々がいるということです。イラン・イラク戦争でアメリカ政府は両国に大量の武器を売りました。その後、湾岸戦争でイラク攻撃に大量の武器を消費しました。かつてアメリカ政府はタリバンやビンラディンに大量の武器を供給し、今はさらに新しい武器で彼らを攻撃しています。日本政府もイージス艦という戦艦の派遣を検討していますが、これもアメリカ製です。アメリカの国民も日本の国民も軍事費増大のために税金を払いながら、防衛機密という理由でその具体的な使い道は知らされません。さらに同じ理由で個人の基本的人権と自由が制限されます。こうして国民が知らないうちに国民のお金で多くの人々の命と人権が奪われ、一部の人が潤うのです。

 幸せには「結ぶ幸せ」と「切る幸せ」のふたつがあります。前者は「あなたが幸せだから私も幸せ」と感じるものです。後者は「あなたが不幸だから私は幸せ」と感じるものです。誰でも両方の心をもっていますが、多くの人は前者をより大切にしようと思っています。ところが、後者には、つねに敵を作って敵をやっつけることで自分の幸せを感じる人々がいます。この夏話題になった映画に「パールハーバー」と「千と千尋の神隠し」があります。前者はふたつのテロと同じく、自分だけがいつも正義で相手は敵と決めつけて、相手を倒して喜ぶ話です。後者は、同じ宮崎駿監督による「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」といった作品と同じく、最初は敵であり恐ろしいと思っていた相手と次第にうちとけて最後にいっしょに喜びを分かち合う話です。人々の間に「切る幸せ」を広げて、互いに殺し合いをさせ、つねに両方から利益を得る人がいます。ふたつのテロは、「結ぶ幸せ」を選ぶ勇気を持たなくてはならないことを私たちに教えているのです。