人権の潮流
~国連反人種主義・差別撤廃世界会議の成果文書の概要
2001年8月31日から9月8日にかけて行われた国連反人種主義・差別撤廃世界会議およびNGOフォーラムに関して、No.39と40のニュースレターで報告してきた。今回は、政府間会議で採択された宣言と行動計画の概要を報告する。
まずはじめに、政府間会議で採択されたはずの宣言と行動計画は、対立と混乱に見舞われた世界会議を象徴するかのように、2001年の年末まで「編集中」となっていた。国連情報筋によれば、国連総会での採択を前にして、植民地支配と奴隷制の問題について言及した段落を宣言と行動計画のどちらに位置づけるかでもめていたらしい。2002年があけてようやく確定版が公開された。
「人種主義、人種差別、外国人排斥、および関連する不寛容に反対する世界会議」(会議の正式名称)は、非常に幅の広い差別問題を対象とした上に、植民地支配と奴隷制の問題やパレスチナ問題などの争点を含んでいた。しかし様々な困難にもかかわらず、コンセンサス(合意)としての宣言と行動計画をどうにか採択するに至った。もちろん開催期間が限られていたために最後には時間切れによる議題の削ぎ落としがあったのも確かである。
政府間会議の議論の主役は各国政府の代表である。国連広報によると、今回の会議には170カ国から約2,500人の政府代表が集ったとされている。そして、国連機関、専門機関、NGOが意見を述べる機会をもった。多様なテーマに関わる多数のNGOが政府代表に対してロビー活動を行った。NGOは4,000人が参加したとされている。全体会では参加機関の代表が演説をし、宣言と行動計画はそれぞれ別の場所で並行して審議された。
NGOフォーラムの宣言および行動計画には、差別の現実に苦しむ被害者の声や、差別と闘う民衆の訴えが強く反映されている。それとは対照的に政府間会議の文書はいわば政府間で妥協できる「最大公約数」の文書といえる。また、利害や思惑、駆け引きもその審議において頻繁に顔を出した。
宣言と行動計画は事前の準備段階ですでにその草案が作られており、これは約2年間に渡る準備期間に行われた専門家セミナーや地域準備会議などの結果を反映させたものである。
宣言と行動計画はともに、1)人種差別の原因、形態、2)被害者、3)予防、教育、保護、4)効果的救済、補償、5)国際協調、という枠組みからなる。確定された文書を見ると、宣言が122段落、行動計画は219段落から成っている。実際の審議では、特に、差別の被害者を特定する際や、その救済や補償を具体的にどう進めていくのか議論する際に、各国政府の利害と思惑が前面にでた。議論されたテーマは多いが、紙面の都合で、いくつかを下記のようにまとめてみた。
■ 植民地支配と奴隷制
アフリカ諸国やカリブ諸国は、今もなお存在する人種差別が過去の植民地支配や奴隷制の負の遺産であり、今日のグローバル化の中での貧困や経済格差ともつながるものだと訴えた。
採択された宣言と行動計画では、アフリカやアジアの人々、先住民族が植民地支配の犠牲者であると認識し、奴隷制については「人道に対する罪」であると認めた。しかし、特にEU(欧州連合)諸国の抵抗もあり、金銭的な補償にまでは踏み込まなかった。
しかし、国連による会議において植民地支配と奴隷制が今回はじめて議論された意義は大きい。
■ パレスチナ問題
2000年後半からますます深刻化するパレスチナ紛争がまさに進行中のなかで、世界会議でもアラブ諸国などによってこの問題が取り上げられ、イスラエルなどと対立した。イスラエルを名指しで批判する文書案に抗議して、イスラエルとアメリカは途中で会議から撤退した。
採択された宣言では、「外国の占領下にあるパレスチナ人の苦しみを憂慮し、パレスチナ人の自決権と独立国家の建設について奪うことのできない権利を認識する」とし、暴力の集結と和平交渉の再開を求めた。
■ 職業と世系(門地)に基づく差別
インド、ネパールなど南アジアにおけるカースト差別や日本の部落差別など、「職業と世系(門地)に基づく差別」は、アフリカにも見られ、全世界で2億5000万人もの被差別者がいるといわれる。政府間会議では、インド政府がこの差別を議題にすることに強く反対し、最終的に、宣言や行動計画にはこの問題は盛り込まれなかった。
NGOの国際的なネットワークでは、その結果を残念に思う一方、一定のアピールができたことや協力した政府もあったことをふまえて未来志向で今後の行動を展望している。
■ 先住民族に対する差別
政府間会議の宣言と行動計画では、先住民族は人種主義の主な被害者であると確認されたものの、NGOが強く反対したにもかかわらず採択されてしまった段落があった。それは「『先住民族』という言葉が国際法上の権利について示唆するとは解釈されない」と断ったものである。これは、先住民族がこれまで積み上げてきた国際法における「自決権(自己決定権)」の承認という課題の前途に暗い影を落とした。
■ 移住者に対する差別
グローバル化の動きの中で起こっている移住者への差別、不平等について、各々の国家が責任を持つべきであると確認された。また、「移住者(migrant)」の中に、移住労働者だけでなくその家族も含まれることが確認され、家族結合を容易にすること、さらには家事労働者など女性の移住者への差別や虐待に特別の注意を払うことも求められた。
■ 複合差別
近年、認識が高まっている「複合差別」については、この世界会議においても、ジェンダー(社会的性差)と人種主義が二重、三重に女性を抑圧し差別しているという視点が反映され、宣言や行動計画の随所に盛り込まれた。
■ 人権教育
行動計画では、歴史教科書をはじめとする教材の開発や教員研修をしっかりと行い、人権を尊重し、人種差別と闘っていくことを推進する人権教育を促している。また、法執行官をはじめとする公務員に対する人権教育の実施も求めた。
■ インターネット
行動計画では、インターネット上での人種主義的な思想の発信、憎悪や差別の煽動を防ぐために、表現の自由を保障した上で、具体的な行動規範を策定することや自己規制の手段を確立することをプロバイダーに対して求めている。また、情報格差をなくすためにインターネットへのアクセスをより多くの人々に広げることも求めている。
■ グローバル化
グローバル化の差別的な影響への対抗措置、先住民族の知的財産権の保護、資源の不平等な分配の是正、企業の社会的責任を高める必要性などの課題を挙げたNGOフォーラムの宣言と比べて、政府間会議の宣言や行動計画ではグローバル化の課題はわずかしか述べられていない。
「採択された文書は実行されなければ意味がない」とロビンソン国連人権高等弁務官も述べているように、今後、政府や市民社会が宣言と行動計画をどう活かし行動をおこしていくかが重要になる。日本に当てはめれば、在日韓国・朝鮮人や移住者、難民をはじめとする外国人住民、アイヌ民族、沖縄出身者、被差別部落出身者などのマイノリティに対する差別や、ジェンダー差別の撤廃、人権教育・啓発の推進、差別禁止法の制定、政府から独立した国内人権機関の設立、国連条約監視機関による勧告の実行、戦後補償問題の適切な処理などに真剣に取り組むことが日本政府に求められている。
また、NGOを含む市民社会は政府や国際機関の取り組みを監視し、促し、差別に反対する取り組みに力を合わせて行動していくことが求められている。
注:反人種主義・差別撤廃世界会議に関わってきたNGOグループは、成果文書であるNGOフォーラムの宣言と行動計画、そして政府間会議の宣言と行動計画を協力して日本語に翻訳しています。ヒューライツ大阪では、完成後はホームページ等で公開する予定です。