特集
これまで多国籍企業というと「人権抑圧、環境破壊」の象徴のように語られていたが、世界各地の市民による反グローバリゼーション運動の影響を受けて、ナイキやシェルなどが示したように多国籍企業は「人権擁護、環境保護」の方向に経営の方針を転換させるようになった。今日では、コミュニティにおける企業市民(corporate citizen)の観点から企業が人権問題に取り組むことはもはや例外的な事項ではなくなっている。本稿では、企業の営業、労務、マーケティング、生産委託、海外投資といった活動分野においてどのような人権問題が生じているかについて検討していくことにする。
(1) カリフォルニア州住友銀行の融資差別問題*1
1996年、住友銀行(現三井住友銀行)の米国子会社、カリフォルニア州住友銀行が黒人およびヒスパニック系の住民に対し融資業務などで差別をしており、連邦地域再投資法(CRA)に反するとして人権擁護団体が当局に苦情を申し立てた。米国においてアジア系以外のマイノリティへの融資件数が少ない日系の銀行に対して不満が生じていた。ただし近年では米国富士銀行の例に見られるように、低所得者居住地域への低金利融資や住宅修理を行うなど積極的な地域貢献によって、日系企業もコミュニティからの信認を得るようになっている。
(2)小樽市の民間温泉施設における外国人入浴拒否問題*2
国内では2000年、北海道小樽市の民間温泉施設がロシア人など一部の外国人利用者のマナー違反を理由として「Japanese Only(外国人お断り)」の看板を掲げたことが人種差別として社会問題となった。2001年には差別を受けたとするアメリカ人が人種差別撤廃条約(日本は1995年に加入)に反するとして、温泉施設および是正措置をとらなかった小樽市を相手取った訴訟を起こすに至っている。
(1)コカ・コーラの人種差別訴訟*3
1999年、黒人従業員が賃金・昇進条件で差別的待遇を受けたとしてコカ・コーラを集団で訴えた。不買運動や抗議デモも引き起こされたが、一方でコカ・コーラはマイノリティ支援プログラムを実施し、マイノリティの納入業者との取引を増やすなどの対策を行った。米国企業において性、人種の多様性(diversity)について配慮することは重要な経営課題になっている。
(2)日本航空の障害者雇用問題*4
国内では、法定の障害者雇用率1.8%を下回る1.29%(99年)の達成率であった日本航空に対し、低い雇用率の代償として国に納められた雇用納付金の返還を求めて株主グループ「株主オンブズマン」が株主代表訴訟を起こした。2001年、日本航空は和解に応じ2010年までに法定雇用率を達成するよう努力することなどを約束している。
(1)米国トヨタの黒人広告*5
2001年、米国トヨタのスポーツタイプ車RAV4の宣伝に用いられた広告が、黒人の若者をステレオタイプ化し人種差別的として問題になった。同社はかねてよりマイノリティとの取引を増やす努力を行ってきたが、不買運動の回避のため、さらに総額80億ドルにのぼるマイノリティの雇用・取引拡大の対策を実施することを発表している。
(2)ベネトンの死刑囚広告*6
衣料ブランドのベネトンは、これまで人種差別や戦争、エイズ、宗教的タブーなど社会的問題をとりあげた広告キャンペーンで多くの論争を巻き起こしてきた。2000年、米国の死刑制度を取り上げ死刑囚をモデルにしたカタログやビデオクリップを制作したが、遺族の感情を逆撫でする、死刑囚を商売の道具にしているなどとして非難が集中した。小売業のシアーズは理念に反するとしてベネトンとの販売契約を解消した。
(1)ナイキのスウェット・ショップ問題*7
1997年、ナイキが委託するベトナムなど東南アジアの下請工場で、強制労働、児童労働、低賃金労働、長時間労働、セクシャルハラスメントの問題があることが暴露され、こうしたスウェット・ショップ(搾取工場)と取引するナイキに対して米国を中心にインターネットを通じた反対キャンペーンが起き、ナイキ製品の不買運動、訴訟問題にまで発展した。
(2)フィリピン・トヨタの労働争議*8
2001年、フィリピン・トヨタで低賃金に抗議する従業員がストに突入したが、経営側は従業員を解雇し、団体交渉権を求める労働組合の委員長らが来日してトヨタ本社前で抗議デモを行うなど、労使の対立が続いている。インドネシアの工場でも同様の問題が起こっているとされ、トヨタが東南アジアの民主化の流れをどのように理解し具体的な措置をとるかが問われている。
(1)リーバイ・ストラウスと中国市場*9
衣料ブランドのリーバイ・ストラウスは1989年、中国で民主化要求の学生デモを弾圧した天安門事件が起こったとき、ビジネスよりも人権への配慮を優先し中国市場から撤退すべきか否か判断に迫られた。リーバイ・ストラウスが最終的に下した結論は、中国において事業展開を縮小し追加的な投資は控えるというものであった。
(2)スズキ自動車のミャンマー投資*10
1999年、スズキ自動車が民主化運動の弾圧などで国際的に非難されているミャンマー(ビルマ)政府と合弁事業を立ち上げたことが米国内で問題になった。ビルマ自由連合などのNGOやトリリアム・アセット・マネジメントのような社会派投資信託会社は、世界各地のディーラー前で抗議デモを行ったり経営政策の変更を迫ったりしてスズキ自動車に対する反対キャンペーンを展開した。
人権擁護団体などNGOのボイコット(不買)運動の圧力や、株主グループや社会派投資信託による経営圧力などによって、企業は企業市民(corporate citizen)としての責務を果たし人権に配慮することが求められるようになった。さらに近年では、世界の若い人権活動家を表彰するリーボックの人権賞や、NGOに対してデジタル編集機材を提供するソニーの貢献活動に見られるように、企業が積極的に人権状況の改善に努めるという動きもある。コミュニティとの結びつきを深める中で、企業は社会変革の担い手としても期待され始めている。
(注)
*1 柴田健男『地域再投資法入門』日本太平洋資料ネットワーク、1997年
斎藤槙『企業評価の新しいモノサシ』生産性出版、2000年
*2 朝日新聞(2001年2月2日)
*3 日本経済新聞(2000年4月24日)、日経産業新聞(2000年5月18日)
*4 朝日新聞(2001年5月17日夕刊)
*5 読売新聞(2001年5月25日)
日本太平洋資料ネットワーク『アメリカの新聞に見る人権問題とNPO』2001年9月号
*6 AP Network News(2000年2月17日)
TBS『CBSドキュメント』(2000年度放映)
*7 斎藤槙『企業評価の新しいモノサシ』生産性出版、2000年
*8 中日新聞(2001年12月13 日)
*9 ジョエル・マコワー他(下村満子監訳)『社会貢献型経営ノすすめ』シュプリンガー・フェアラーク東京、1997年
*10 斎藤槙『企業評価の新しいモノサシ』生産性出版、2000年