人権の潮流
「国際人権」はまだまだなじみの薄い言葉である。『国際人権ー知る・調べる・考える』(山崎公士著、解放出版社刊、1997)では、「『国際的人権保障』一般のことを『国際人権』という。国際的人権保障とは、国際的に守るべきものとして承認される人権基準(国際人権基準)を設定し、これを国際レベルと国内レベルの双方で実現(実施)することである。」としている。高校の教科書では「国際人権」はどのように記述されているのだろうか。
現行の高校「現代社会」教科書17冊について、世界人権宣言や国際人権規約などの国際人権法と、国際人権の象徴的事象としてアパルトヘイトの廃止に関する記述について検討した。
*文中の<>内の数字は引用した教科書の番号である。最後に教科書の一覧を載せた。
「現代社会」の学習指導要領の内容は、【(1)現代社会における人間と文化、(2)環境と人間生活、(3)現代の政治・経済と人間、(4)国際社会と人類の課題】と多岐にわたっている。また、その内容の取り扱いについては、「細かな事象や高度な事項・事柄には深入りしないこと」とあり、広く浅く学ぶ科目として設定している。
なお、現在、高校では、「現代社会」は必修科目ではないので、高校生全員が「現代社会」の教科書を使用して学んでいるわけではない。
世界人権宣言など国際人権に関する記述が見られるのは、大きく分けて2カ所である。1つは、上記指導要領(3)の中の日本国憲法の基本的人権に関連して記述がある(17冊中16冊、以下冊数のみを記す)。もう一カ所は、(4)国際社会と人類の課題の中である(14冊)。
また、この2カ所のようにまとまった記述部分以外に、経済分野の記述の中で男女雇用機会均等法を取り上げ、女性差別撤廃条約との関連を述べている場合(3冊)や、「民主社会の倫理」という項目中に世界人権宣言などを記述している(6冊)。国際人権に関する事項をテーマ学習(名称は"トピック"等、教科書によって様々である。ここでは現在の社会的関心事項を1ページまたは2ページを使って特集しているものを対象とした)として取り上げている教科書もある(8冊)。
テーマ学習のタイトルは、「平和と人権の課題とは」<3>、「アパルトヘイトはやぶれた-南アフリカの夜明け」<4>、「先住民の権利と国際的人権保障」<4>、「外国人労働者と日本」<5>、「国連の活動-平和の維持と人権保障の取り組み」<6>、「未来を担う子どもたち」<12>、「内なる国際化」<13>、などである。
世界人権宣言と国際人権規約はすべての教科書の索引にある。従って、本文中に記述がある。世界人権宣言については、宣言文を、一部抜粋を含め脚注や巻末資料に載せている教科書が大半(15冊)である。世界人権宣言の意義について、「国際的な人権保障の理念と基準を示したもの」<7>、「人権が世界で守られなければならない権利であることを宣言」<8>、等の説明があるものが11冊であった。世界人権宣言の意義を直接説明していない6冊では、「人権はひとつの国の政府と国民の間の問題にとどまらず、どこにおいてもだれに対してでも、守られなければならないもの」<1>、「国内の少数民族や反体制派に対する差別・弾圧が国際的な非難と制裁の対象にされるなど、現代では人権保障は国際的課題」<12、13>、から「人類的な見地からも人権保障がひろがってきている」<5>、まで表現は異なるが、人権の国際的保障について述べ、その続きに世界人権宣言を紹介している。また、人権の国際的保障という考え方の歴史的背景として、「第二次世界大戦のときのファシズムによる自由と人権の抑圧、並びに戦争の惨禍に対する反省から、国際的にも人権を保障する必要があることを痛感」<14>、と同様の記述が9冊にある。
国際人権規約については、「世界人権宣言をより具体化し、各国の実施を義務づけるために、法的拘束力を持つ」<15>、と同様に、法的拘束力をもつことについて言及した記述が15冊にある。
「子ども(児童)の権利条約」はすべての教科書の索引にある。「女性差別撤廃条約」は15冊、「人種差別撤廃条約」は7冊、「難民の地位に関する条約」は2冊である。この4つの条約名すべてが索引に載っているものはない。
国内法との関連に言及している教科書(10冊)のすべてが、女性差別撤廃条約と男女雇用機会均等法制定を取り上げ、「こうした条約を批准するためには、国内の法律を条約内容と矛盾しないものにしていく必要がある。女子差別撤廃条約をはじめとする国際的な動きの中で男女雇用機会均等法が制定されたのはこうした背景によるものであった。」<2>、等の記述がある。また、同条約と国籍法改正(4冊)、同条約と男女家庭科共修(1冊)となっている。
「アパルトヘイト」が索引にあるのは13冊である。「人権をふみにじることは国内の批判を招くのみならず、世界的な批判を招くことになる。南アフリカ共和国のアパルトヘイトも人権蹂躙の批判を受け、ついにその幕を閉じた」<1>、「国連では反アパルトヘイト決議が何回も採択され、経済制裁も行われた」<2>、「欧米・北欧諸国などが南アフリカ共和国に対して経済制裁などを続け、解放運動を国際的に支援した」<13>、等具体的なものから、「国際世論によって」<3>、という簡単な記述も含め、アパルトヘイト廃止について人権の国際的保障の視点から説明しているのが10冊である。
以上、国際人権に関する基礎的な事項について、代表的な記述を含めて取り上げた。
教科書によって、記述の量、詳細さともに異なり、規約人権委員会や個人通報制度を説明している教科書②もあれば、簡略な教科書もあった。
世界人権宣言と国際人権規約は、すべての教科書に記載され、比較的詳細な説明を加えている教科書が多い。しかし、それが現実としてどのような意味をもっているのか、人権を国際的に保障するとは具体的にどういう動きなのかはつかみにくい。「現代社会」は広く浅く学ぶ教科であるが、教科書の索引に「南北問題」(15冊)や「累積債務(問題)」(13冊)、「難民(問題)」(13冊)、「アムネスティ・インターナショナル」(9冊)があるように、現代社会が抱える様々な課題が載っている。ここで挙げたアパルトヘイトの廃止や男女雇用機会均等法のような具体的事例を含め、国内外の課題について、人権の国際的保障という視点から捉えてみることが、国際人権を理解する上で重要だと感じる。
なお、17冊すべての教科書で、「国際人権」という語は使用していなかった。記述のあるページの小見出しは「人権の国際的保障」等であり、本文を含め、人権・国際・保障の3つの語句を組み合わせた表現が最も多かった。広辞苑にも「国際人権」の語はなく、一般的にも「国際人権」の語だけで説明するよりも、「人権の国際的保障」のような表現を加える方がわかりやすいと思われる。
*現行の高等学校現代社会教科書一覧
<1>「新訂 現代社会」(東京書籍)
<2>「現代社会 -未来を見つめて-」(東京書籍)
<3>「現代社会 新訂版」(実教出版)
<4>「高校現代社会」(実教出版)
<5>「現代社会21」(三省堂)
<6>「新版 現代社会」(教育出版)
<7>「高等学校 新現代社会 改訂版」(清水書院)
<8>「高校生の現代社会 -地球市民として生きる- 最新版」(帝国書院)
<9>「現代社会 改訂版」(山川出版)
<10>「改訂版 高等学校 現代社会」(数研出版)
<11>「高等学校 精解 現代社会」(数研出版)
<12>「新版高校現代社会」(一橋出版)
<13>「新高校現代社会」(一橋出版)
<14>「高等学校 改訂版 現代社会」(第一学習社)
<15>「高等学校 新訂現代社会」(第一学習社)
<16>「現代社会」(東京学習出版社)
<17>「新現代社会」(桐原書店)