世界の人権教育
毎年開催される国連の人権委員会(以下、委員会)の会議は非常に重要な人権活動と考えられている。委員会の審議は、中国やキューバなどの特定の国を非難する国連決議に関する報道を通して定期的に外信で取り上げられている。しかし、そのために報道機関は、他の多くの問題を見落としてしまっている。委員会についてのこのような報道はそこで審議されている他の問題にとって不公平であり、人権問題を政治化してしまうことにつながる。
中国政府をはじめとするアジアのいくつかの国は、自国(非難する側の国)には人権問題がないかのように他国の人権問題を名指しで告発している米国などの国を非難することによって、この問題を強調している。確かに特定の国の人権状況を審議することは委員会の議題の一部である。これは国家レベルにおいて人権を保護するための国際的に必要な手段である。しかし報道機関が一部の問題を報じ、他の問題を無視するという状況のために人々は委員会で審議されていることの価値を十分知らないでいる。
委員会は毎年3月から4月にかけて6週間の会期で開催される。ジュネーブの快適な春の気候はパレ・デ・ナシオン(国連ヨーロッパ本部)の一画で行われている審議の雰囲気には反映されていない。審議では人権に関するほぼあらゆる問題が取り上げられ、特定の国の重大な人権問題に関する言及からグローバルな人権問題に対して具体的な措置をとることを決定するようなものまで幅広い決議を採択する。また、個別の問題に関するワーキング・グループが会期前と会期中に開催されている。
第58会期人権委員会は、2002年3月18日から4月26日に開催された。今年の会期は通常と異なっていたといわれる。会議の午後6時以降の延長が廃止されたことと、イスラエル・パレスチナ問題に関する討議が延びたことによって20の議題が並ぶ長いリストを討議する十分な時間がなくなってしまった。
会期に出席するアジア諸国の政府代表の中には違う見方もあった。ある外交官はユニークな会期だと言い、また別の外交官はすべての議題が時間内に取り上げられるだろうと述べた。またどうなってもかまわないと言った外交官もいた。
この状況に影響を受けた重要な問題の一つに人権教育がある。人権委員会は人権教育だけを取り上げる特定の議題を設定していない。人権教育は国際人権条約の状況、人権擁護者、科学と環境など他の問題をカバーする第17号の議題に含まれる。人権教育に関する個別の議題がないということ自体、取り上げられなければならない問題である。
今会期の委員会では、議題17〇c(情報および教育)は審議が遅れてしまい、会期残り3日になってその他に残った議題とあわせて討論された。このような制限にも関わらず、今会期には人権教育の議論を支えようという賞賛すべき努力が見られた。
いくつかのNGOが集まり、委員会に対して人権教育に関する特別報告者を任命するなどの一連の措置を求めるキャンペーンを開始した。この特別報告者は、各国政府が「人権教育のための国連10年」のもとの約束事をどのように実施しているかをモニターし、人権教育プログラムを開発・実施する政府の能力をどのように改善するかを検討するなどのいくつかの任務を負うというもの。
そのほか、人権教育に関する任意の基金の設立、いくつかの人権教育問題に関するワークショップの設置、人権条約機関に提出される政府報告に人権教育の問題を含めることや「国連10年」の終了とそのフォローアップを検討するための「専門家」ワークショップの設置などが提案されている。
一方、コスタリカをはじめとする6カ国は「国連10年」を支持する決議案を提出した。この決議は各国政府に国内人権教育委員会を設置し、国内の行動計画を策定し、人権教育を実施しているNGOを支援するなどによって「国連10年」行動計画の実施の支持を促進することに焦点を当てている。また同案は国連人権高等弁務官事務所に、草の根レベルの人権教育活動、人権教育教材の収集、人権教育プログラムの開発および実施のための政府への技術支援などに対する小額の資金を提供するコミュニティ支援(Assisting Communities Together )プロジェクトなどを含む人権教育活動を継続して実施するよう求め、促進しようとするもの。
この決議案は、人権教育に関する特別報告者の任命は直接提案せず、特別報告者を任命する構想を検討することや、「国連10年」のフォローアップ活動、人権教育に関する任意基金の設立およびいくつかの問題に関する会期間ワークショップの設置などの構想について検討する独立専門家の任命を求めている。
2002年4月25日付の国連プレス・リリースによると、委員会は人権高等弁務官事務所に「国連10年」のフォローアップ活動について調査することを求める決議を採択した。
会期中、ジュネーブに事務所を持ついくつかのNGOのグループが人権教育および他の課題に関するランチ・タイム・パネル・ディスカッションを開催した。討論は人権教育と、教育の権利、宗教間対話、人種主義と差別との闘い、発展の権利などの問題を結びつけた議題に関して行われた。パネリストには国連機関、政府およびNGOの代表などが参加した。
最後に行われた人権教育と発展の権利に関するパネル・ディスカッション(2002年4月18日開催)には発展の権利に関する国連ワーキング・グループの議長、世界銀行ジュネーブ特別代表、国連開発計画の人権担当アドバイザーおよびヒューライツ大阪の私が参加した。司会は人権夏期大学(Summer University on Human Rights)の所長が行った。この一連のパネル・ディスカッションは、創価学会インタナショナル(SGI)のイニシアティブのもとに、反差別国際運動(IMADR)、教育の自由発展のための組織(OIDEL)、パックス・ロマーナ、人権夏期大学および在ジュネーブ・コスタリカ政府代表部の共催で行われた。
NGOおよび政府代表から委員会に提出された提案の趣旨は、「国連10年」のもとで開発されたプログラムを持続させることにある。「国連10年」行動計画を実施していない国は多い。同時に人権高等弁務官事務所が実施する技術支援プロジェクトなど進行中のプログラムもある。
今から3年後に「国連10年」は終了するが、これは国連が行ってきた人権教育に対する支援の終了を意味することになるかもしれない。
このような懸念が、人権教育を国連制度のメインストリームに取り込もうとする提案の背景にある。具体的には国連専門機関に人権教育プログラムを採択するようにし、政府が人権条約機関に提出する報告に人権教育に関する情報を含めるよう提案は求めている。
「国連10年」の終了とともに、人権高等弁務官事務所では実施すべき国際的に合意された行動計画と予算がなくなることになり、人権教育のプログラムが終了するかもしれない。
従って問題は「国連10年」のもとのプログラムを維持するためには最もよい手段は何かというところに行き着く。
いくつかのアイディアが主にジュネーブにいる人々から出された。一つは「第二次国連10年」を提案することであり、もう一つは特別報告者の任命である。フォローアップのための措置を調査する独立専門家はまたもう一つのアイディアである。
今会期では最初のアイディアは最終的にNGOにも政府代表にも受け入れられなかった。戦略的にそのような提案は「国連10年」が失敗であったかのような見方を与えるのではないかという懸念があったからである。従ってNGOや政府案はそれぞれ特別報告者と独立専門家のアイディアを取り上げたのである。
(訳:岡田 仁子・ヒューライツ大阪研究員)
(注:4月17日から19日にかけて、ヒューライツ大阪のジェファーソン・プランティリアと岡田仁子は、ジュネーブでの国連人権委員会の審議を傍聴するとともに、国連機関や国際NGOの担当者と情報交換を行いました。)