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国際人権ひろば No.43(2002年05月発行号)

特集:人権委員会を検証する Part 2

動きはじめた韓国人権委員会

金 東勲 (キム ドンフン)
龍谷大学教授・ヒューライツ大阪顧問

 人権の擁護と差別の防止、そして被害者もしくは犠牲者の救済を目的とする国家人権委員会法が制定されて一年を迎えた。同法の施行に伴い01年11月に設立された人権委員会は、その機能遂行に必要な準備体制を整え、今年に入ってから被害者の救済活動をはじめている。

 筆者は別稿(『部落解放研究』第143号、編集発行・部落解放・人権研究所)で、同法の日本語訳とその内容ならびに意義を吟味した。そして02年4月のはじめには、ソウル市の中心部に所在する韓国人権委員会を訪問し、旧知のひとりで常任委員として活躍している朴庚緒(パク キョンソ)氏にお逢いして、同委員会の実状について話し合い、資料を入手する機会を持った。

 この小文は、この訪問によって入手した情報と資料に基づき、人権委員会発足4ヵ月後の2月になってほぼ確保できた機能遂行に必要な諸条件と体制、および国家人権委員会法の実施と委員会の運営ならびに救済に関する細則を紹介し、まだ4ヵ月足らずではあるが、委員会に寄せられた被害の陳情と内容について簡略に触れることにしたい。

人権委員会の組織と職員体制

 「人権委員会の組織および職制に関する大統領令」に基づいて、同委員会の事務局は、事務総長の下に、総務課、人権政策局、行政支援局、人権侵害調査局、差別調査局および教育協力局の他に、公報担当官、監査担当官、人権相談センターを置いている。

 これらの事務局体制の中で特に注目されるのは、国際人権法および国際人権機関に関連する組織体制である。つまり、前記の人権政策局におかれる法制改善担当官は、国際人権条約と国際人権基準の国内施行に関する法律的支援、および人権条約の実施に関する政府報告書の作成に対する意見書を提出できる職務権限が賦与されている。

 さらに、教育協力局におかれる国際協力担当官には、国際人権条約への加入および当該条約の履行に関する調査・研究と勧告、もしくは意見表明に関する職務と国際人権機構および外国の人権機関との交流・協力に関する職務が課されている。また、教育協力局の人権教育担当官は、人権教育の基本計画および人権教育資料の開発と普及に関する事項について局長を補佐することになっている。

 そして、これらの事務局組織の機能遂行に必要な職員数については、「国家人権委員会公務員定員法」の中で、その定員と職制を明定しており、たとえば委員長は長官級、常任委員は次官級として処遇するなど、かなり高い地位が保障されており、職員の総数は175名と定め、他に人権資料室に5名の職員を当てている。

人権委員会の運営細則

 人権委員会は、その発足直後に運営規則を制定し、02年1月には、聴聞会の運営規則を制定して委員会の効果的な機能遂行に対応している。まず、人権委員会は、11人の人権委員全員からなる全員委員会が、委員会の基本的もしくは重要な事項について審議し決定する。そして全員委員会の下に、政策および対外協力小委員会、人権侵害調査小委員会と差別行為調査小委員会を設置して業務を分担し効率化を図っている。

 なかでも、注目されることは、人権侵害調査小委員会は、拘禁・保護施設への訪問調査・陳情に基づく調査および職権による調査、さらには人権侵害当事者に対する合意勧告ならびに調停委員会への回付と法的救助の決定など後にふれる救済措置を管轄する権限が認められている。また、差別行為調査小委員会は、差別行為による人権侵害について陳情または職権に基づいて調査し、当該事件の当事者に合意勧告と調停への回付および法的救助に関する任務を遂行することになっている。この他に、緊急救済措置の勧告および施行などの事項を審議・決定する常任委員会と特定の事案に関する業務処理にあたる特別委員会の設置も予定している。

 なお、上記の各委員会は、すべて公開を原則とし、委員会は特に必要と認める場合に限って非公開とする。従って、一般市民は会議傍聴が認められる。また、全員委員会の議決は過半数の賛成によるが、小委員会の決定事項は委員全員の賛成によってのみ決定できる。そしてまた、人権委員会がその業務遂行のために行う関連機関代表、利害関係者もしくは学識経験者などからの意見を聴く傍聴会の運営規則を制定し、外部からの意見に耳を傾ける姿勢を示している。

犠牲者の救済手続の具体化

 国家人権委員会にとって最重要課題である人権侵害と差別行為の犠牲者救済については、今年2月になって「人権侵害および差別行為調査規則」が制定され、効果的救済の達成に必要な詳細かつ具体的手続規則が用意されるようになった。この規則について詳細に触れることはできないが、主要な事項にしぼって紹介することにする。

 同規則は、救済措置に関連する用語の定義と基本原則を定める総則、人権侵害の陳情に関する手続(第二章)、および侵害事件の調査と救済の手続(第三章)、そして職権に基づく調査、通報者の保護と協力者に対する報償金などについて定める補則から構成され、全部で44ヵ条の規定にのぼり、きわめて詳細な手続規則になっている。

 ここでは、人権侵害の陳情に関する手続と救済に関する手続の中、重要と思われるものにしぼって触れることにする。まず、人権侵害に関する陳情の方法は、郵便、ファクスおよびEメールを含む文書、口述もしくは電話のいずれによっても可能であり、代理人による陳情も認められている。また、団体による場合はその代表者の名義で行うものとしている。上記の方法で陳情を受けた人権委員会は、陳情を受け付けた証明書を陳情人に交付または送達しなければならない。拘禁・保護施設の被収容者からの陳情受付証明は施設の長を通して交付される。つぎに、人権侵害事件の調査と救済に関する手続規則は、人権侵害と差別行為とに分類し、上述の関係小委員会による調査と審議が行われ、陳情人と被陳情人双方の合意による解決か、または合意に失敗した場合は調停委員会に回付して解決を図る。

 なお調停委員会も、人権侵害調停委員会と差別行為調停委員会から構成され、事案の性質によっていずれかの委員会が調停業務を行う。調停委員会は、人権委員会法42条4項が定める人権侵害の中止、原状回復・損害賠償、その他の救済措置および事件の再発防止もしくは事件の公正な解決に必要な救済措置を当事者に示し合意を勧告することができる。

 そして、調停委員会が提示する措置に当事者が合意した場合は調停書を作成するが、当事者間の合意に失敗し、その一方による異議申立が行われた場合は、当該事件を関係小委員会に回付しなければならない。調停委員会から回付された事件につき、関係小委員会が人権侵害または差別行為があったと判断したとき当該事件を全員委員会に回付しなければならない。その際、関係小委員会は、(1)公正な解決のために必要な救済措置、(2)法令・制度・政策・慣行の是正または改善、(3)人権法45条に基づく告発または懲戒、(4)人権法74条による法律救助、(5)その他に必要と認められる事項に関する小委員会の意見を全員委員会に報告しなければならない。

 この小委員会の報告が提示する上記の措置もしくは事項について全員委員会が審議・決定し、その内容を関係機関ならびに当事者に送付することになっている。なお、全員委員会の議決書には、陳情人もしくは被害者には事件処理結果、被陳情人もしくはその所属する機関・団体には救済措置、是正または改善の勧告、告発書、懲戒勧告などが含まれる。この全員委員会の議決書は当事者を法的に拘束する強制力は有しないが、人権委員会の勧告尊重を定める人権法25条および45条に基づいて、関係機関による遵守を確保し、その他の加害者については調査・調停などの事実と処理の内容を公表することによって議決書の履行確保を意図している。

人権委員会に通報される人権侵害事件

 韓国の国家人権委員会は、上に触れた準備体制を整えた後、今年の1月から具体的人権救済のための活動を開始した。人権委員会に通報される人権侵害および差別行為は、陳情によるものと相談によるものとに大別される。筆者が入手した資料「陳情事件分類状況報告」に基づいてかいつまんで紹介することにする。

 人権侵害もしくは差別行為の犠牲者であると主張する陳情は、人権委員会への直接訪問、電話、Eメールと郵便そしてファクスのいずれかの方法によることはすでに触れた。今年の1月から3月28日までの約3カ月間に人権委員会に寄せられた陳情事件はその数631件にのぼっている。そのうち、人権侵害事件は592件が含まれており、差別行為を訴える事件は39件である。こうした陳情という方法ではなく、相談による問題の解決を目指した事象も多く、2月だけでも498件に達していると報告されている。つまり、3カ月足らずの間に、陳情と相談によって人権委員会に持ち込まれた人権問題は1,000件を超えており、人権委員会に対する一般市民の関心と期待がいかに高いかを教えてくれる。

 人権侵害を主張する陳情の中で、国家機関つまり公務員による事件が235件ともっとも多く、捜査機関に関連するものが190件、さらに司法機関に関連する事件が24件の順になっており、合わせると449件で、寄せられた事件全体の70パーセントを超える。いいかえると、国家機関の公権力公使に伴って惹起する人権侵害事件が圧倒的多数を占めている。なかでも、刑務所または拘置所などの施設に収容されている者から不当な取扱いを訴える陳情ならびに警察による捜査と取調べの過程における人権侵害の陳情が多いことも注目される。ところが、私人関係における人権侵害事件は27件に止まり、差別行為による人権侵害も39件と相対的に少ないことも韓国社会の人権状況を特徴づけるものとして注目される。なお、寄せられた陳情の処理・解決は別稿に譲ることにする。