特集 歩いて見たフィリピンの人権教育 Part1
今回の「フィリピン・人権教育スタディツアー」は、今後の日本での人権教育のあり方について多くのヒントを与えてくれた。ここでは、人権委員会、教育省による人権教育の実践とパラリーガルの育成に力を入れているNGO、サリガンによる人権教育の実践の3つについてその内容を紹介するとともに、関連する今後の日本での人権教育の実践課題について述べたいと思う。
フィリピンは、マルコス大統領の戒厳令時代の経験から、政府や政府役人による人権侵害を繰り返さないために、1987年の憲法によって人権委員会を設立している。現在、日本でも人権委員会の設置がめざされており、フィリピンの人権委員会の訪問は、この点からもタイムリーであった。
ここでは人権委員会の活動を紹介するビデオを見る機会を得たが、ビデオでは、人権が労働組合を結成し参加する権利や健康に対する権利など個々具体的な権利からなっていることが説明され、どのような権利を人権として私たちがもっているかを知ることの重要性が伝わってきた。具体的な人権の内容として世界人権宣言をはじめとする国際人権条約が引用されていた。
また、フィリピンではマルコス政権時代に、とりわけ公権力からの重大な人権侵害が続いたため、公権力を担う者に対する人権教育に力が入れられている。警察やその他の公務員に対して、人権とは何かを教えることが人権侵害の防止に役立つとの委員の説明は説得的であった。日本では人権教育あるいは人権啓発といえば、行政の主催のもとで主として市民を対象になされている。公務員の職員研修もあるが、市民を対象とするものと同様に、日本では、どのような権利があるかということよりも、人と人との関係性の問題として人権が扱われている。本来、公権力を担う者こそが人々の人権を侵害する恐れのある者として位置づけられるべきであるが、日本ではそのような視点は抜け落ちてしまっている。
しかし日本でも、たとえば超過滞在の外国人など権利を侵害されやすい人々と接する機会をもつ入国管理局の職員や、刑務所で監視にあたる職員による暴行事件などは後が断たないことから、これらの職員を対象とした人権研修の充実は緊急の課題である。
また、フィリピンでは軍隊、警察、公務員などの公的機関に勤める人々を対象とした人権教育がNGOや次に紹介する教育省と協力しながら実施されているとの報告も興味深かった。日本でも人権運動に関わるNGOは、人権教育や人権啓発に関してさまざまなプログラムをもっているため、人権教育においてよきパートナーである。
教育省では、主として人権教育を担当しているネリッサ・L・ロザリアさんから教育省が開発した人権教育プログラムについて説明を受けた。挨拶に立った研修・教育の担当者からは、フィリピンは植民地支配と戒厳令を経験しており、民主主義時代を迎えるまで自由を求めた長い闘いの歴史のあることがまず紹介された。この点は人権委員会でも触れられており、フィリピンの人権教育はそのような過去には二度と戻らないという強い決意の下に実践が行われていることがわかる。
フィリピンの学校教育における人権教育の特徴は、人権を特定の科目にしないで既存の科目の中に統合するというやり方をとっている点である。その利点としては、既存の指導方針を変更しないで行えるので現場の教師の間に抵抗や混乱が生じにくいこと、また既存科目に統合することで、人権教育についてより多くの時間が確保できること、さらにすべての教員が人権教育に関わることができることなどが挙げられた。
人権教育の統合は法律によって義務づけられたことから、現場の教師からは実際にどのように自分が担当する科目の中で人権教育を行えばいいのかを知るために研修を受けたいというニーズが高まったという。現在、教員に対して人権トレーニングをする教員や校長を対象とした研修は行っているが、在職中の教員に対する研修はまだ足りないということだった。校長に対する人権研修は日本でも行われているが、フィリピンの校長研修が日本と大きく異なるところは、カリキュラムの作り方や組み方などより具体的な研修がなされている点である。
これまでの人権教育の教材づくりが教育省を中心になされてきたが、2003年から新しい人権教育パッケージの開発が始まろうとしているとのことであった。
実際に既存の科目に人権教育をどのように統合しているのかを、いくつかの科目を例にあげて説明がなされた。たとえば、英語では英語で手紙を書いて自分の考えを伝えることができるという学習達成目標のなかに、人権侵害について自分の意見を述べることができるという人権教育のねらいを含めることができる。科学では気象現象について学ぶところでは、天気予報で天気を知ることに関連して、情報を得る権利について話し合うことができるといった具合である。
一方、日本の学校の中での人権教育は、今度新しくできた総合的な学習の時間を活用した取り組みも一部で始まっている。また、既存の科目では道徳、社会が中心である。
ただし、フィリピンでもすべての科目に人権教育がすでに統合されているわけではないことが後に訪問した高校の教員との交流でわかった。他の科目における統合は徐々に進められているということだった。
サリガンは、1987年に2人の弁護士と1人の法学生によって活動を開始した。「サリガン」は、タガログ語でbasic(基礎)という意味がある。法を専門家だけのものにしないために、法への民衆の参加による法の民衆化をめざす。そのため、法的資源を用いて政策を提言したり、問題を解決できるパラリーガル(paralegal)の育成に力を入れている。パラリーガルとは、「はだしの法律家」と言われる人々であり、弁護士ではないが、法的知識だけでなく供述申請書の作成等、法技術的な知識をも習得した人で、現場で法的な緊急対応や問題解決のできる人のことである。
サリガンは、そのようなパラリーガルを農民や都市貧困層、労働者、女性、海外移住労働者など権利を侵害されやすい人々を対象に育成のためのプログラムを実施している。
「法の民衆化」は日本でも課題である。例えば、漢字とカタカナからなるまるで古語のような条文だった刑法が、ひらがなと漢字からなる現代仮名づかいに変えられたのは1996年になってからである。民法は、親族・相続を除いた規定はいまだに昔のままである。このような法律文の難解さは、本来私たちの人権を守るためにあるべき法を私たちから遠ざけ、法律家、お役人といった専門家集団のものとすることに貢献している。日本では人権が権利や法から遠く離れたところで語られている現実は、そのような法と私たちの距離の遠さをも表している。パラリーガル養成の目的や手法は、そのような日本の状況を変革するために大いに参考となる。
人権教育の授業のデモンストレーションを見せてくれたネパタリA.ゴンザレス高校では、民衆を抑圧から解放するために民主主義が不可欠であること、そのためには表現の自由が重要であることが、生徒の歌や演劇などのパフォーマンスを通して発表された。表現の自由を学校で学ぶためには、教育を受ける権利が保障されていなくてはならない。自由権の代表とされる表現の自由が社会権とされる教育を受ける権利によって支えられていることが人権教育の実践を通して実感することができたことも大きな収穫だった。
フィリピンの教育環境は一クラスの生徒数の多さや貧困による中退率など多くの問題を抱えていることも確かであるが、そのような厳しい環境の中でも、いや、だからこそ、国際人権基準を視野にいれた権利に根ざした人権教育がなされている。日本がフィリピンから学ぶことはたくさんある。
より詳しい情報は、フィリピン人権教育スタディツアーの記録のページでご覧になれます。