世界の人権教育
毎年開かれている「アジア・太平洋地域における人権の伸長と保護のための地域協力に関するワークショップ」の1998年会合において、「アジア・太平洋の地域的技術協力プログラムの枠組み」注1に基づく事業が合意された。そのひとつが、地域内政府の人権教育プログラムを支援するというものであった。地域内政府とワークショップを組織した国連人権高等弁務官事務所とが連携して、技術協力プログラムを具体的に実施するというものだ。
合意された枠組みでは、次のように述べている。
活動(b):国連人権高等弁務官事務所が、加盟国の要請に基づいて、ワークショップの開催をはじめとして、人権教育の実施能力を高めるための技術協力および支援を提供する。
この枠組みに基づいて、これまでいくつかの活動が展開されてきた。たとえば、99年12月1~4日にはソウルで「学校における人権教育に関する北東アジア・ワークショップ」が開かれ、政府やNGOの代表、中国、韓国、モンゴル、日本から学校関係者が参加した。
その後、中国政府と人権高等弁務官事務所は、技術協力活動のための合意書にサインを交わした。その結果、2001年11月8~9日に北京で「人権教育セミナー」が開かれ、政府の様々な研修機関、教育省、大学、学校などから責任者や代表が参加した。
参加者は、以後の取り組みとして次の4分野に関する提言をまとめた。(1)初等および中等教育における人権教育、(2)専門的職業従事者などを対象とした人権トレーニング、(3)研究、(4)体制や組織作り。
そのうち、初等および中等教育における人権教育に関する提言は以下の通りであった。
このセミナーに参加した外国からの助言者たちは、提言を支援するとともに、そのフォローアップとして、フィリピンへのスタディツアーを提案したのであった。
スタディツアーは2002年9月16日から24日まで行われた。中国からの代表団は、教育省4人、法務省1人、公安省2人、外務省2人、法科大学の教授1人の合計10人で構成されていた。
このスタディツアーのプログラムは、ヒューライツ大阪が企画し、人権高等弁務官事務所に提案されたものだが、主目的は次のようなものだった注2。
(1)人権教育のカリキュラムや教科書、教員研修などを中心にフィリピン政府が学校において開発し実施している人権教育プログラムを学ぶ。
(2)人権教育を実践している学校を訪問し、生徒や教員と交流する。
(3)他のアジア諸国からの教育者と出会い、学校における人権教育について意見交換する。
(4)中国の学校における人権教育プログラムを開発するための草案を作成する。
以上の目的を満たすために9日間、数々の活動が組まれたのである。最初の2日間は、フィリピン政府がどんな人権教育プログラムを実践しているかの説明にあてられた。教育省および高等教育委員会の担当者が、人権教育実施の法的義務、人権概念が様々なカリキュラムに統合されていること、教材、教員研修、非定型教育などへの支援プログラムといった内容に関する説明が行われた。
次の2日間は、人権教育が行われている学校を視察した。フィリピン教育大学では、教員志望の学生を対象にした人権教育の2つのデモ授業が行われた。
フィリピン大学教育学部では、人権教育の教案を使用した小学校6年生へのデモ授業を参観した。
フィリピン大学法律センターに属する政府・法律改革研究所では、「法律の大衆化プログラム」(たとえば生徒に、法律で保障された人権をわかりやすく教える)が紹介された。
以上のプログラムを終えて、中国代表団は、マニラ市内にあるアウロラ・ケソン小学校の3年生とマニラ科学高校の3年生の授業見学を行った。
5日目は、休養日とした。中国の代表団は、「マニラ子ども博物館」を訪れた。そこには子どもの人権に関するコーナーがあった。マニラの富裕地区と貧しい地区からきた子どもたちが、ホールで子どもの権利に関する演劇を披露してくれた。また、中国とフィリピンの長い歴史を物語る「フィリピン・中国博物館」を訪れた。
翌日再開された学習プログラムでは、タイ、インドネシア、スリランカから招いた教育関係者が参加のもと、教育政策、プログラムの実践、教員トレーニングなどに力点を置いたミニ・ワークショップを行った。参加することができなかったインドからの代表にかわって、スタディツアーの助言者のひとりがインドの教材を示した。
最後のプログラムとして、中国からの参加者がこのツアーで学んだことを振り返り、実際に中国の学校において人権教育プログラムをどう発展させていくかについて2日半かけて議論を行った。
中国の代表は、法的統治や道徳の科目における人権教育や、人権の原則に言及している一般的なカリキュラムに関して説明した。まもなく出版予定の「子どもの権利条約」に関する中等教育向けの教材が紹介された。また、初等教育や教員、学校の管理部門向けの教材も開発しているとの説明があった。
このスタディツアーは、中国政府を対象として特別に組まれたものであった。訪問先は、政府機関、大学、小学校および高校といった教育機関など中国にも同様の組織を有するところである。一方、フィリピンで人権教育を進めるうえで教育省と協力関係にあるNGO(非政府組織)や人権委員会へは訪問しなかった。
タイ、インドネシア、スリランカからの教育関係者たちは、いずれも教育省の担当官であった。したがって、中国の代表団は、スタディツアーで訪問した機関や出会った人々を通じて人権教育に対する理解を深めたのではなかろうか。
今回のフィリピン・スタディツアーは、国連人権高等弁務官事務所を通じた国連によるアジア地域における人権教育推進のための支援の一例である。人権高等弁務官事務所は、技術協力プログラムとして中国政府に対して人権教育の開発のために多くの支援を行っている。2001年の北京でのセミナーでまとめられた提言では、中国の学校における人権教育プログラムの開発の必要性をとりわけ強調している。
こうした中国の教育関係者からの要請に応えていくことができるかどうかは、スタディツアーに参加した中国からの代表たちにかかっている。今後の進展が注目される。
(注1) 国連文書E/CN.4/1998/50, 12 March 1998
(注2) ヒューライツ大阪では、国連人権高等弁務官事務所との合意のもと、ツアー資金を委託されて以下のようなスタディツアー実施のための協力・支援を行った。
(1)フィリピン教育省を訪れて、プログラムをはじめとする詳細を調整した。(2)訪問希望先の機関に受け入れの交渉をした。(3)他のアジア諸国からの助言者招聘の調整をした。(4)参加者の飛行機便や宿泊、通訳者の確保に関して、フィリピン教育省および国連開発計画(UNDP)北京事務所の協力を得て調整した。(5)ツアーに同行し、助言者として活動した。
(訳:藤本 伸樹)