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国際人権ひろば No.46(2002年11月発行号)

国際化と人権

企業の行動規範をめぐる課題

スネ・スカデゴール・トールセン (Sune Skadegard Thorsen)
弁護士・デンマーク

企業の社会に対する責任

 近年の人権への関心の高まりは、冷戦の終結や技術革新、グローバリゼーションなどさまざまな要素に起因している。その動きは、国家レベルから企業の人権に対する責任を規範化しようとする企業による取り組みにまで発展している。

 ここ数年、多くの企業がビジネス戦略のなかに持続可能な発展を全体目標のなかに据えるようになってきた。「トリプル・ボトムライン(三重の評価基準)」という言葉は、共通の商業用語になっている。これはPeople(人々)、Planet(地球)、Profit(利潤)という三つのPで定義される。

 持続可能な発展の支援を戦略化している企業は、これらの三要素に関わる決定が最大限の効果をもたらすために努力するであろう。そうした企業は、単に財政面のみならず、広義での経済や環境、企業活動によって影響を受ける人々に対しても注意を払うようになる。

 企業や組織は、企業活動と、主に供給系列内の会社を始めとするステイク・ホルダー(利害関係者)との社会的な関わりをアピールする手段として、非常にたくさんの行動規範を公表している注1

 本稿ではそれらの分析は行わないが、「トリプル・ボトムライン」、および人権の視点からのアプローチと問題対処型のアプローチについて論じたうえで、今後適用すべき基準について述べていきたい。

トリプル・ボトムライン

(1)経済的責任(利潤=Profit)

 企業の財務業績は主要な競争要素である。最近のエンロン社やワールドコム社をめぐるスキャンダルが今後の対応策をさらに促しているものの、国際的な業績判断の基準はすでに存在している。しかし、会計の世界基準はまだ合意をみていない。経済のグローバル化に伴い、透明性や説明責任を強化するためにそのような基準の必要性が高まっている。このことは、操業や株式上場をしている進出先の異なった法的基準にしたがって会計報告の作成を強いられている多国籍企業にとって好都合な傾向である。

 次の課題として、コミュニティに対する会社やその製品のもたらすより広い意味での経済的影響を判断して説明する能力が問われてくる。不正競争行為や脱税、贈収賄、過剰な役員報酬、政治献金、ロビー活動への支出、同じ会計事務所が監査とコンサルティングを両方請け負うこと、投資などを規制する法律が継続して整備されるとともに、その際、企業の経済的影響に関係する課題も考慮されなければならない。

(2)環境的責任(地球=Planet)

 過去30年間に、環境配慮は企業競争の指標になってきた。今日、大半の企業は、国内法あるいは消費者をはじめとするステイク・ホルダーからの要請を通じて、環境への影響や保護システムを判断し説明することを求められている。汚染を最小限に抑え「クリーン技術」に変えていくという要請は、経営の世界では既成事実になっている。しかし、この領域においても環境への影響に配慮するためのグローバル・スタンダードは、さらに発展をとげる必要がある。

(3)社会的責任(人々=People)

 社会に対する配慮も発展している。企業の社会的責任は新しい現象ではない。だが、企業が活動をしていくうえで遵守しなければならない最低限の基準を確立するためのグローバル・スタンダードの必要性が互いに認識されるようになったのはつい近年のことである。しかし、新たな価値を打ちたてる必要はない。すでに国連人権憲章で確立された価値や原則という国際的枠組みが存在しているのである注2。大半の規範が中核的労働基準(児童労働・強制労働・差別の禁止、結社の自由など)に限定されているものの、これらの中核的原則は、いくつかの主要な企業による取り組みの基礎となる。

問題対処型、それとも人権アプローチ型

 多くの行動規範は、会社やその仕入れ業者の行動を批判する厳しい世論の結果できあがったものだ。これらの規範は、批判対象となった問題に絞られる傾向がある。児童労働はその典型例である。1980年代後半から90年代にかけて、衣料、玩具、カーペット産業界が、おもにアジア諸国で低賃金の児童労働を使っているということが明らかにされた。

 その結果、これらの業界で作られた規範などはほとんど児童労働に限られたものとなった。また、鉱山会社に雇われた警備会社などによる人権侵害行為も世の中の注意を引いた結果、関与した企業や同業企業が対策をとったりしている。

 最近、製薬会社が発展途上国において購入の困難な高額薬品を製造しているとの批判をしきりに浴びている。そこで、より社会的に責任を伴う価格政策へと変更した。大半の地域において購買力という観点ではなく、製品が行き渡りアクセスできるかどうかという意味での健康に対する権利を実現することが、より持続可能な利益をもたらすであろう。

 デジタル・ディバイドの問題に関心を示している電話通信会社もある。それじたい推奨すべきことだが、この問題のみに限定されている。誰もが科学の進歩を享有する権利があるという定義に基づいたアプローチをすればデジタル・ディバイドにも対応できるうえ、ともすればより効果的な方法を可能にするかもしれない。

 問題対処型のアプローチは、目の前の批判を回避し、短期間に会社のイメージを取り戻すことができるかもしれない。とはいえ、どの企業も将来起こるかもしれない批判のすべてを予測することはできない。批判に対する恒久的な防壁を築くには、守らなかったときに批判が噴出するような基準や原則を社内中で基本的に理解することなのである。人権原則を確実に理解し実行することで、そうした防壁を築くことができる。

 企業は批判者側の言葉を使いながら適切に対応し、当面の問題への対策をとることはできる。しかし、発生した問題に対処するだけでは、つねにリスクを背負っていることになり、新たに発生するかもしれない課題に対応することができないのである。

 さらに、人権への取り組みは企業が持続可能な発展に積極的に貢献することを可能にするのである。このアプローチこそパートナーシップの成功に向けた共通の土壌を作りだすのである。

どのような基準が適用されるべきか

 企業は、国連が1948年に採択した世界人権宣言が求める人権に対する責任を有しているということは今日一般に受け入れられている。

 「加盟国自身の人民の間にも、また、加盟国の管轄下にある地域の人民の間にも、これらの権利と自由との尊重を指導及び教育によって促進すること並びにそれらの普遍的かつ効果的な承認と遵守とを国内的及び国際的な漸進的措置によって確保することに努力するように、すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準として世界人権宣言を・・」

 冷戦終結後の93年に採択されたウイーン宣言注3の1~5では「すべての人権は、普遍的、不可分、相互に依存し、関連している」と述べている。

 ウイーン宣言は、世界人権宣言をもとに拘束力のある文書、「自由権規約」と「社会権規約」をつくった際に生じた権利の東西分離を終結させることになった。大半の国家は、一方の権利の尊重、保護、実施は、他方の権利も同様に取り扱わなければ意味のないものになると認識したのである。その10年後の現在、企業が未だに二つの国際人権規約(および世界人権宣言)に規定されている権利のほんのわずかな部分にしか留意していないことは特筆に値する。

 中核的労働基準などの基本的権利以上の行動規範をのべているのはわずかにすぎない。『社会的責任のためのビジネス』(Business for Social Responsibility)が行った行為規範の検討注4で、「規範として、(1)児童労働、(2)強制労働、(3)結社と団体交渉の自由、(41)非差別、(5)処罰、(6)賃金と手当て、(7)労働時間、(8)超勤手当て、(9)健康と安全、などに関してコンセンサスができている」という。

 国連が提唱するグローバル・コンパクトもこうした人権と中核的労働基準の人為的分離を支持しており、中核的労働基準は国際人権憲章の不可欠な一部であることに触れていないのである。したがって、グローバル・コンパクトおよび他の規範において、企業の社会的責任は中核的労働基準を含む人権であることに言及する余地がある。

 実際、いくつかの人権はビジネスに直接関わるものではない。自由権規約にはそのような権利が見られる。

 身体の自由と安全(9‐10条)、契約義務不履行による拘禁(11条)、移動および居住の自由(12条)、恣意的に追放されない権利(13条)、公正な裁判を受ける権利および遡及処罰の禁止(14‐15条)、法律の前に人として認められる権利(16条)、戦争および差別唱道の禁止(20条)、法律の前の平等(26条)。

 しかし、国家の行為がビジネスの機会や、ある国内において企業が操業することに対する世論に影響を及ぼすことから、企業は人権に関心を払う必要がある。企業が、民営化を通じて政府の役割を引き継ぐような場合や人権侵害を行っている国家と直接取り引きしている場合は直接国家の行為に関与するということがある。

 ビジネスはステイク・ホルダーとの関わりを通じて多くの人権と関わっている。社会権規約については次の条文が関係している。

 すべての権利の非差別適用(2条)、労働の権利(6条)、最低賃金、職場の安全などの労働条件(7条)、労働基本権(8条)、社会保障(9条)、家族の保護(10条)、相当な生活水準の権利(11条)、健康享受の権利(12条)、教育の権利(13-14条)、自己の科学的など作品によって生じる利益の保護、自己の文化の保護、科学の進歩の享有などの文化的な生活に参加する権利(15条)。

 また、自由権規約では次のような権利を定めている。すべての権利の非差別適用(2条)、生命に対する権利(6条)、拷問、非人道的待遇等の禁止、同意なしの医学的・科学的実験禁止(7条)、奴隷・強制労働の禁止(8条)、プライバシーの権利(17条)、思想、良心、宗教の自由(18条)、表現の自由(19条)、集会の権利(21条)、結社の自由(22条)、家族及び児童の権利(23-24条)、政治参加の権利(25条)、マイノリティの権利(27条)。

今後の課題

 以上のように、ビジネスは、その行動に直接的に重要な関わりのある約25の権利について積極的に応えることができる、また応えるべきであることが明らかであろう。ウイーン宣言に留意したとき、企業の社会的責任を中核的労働基準のみに限定する根拠がないことがわかる。企業は、すべての人権を尊重・保護・履行することを確実にすべきである。企業行動は国家の責任の文脈でみるべきであることが明らかである。

 本稿では、それらのモニター、報告、実施の指標の問題を論じていない。企業の社会的責任の実行を図るのは複雑だと企業からみられている。したがって、ビジネスに関連するとともに基準となる機会を提供する指標を確立することは、大いなる課題である。

 指標は、人権と企業の実践の進展していくダイナミックなプロセスのなかで発展していくべきものだろう。したがって、現在ある規範や取り組みは、ベスト・プラクティスが引き出せる人権に関する重要で多様な実験だといえる。

 しかし、納品業者が企業の単一の規則に従わなければならないことに照らしていうと、企業はこれまでのような「ひとつのサイズは万人には適さない」という考えに固執すべきではないのだ。

 以上、人権を企業の社会的責任のためのグローバルな指標とし、ビジネスにおける地球的行動規範の基礎に据えるという新しい方向に関する見解を述べた。それを念頭に入れて、企業にとって、それぞれの事業分野にとってもっとも重要と思われる権利に関わる取り組みを先取りすることを通じて「企業の社会的責任」を確立することが有利になるだろう。例えば、製薬会社は健康に対する権利に、通信会社は表現の自由やプライバシーの権利に精通するとともに、両分野とも科学の進歩を享有する権利について精通・活動していなければならない。

注1:OECD, Kathryn Gordon & Maiko Miyake "Deciphering Codes of Corporate Conduct: A Review of their Contents" Revised March 2000では、収集された233の規範の内訳は、企業の規範49%、協会34%、NGO・組合15%、国際組織2%と報告している。

注2:世界人権宣言および国際人権規約(社会権規約、自由権規約)。他の条約も国際人権憲章に基づき、ILO条約とともに活用することができる。

注3:世界人権会議で採択されたウイーン宣言・行動計画(1993年6月14日~25日)U.N. Doc. A/CONF.157/24 (Part I) at 20 (1993)

注4:"Codes of Conduct: A Review of Principles and Practise", prepared for Novo Nordisk, Copenhagen, 16 May 2000, by BSR, San Francisco, US

注5:条文の論点を要約したもの。本文は条約を参照のこと。

(訳・藤本 伸樹、岡田 仁子・ヒューライツ大阪)

※トールセン弁護士は、アジア・ヨーロッパ財団(ASEF)(本部・シンガポール)が02年9月21日~22日に大阪で開催した人権と多国籍企業に関するワークショップにおける報告者のひとりでした。ヒューライツ大阪は開催にあたり協力しました。