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国際人権ひろば No.46(2002年11月発行号)

国連ウオッチ

環境・開発サミットが提示した課題 -サミットの主要な論点について

小野寺 ゆうり (おのでら ゆうり)
国際環境NGO FoE Japanエネルギー・気候変動プログラム・コーディネーター

ヨハネスブルク・サミットの概要

 2002年8月26日から9月4日まで南アフリカのヨハネスブルグで開かれた「国連・持続可能な開発のための世界首脳会議」(WSSD)。世界191カ国から104人の国家元首と、2万人以上の代表(NGO、ビジネスを含む)が参加した史上最大規模のサミットとなった。

 国際的な環境NGOであるFoEインターナショナル(FoEI)は、NGOでは最大規模の100人以上、FoE Japanとしても5名を現地に派遣して様々な働きかけを行ってきた。ここでは、NGOの視点から今回のサミットがどのようなものだったかを総括したい。

 WSSDは、92年リオデジャネイロの地球サミットで採択された行動計画「アジェンダ21」を下に新たな行動計画を打ち出す会議のはずであった。しかしながらWSSDでは「アジェンダ21」の評価は脇に置かれ、今後の地球環境と持続可能な開発の方向性がもりこまれるはずであった「世界実施文書」の交渉は、来年予定されているメキシコでの次のラウンドの貿易交渉の前哨戦の場と化してしまった。

サミット交渉の経緯

 WSSDの成果はタイプ1と呼ぶ世界実施文書(最終的に「ヨハネスブルク実施計画」)と政治宣言の合意内容にかかっていた。しかし残念ながら、これらの内容はすでに事前の準備会合で大幅に弱められ、2001年のカタールでのWTO貿易交渉(ドーハ合意)と今年3月のメキシコでの国連開発資金会議(モンテレイ合意)を柱とする既存の合意の繰り返しに留まり、新しい内容を盛り込むことはほとんどできずに終わった。

 5月の準備会合で合意できず残されていたのは、エネルギー、衛生、生物多様性保護など14あると言われた年限を含む具体的な国際行動目標、リオ原則の取扱い、資金と貿易に関する部分、そしてサミット後の国際社会の枠組みであった。

 この国際行動目標のうち、ヨハネスブルグで合意できた新目標は、(1)2015年までに基本的な衛生状況にない人の割合を半減させる、(2)2012年までに代表的なネットワークを含む海洋保全ネットワークを確立する、の2つのみ。生物多様性など既に条約で合意されている内容から後退したものもあった。また、10年前の地球サミットで取り入れられ、その後の新しい環境や労働などの条約の礎となったリオ原則の確認が交渉途中で合意できないなど、これまでの10年の前進を確かめるとするには程遠い状況が示された。

不透明な交渉プロセス

 今回のサミットの交渉過程においての新しい動向は、事務レベル協議での「ウイーンプロセス」と呼ばれる非公式交渉である。

 ここでは、地域別にグループを作り、各グループを代表した1人のみが発言できる。途上国はG77として一つのグループにまとめられるが、140カ国以上のグループ構成員の中には中東産油国や小島嶼国、低開発国まで様々な立場や利害を抱えている。一方、米日加豪などの通称JUSCANZは、公式なグループではないため、各々が発言権を持つ。したがってその交渉プロセスには、自ずと先進国の利益が優先され、途上国にとっては極めて不利な結果を生み出すことになった。

主要な論点

(1) 貿易・資金

 2週間の政府間交渉中、常に議論を独占したのが貿易の役割と今後の地球ガバナンス(統治)の問題である。初日に米欧日が非公式米提案と呼ばれる文書を秘密裏に途上国に提案したが、その内容は先進国主導で知られる世界貿易機関(WTO)のもとでの多国間貿易交渉の推進を迫るものだった。事実上このスタートがサミット全体の政府間交渉の基調を作ったと言える。持続可能な開発や環境保護のための貿易というよりは、ドーハ合意をどう解釈するかという問題の前に環境や開発の扱いは隅に押しやられたようである。

 貿易問題の最大の争点は、環境条約(MEA)とWTOに代表される貿易協定との優位性についてであった。交渉結果によっては、今後の環境条約交渉の内容が、WTOルールに合致することを示さなければならなくなるという意味で、極めて重要な交渉であった。交渉は難航したが、最終的に「WTOとの一貫性を確保し」という表現は削除され、最悪の事態は免れた。

 資金問題に関しては、02年3月の開発資金会議でのモンテレイ合意をめぐり、途上国側は具体的な数値目標と年限を定めることと、新たな追加資金の拠出を求めていたが、先進国側はこれに真っ向から反対した。結局、モンテレイ合意を越える新しい約束は何ら獲得できず、30年前に約束された政府開発援助(ODA)のGNP比0.7%の目標に関して達成への具体的な期限が無いなど、実のある合意はされなかった。

 強引な貿易拡大、市場開放や民営化が一部の途上国にもたらしている負の影響の評価、公的資金援助や債務にあえぐ途上国に対する救済措置の拡大など、途上国やNGOの要求は、いずれも先進国側により葬られた。先に触れた行動目標のうち、衛生、生物多様性、エネルギー等はいずれも現在進行中の貿易交渉の主要議題であり、政府規制に反対し自由貿易拡大を推進、サミットに貿易交渉に対する干渉をさせないとする米国の影で、交渉は最後までもつれることになった。

(2) 多国籍企業の責任

 貿易の拡大、市場開放とはすなわち、圧倒的な資本や技術力のある少数の多国籍企業グループにさらに権益が集約してゆく過程でもある。国連は、この傾向に強い警鐘を鳴らしている。FoEIは会議場目の前の一角に、スクラップでできた高さ6メートルの企業巨人と、それを取り巻く市民を示す地元の貧しい家庭の手作りの6000体の像を配置した展示を行い、警備当局の介入にもめげず大きな注目を集めることが出来た。

 今後の地球的なガバナンスに不可欠な要素として、多国籍企業の行動に拘束力のある国際的な枠組みを求めるFoEIの活動が実り、米国の強い抵抗にもかかわらずこの点が実施文書に盛り込まれた。即座の行動に繋がるような明確な約束は盛り込まれていなかったが、企業責任に関する取り組みの将来的な発展につながると解釈できる内容になっていることは、サミットの数少ない評価できる成果であると考える。これは、交渉裏で南ア貿易大臣とスタッフにFoEIチームが連日行った数十時間にわたる特別ブリーフィングが実を結んだものでもある。

(3) 気候変動・エネルギー

 行動目標に関しては、最後までもつれこんだのがエネルギーのセクションである。気候変動に関しては京都議定書を拒否する米豪への強い文言が盛り込まれた一方、その引き替えに、気候変動対策の要であるはずのエネルギーに言及する部分に、先進的な化石燃料技術の移転への援助拡大(再生可能自然エネルギーの推進と相反する)がうたわれるなど、合意のための露骨な取引により矛盾する内容となってしまった。FoE、WWF、グリーンピースなどは協調して、ブラジル他の中南米諸国が提案する案をベースにした「2010年までに世界の一次エネルギー供給に占める再生可能な自然エネルギーの割合を10%にする」という行動目標を、サミットを救う最後の試みとして働きかけたが、残念ながら結果には反映されなかった。

今後の課題

 今回のサミットでの結果は、92年の地球サミット以来の変化を如実に表している。東西冷戦後の混乱を引きずっていた当時とは異なり、近年は西側諸国の市場中心、自由貿易推進のための世界体制の確立が進んでいる。国連よりも、国連からの独立を自負し先進国の権益を推進しやすいWTO やIMF、世界銀行といった国際貿易金融機関の役割強化を求める米現政権などは、国連会議の成否すら意に介さないように見受けられる。

 国連の環境・労働条約と多国間貿易協定のルールの衝突が予想されるなか、この国連と国際貿易金融機関との関係を国連側がどう定めるかは、とても重要なサミットのテーマの一つであった。しかし、合意文書の中で、国連側はその判断を来年の貿易協定側の裁定に任せてしまったのである。この結果がこれからの地球的な体制作りに長く影響を与えることが懸念されている。

 残念ながら我々NGOから見て、サミットの公式の成果は評価しかねる内容に留まった。しかし、サミットで議論されたことはこのまま次の貿易や環境条約交渉に継続され、繰り返されることでもある。話はまだ終わりとはほど遠く、次のラウンドはすぐやってくるのである。

(英文の参照ホームページ http://www.johannesburgsummit.org/