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国際人権ひろば No.48(2003年03月発行号)
特集・アジア各地の平和構築に向けた取り組み Part4
日本の弁護士によるカンボジアへの司法支援
私は現在、日本弁護士連合会(日弁連)がカンボジア王国弁護士会に対して行っている司法支援プロジェクトに加わって活動している。本稿では、そのメンバーのひとりとして現場の視点から報告したい。
■ プロジェクトの概要
司法支援というと,「法律作りを手伝っているの?」と聞かれることが多い。確かに,立法整備も司法支援の中の重要な活動であるが,司法支援はそれだけにとどまらない。法律を作るだけでなく,それを使いこなす専門家養成,司法アクセス整備,社会的弱者の権利擁護・唱導などを含む,非常に広い概念である。いわば,「法の支配」実現のための司法分野での活動ということになろう。
このプロジェクトでは,国際協力事業団(JICA)の資金(総額約1億円)を受け,2002年10月から3年間の予定で,カンボジア王国弁護士会に対し,弁護士養成校設置運営,法律扶助制度構築,弁護士に対する継続教育,ジェンダー問題の4点について支援を行う。
■ 弁護士養成校
カンボジアには現在約230名の弁護士しかいない。これは日本と比べても,人口比で約10分の1でしかない。弁護士が少ない最大の理由は,クメール・ルージュ(ポルポト)政権時代に多数の法律家が殺害されるなどしたためであり,内戦終了後の1992年には,国内の法律家は数名だとさえ言われた。さらにその後も,新規の弁護士養成が十分に行われず,1998年以後はその養成が事実上ストップした状況になっていた。このような状況の中では,新規の弁護士の養成及び現在の弁護士に対する継続教育が何よりもまず必要なことである。
言うまでもなく,法を実施するのは人であり,法律を使いこなせる専門家がいなければ,法律があっても絵に描いた餅である。法により,人権を守り,正義を実現し,紛争を解決していくためには,弁護士は社会にとって必須の資源であるからだ。
我々が支援しているカンボジアの弁護士養成校は,(1)養成期間は約1年で,最初の8ヶ月は養成校での授業及びリーガルクリニックでの研修,2ヶ月間は実務研修,その後に卒業試験を実施する,(2)生徒60名,(3)教室と事務室をプノンペン大学法経学部の好意により無償で使用させてもらう,(4)講師は,現職裁判官,検察官,弁護士,大学教授等に依頼する,という形態で,昨年10月に開校し,現在第1期生が養成校での研修中である。
■ リーガル・クリニック
カンボジアの人々は貧しい。たとえ弁護士が十分養成されても,これを利用するだけの資力のある人は少ない。我々が2001年行った調査によれば,国民の9割以上が,弁護士を依頼する資力のない人であると見られた。そうすると,資力の乏しい人が裁判を利用できる制度,すなわち法律扶助制度の充実がこれまた必須のこととなる。しかし他方,カンボジア政府も貧しい。裁判官の月給がわずか30ドル程度だというのであるから,法律扶助に予算を割り当てることは容易なことではない。いったいどうすればよいのか。
もちろん答えはない。しかし,3年間という短期間にできることは,やはり法律扶助を支える人材作り,経験作りしかないだろう。そのためには,弁護士養成校の若い生徒に,生の法律扶助事件に携わってもらい,その経験を通して,法律扶助の重要性を肌で感じてもらったらどうかと考えた。
こうして,経験ある3名のスタッフ弁護士の指導の下,実際の法律扶助事件を生徒たちと一緒に受任し処理するというリーガル・クリニックを,弁護士養成校に付設することとした。
■ 人材集め
ここでひとつ苦労話をしたい。カンボジアで司法支援をするには,現地のカウンターパートであるカンボジア弁護士会に優秀・適切な人材を得ることが必須である。具体的には,カンボジア弁護士であって,英語ができ,電子メールが使えて日本側とやりとりができ,人格的性格的にもすぐれ,半ばボランティアで活動する意欲があり,それを可能にするだけの経済的基盤のある人でなければならない。
そんな人材はもともと少ないし,英語ができれば外国系の法律事務所に勤務するなど,より高収入の道があるので,適切な人材を捜すのは非常に難しい。さらに,かつて知的エリートが多く虐殺されたことと,内戦のためにここ20年間くらい十分な高等教育が実施なされなかったことが,この難しさに拍車をかける。
そんなことから,これと思うような人材は,いろいろなドナーから引っ張りだこになる。我々のプロジェクトでも,現に,リーガル・クリニックのチーフにと考えていた弁護士が,国連機関の人権関係のプロジェクトに引き抜かれてしまったことがあった。
■ 腐敗と公正
腐敗の問題は,多くの途上国にとって,非常に重い問題である。カンボジアの裁判所でも常に腐敗のうわさが絶えない。書記官を通じて審理の前に賄賂が裁判官に届けられているということも聞く。何より,我々がカウンターパートとして信頼し,共同作業しているカンボジアの弁護士たちや,協力してくれる裁判官たちが,このような腐敗に関わっているのではないかと疑うこと自体が悲しい。しかし,現実には,これらの人たちの多くは,大なり小なり関わっていると見なければならないのだと思う。おそらくこの国においては,賄賂をやりとりすることはそれほど悪いこととは思われていない。したがって,賄賂をやりとりする人だからといって,一概に悪い人だと片づけてしまうのは間違っている。「自分も賄賂はやめて,賄賂のない社会を作ろう」と多くの人が考えるようにすることこそが,重要なのではないかと思う。
この腐敗の問題は,我々が支援活動をする際にも,最も注意しなければならないことのひとつである。例えば,弁護士養成校の事務スタッフを選任するにしても,現地弁護士会の幹部が賄賂を受け取らないとも限らない。そのため,スタッフ選任過程の透明化に努め,原則としてすべて公募として,全員について我々日弁連サイドも加わって面接を行った上で決定するという手続を厳格に履行した。小生も面接官として参加したが,日本側が関与して採用が決定されているということが応募者にも分かることから,公正な選考という印象を与えるのに役立ったのではないかと思っている。
また,弁護士養成校の入学試験の公正についても意を尽くした。大きく懸念されたのは,試験問題が事前に漏れるのではないかという問題である。そのため,出題者を試験の前夜にホテルに缶詰めにした上で,秘密裏に問題を作成し,それを封筒に詰めて封印し,当日,受験生の前で初めて開封するという手順を採った。さらに,これらの作業すべてに,小生を含む日弁連のメンバー2名が立ち会うという厳格さを貫いた。日弁連メンバーが立ち会っていたとは言っても,我々はクメール語を理解できないから,本当に不正を働くつもりであればできたかもしれない。しかし,入学試験実施スタッフの全員が,試験を公正に行おうとしているという雰囲気は,おそらく周囲に伝わったものと思う。そして,このような雰囲気が徐々に社会に浸透していくことこそが,最も有効な腐敗防止策なのだと思うのである。
■ 平和と自由の再構築に向けて
本プロジェクトはようやく船出をしたところであり,今後も様々な困難が予想される。3年後に我々の支援が終わるまでには,別のドナーを探すか,あるいは国立の裁判官養成校と合併する等の方策によって,プロジェクトの継続ができるようにすることを考えているが,これについても確たる見通しがあるわけではない。
しかし,多少,大それた言い方が許されるとするならば,我々の支援は,憲法で軍事的貢献をしないと決めた日本国民が,カンボジアの平和と自由の再構築のためにできる,またやらなければならない活動だと考え,精一杯努力するつもりである。
(プロジェクトの詳しい紹介は、日本弁護士連合会発行『自由と正義』2003年2月号「特集・カンボディア司法支援」をご参照のこと)