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国際人権ひろば No.49(2003年05月発行号)

特集 2・「第3回世界水フォーラム」を振り返る Part 1

第3回世界水フォーラムにおける争点 -水の「自由化・民営化」をめぐって

神田 浩史 (かんだ ひろし) 世界水フォーラム市民ネットワーク事務局長

 2003年3月16日から23日にかけて、京都を中心に琵琶湖・淀川流域で第3回世界水フォーラムが開催された。"オープンな会議"を理念として掲げた第3回世界水フォーラムは、国内外からのべ24,000人を超える人が参加するという未曾有の大国際会議となった。また、"参加する会議から創る会議へ"として、誰もが分科会を主催できたこともあって、国際機関、政府機関のみならず、自治体、研究機関、学会、企業団体、NGOなど多様な主体が分科会を開催し、その数は351にものぼった。ここでは、数多くの分科会の中でも、とりわけ賛否の対立が激しく、第3回世界水フォーラム最大の焦点となった「水の『自由化・民営化』」に焦点をあてて、第3回世界水フォーラムを振り返ってみたい。

■ 世界水フォーラムと「水の『自由化・民営化』」


 世界水フォーラムは、水道事業や建設業、アグリ・ビジネスなど水関連の多国籍企業のシンクタンクである世界水会議(World Water Council; WWC)の提唱で、第1回の会合が1997年にモロッコのマラケシュで開かれた。世界中で約11億~12億人が安全な水にアクセスできず、約25億人が衛生的な環境で暮らせない状況を改善するために、21世紀は水問題の解決が地球上で最大の課題となる、というのが、世界水フォーラムが呼びかけられた表向きの理由であった。
 第2回世界水フォーラムは2000年3月にオランダのハーグで開かれた。ここでは、世界の水問題の概況をまとめた「世界水ビジョン」が発表されたが、そこには「世界の水問題の解決には毎年1,800億ドルの資金が必要で、ODAや国際機関などの公的資金だけでは不十分なため、民間資金の導入が不可欠である」と、「水の『自由化・民営化』」推進が大々的に謳われた。また、第2回世界水フォーラムでは、主催者であるWWCにとって都合の悪い、ダム建設や「水の『自由化・民営化』」に異議を唱えるNGOや労働組合の参加が制約されたため、多くのNGOや労働組合が批判、非難する声明を発表する事態となった。
 こういった流れを受けて第3回世界水フォーラムは開催された。NGOの中には、所詮「水の『自由化・民営化』」を推進するための会議に過ぎない、と評して、開催自体を鋭く批判するものもあり、ブラジルやイタリアなどで"People's Water Forum"が開かれた。ただ、第2回とは異なり、NGOにも"オープンな会議"として準備が進められていったため、その後の国際世論形成にあたって重要な会議であると位置づけるNGOが数多く参加して、「水の『自由化・民営化』」について激しい議論が展開された。

■ 水の『自由化・民営化』とは?


 第2回世界水フォーラムで大々的に推進が謳われた「水の『自由化・民営化』」には、大きく2つの側面がある。
 一つは、水利権の市場化。すなわち、水利権の売買取引の「自由化」を進めることが、水利用の「効率化」を促し、水不足解消につながるとする。ところが、前提となる水利権の法制化が行われていないタイやスリランカでは、水利権法制化の過程における慣行水利権の扱いなどを巡って、住民と政府の間で混乱を来たしている。また、水利権が市場化されたネパールでは、貧農が水利権を売り払った結果、天水農業に逆戻りするというケースが生じてきている。
 もう一つは、水道事業の民営化。公営水道を民営化することによって、水道事業が「効率化」され、「安全な」水がより多くの人に供給できるとする。しかしながら、ボリビアのコチャバンバやフィリピンのマニラなど、水道事業が民営化された多くの都市で、水道料金が引き上げられ、ボリビアでは「水は金のある方に流れる」とまで言われるようになっている。また、民間企業による水道は、代金回収の見込める地域にしか施設延伸が行われないため、貧困層にとってはより水を得にくい状況を生み出している。
 「水の『自由化・民営化』」は、IMFや世界銀行、アジア開発銀行といった、多国間金融機関によって、公的債務を救済する代償として、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカの国々に強要されてきている。

■ 第3回世界水フォーラムにおける「水の『自由化・民営化』」論議


 「水の『自由化・民営化』」をめぐる議論は、第3回世界水フォーラムにおいては、「官民の連携(Public Private Partnership: PPP)」とオブラートに包まれたテーマ名で、3月18日、19日の両日、大阪で開かれた。WWCをはじめとする推進側が主催する分科会、NGOが主催する分科会がそれぞれ開かれた上で、分科会の成果をとりまとめる全体会が開かれた。
 全体会では、深刻化する水問題に関する認識は共有されたものの、その解決策を巡っては推進側と反対側とが真っ向から対立した。ただし、推進側はPPPを大々的に喧伝するという手法はとらずに、選択肢の一つとしてPPPを提示するとの主張を展開した。この主張は一見もっともなようにも聞こえるが、多国間金融機関によって公的債務の代償として政策介入を受けている政府にとっては、もとより選択権などあり得ない。このようなまやかしの議論に対して、多くのNGOが反発し、結果的にはPPPを推進する立場と、反対する立場の、二つのペーパーが準備されて、PPPの結論となった。
 PPPをテーマにした分科会以外でも、「水の『自由化・民営化』」推進を意図する分科会がいくつも散見された。なかでも、3月21日に京都で開催された資金調達に関する分科会は、「水の『自由化・民営化』」を大々的に推進してきたIMFのカムドシュ元専務理事が主催するため通称「カムドシュ・パネル」と呼ばれ、「水の『自由化・民営化』」に異議を唱えるNGOも数多く参加した。もっとも、NGO側に十分に意見表明する時間が与えられなかったため、発言を求めて100名近い人々が壇上を占拠し、口々に「水の『自由化・民営化』」の問題について訴えるというハプニングも起こった。
 3月16日~21日までのフォーラムの議論を踏まえて22日、23日の両日、閣僚級会合が開催された。閣僚級会合の成果として発表された「閣僚宣言-琵琶湖・淀川流域からのメッセージ」においては、過大な投資見積もりとNGOから批判された「カムドシュ報告」に「留意する」旨が謳われ、PPPについても「PPPという新しいメカニズムを特定し、開発する」とされた。これらの結果については、NGOからフォーラムの成果を正確に反映していないとの批判がある一方で、第2回と比べると「水の『自由化・民営化』」について、推進するとは謳えなかったことを評価する声もある。

■ 水は商品、それとも公共のためのもの?


 世界水フォーラムは国連機関や政府間の会合のように、法的正当性を持つ会議でもなく、その結果が拘束力を持つものではない。「水の『自由化・民営化』」についても、国際世論形成に影響を及ぼすとは思われるが、実際に拘束力を持つのはIMF・世界銀行やアジア開発銀行の動向であり、あるいは南の国々だけでなく北の国々に対しても強い拘束力を持つWTO(世界貿易機関)での交渉結果である。第3回世界水フォーラムにおいて、「水の『自由化・民営化』」のアクセルが踏まれたのか、弱められたのか、については、今後のこれら国際機関における議論にどの程度影響力を及ぼすか否かによるとも言える。命の源・水を単なる経済財として扱うのか、国際公共財として扱うのか、についての議論は、これからが正念場である。

(世界水フォーラム市民ネットワーク http://www.jca.apc.org/~pfw/
閣僚級国際会議 http://www.mlit.go.jp/tochimizushigen/mizsei/wwf3/index.html