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国際人権ひろば No.53(2004年01月発行号)
特集 日本における「外国人労働者」の雇用と人権を考える Part1
外国人雇用の拡大と多民族社会の人権課題
丹羽 雅雄 (にわ まさお) 弁護士・日本弁護士連合会人権擁護委員会国際人権部会長
日本に居住する「外国人」といった場合、まず在日コリアンをはじめとする旧植民地出身者が約50万人おり、その雇用と人権問題は重要な課題である。在日コリアンは、いまだに政府から民族的マイノリティとして認められておらず、職場でも民族名を名乗って働くことが困難であるうえ、地方自治体においても、参政権を含む参画の権利が認められていない状況にある。そうした現状をおさえたうえで、全般的な外国人労働者問題を考えてみたい。
■ 外国人労働者の受け入れをめぐる論争と現状
(1) 第1期
外国人労働者受け入れ論争と政策には、大別して2つの時期がある。第1期は、1990年前後で、第2期は2000年前後である。
第1期は、バブル経済で人手不足が生じ、いわゆる「単純労働者」の受け入れをめぐって、開国か鎖国かの議論が巻き起こった。日本は重層的な下請け構造をもち、下請けレベルの中小企業で、日本人の若年労働者の確保が難しくなり、外国人を受け入れたいという雇用事情があった。この事情は、バブル経済崩壊後の現在もなお存在している。
では、どのような政策がとられたか。まず、89年に「出入国管理及び難民認定法」が改定され、92年に「第1次出入国管理基本計画」が策定された。その内容は、高度な専門知識・技術を持つ外国人の円滑な受け入れと、「好ましくない外国人の排除」の2つが柱となり、「単純労働者」については、「諸外国の経験を鑑みながら引き続き検討」として受け入れない方針を取った。その理由は、国民生活への影響が大きい、在留の長期化や定住化を防止する必要がある、公的コストがかかるうえ労働力調整がうまくいかない、ことなどであった。
しかし、雇用事情への配慮から、法務大臣告示という形で「日系人」の受け入れと「研修生」の受け入れ拡大という2つの代替政策が取られた。「日系人」は、「わが国社会との血のつながりがある」ということで建前は親族訪問、実態は就労制限のない労働力の導入ということになった。
「研修生」は、建前は途上国への技術移転や人材育成で、実態としてはその後の「技能実習制度」の導入(93年)と一体となった3年間のローテーション方式の労働力の導入策であった。この施策の中で、ブロック積み、杭打ち、石の研磨、縫製、梱包など様々な職種の中小企業に研修生が受け入れられたのである。
そのような結果、どれぐらいの外国人が日本で働いているのか。02年度の外国人登録における外国人労働者の構成実態について、「正面玄関」、「勝手口」、「裏口」の3ルートからみてみたい。
「正面玄関」で入ってくるのは、正規の受け入れによる在留資格者(専門・技術職)で、179,639人。このうち、1位はエンターテイナー(興行在留資格)の58,332人。しかし、この中には、性産業に従事させられる女性たちが数多くいる。「勝手口」からは、建前と実態が大きく乖離している「日系人」や「研修生」である。「日系人」は、日本人の子孫(2世、3世)が約35万人(ブラジル人268,332人、ペルー人51,772人など)で、「研修生」は延べ約17万人の合計約52万人である。「裏口」からは、労働力の調整弁となっている非正規滞在の外国人で、約22万人。彼らの多くは、下請け、孫受けレベルの中小零細企業で働いており、日本産業の下支えをしている。
(2) 第2期
第2期は、少子・高齢化の進行の中で、労働力不足を補うために外国人労働者を受け入れる必要がある、との論点をめぐる論争である。
法務省入国管理局は、00年3月に「第2次出入国管理基本計画」を策定し、また02年7月厚生労働省の諮問機関である外国人雇用問題研究会は報告を取りまとめ、4つの意見を提示した。第1は、人口・労働力減少の予測から、日本経済の活力と国民の生活水準の維持のため、永住を前提とする移民の受け入れ。第2は、日本人が就労したがらない労働分野での受け入れ。第3は、年金等の社会保障制度の財源確保と社会保障の担い手としての移民の受け入れ。第4は、高齢化に伴う医療・社会保障分野での労働力不足を補充するための受け入れである。いずれも狭い国益、経済利益のみからの観点であり、人権に関する議論はまったくない。
第2次基本計画の特徴は、第1に経済のグローバル化への対応を背景に据え、第2は人口減少による労働力不足への対応である。とりわけ技能実習制度をより拡大し、独立の在留資格にしようとしている。受け入れ職種としては、前述の業種に加えて農業、水産加工業、ホテル業などを例示している。同時に、介護労働への女性労働者の受け入れをあげている。
第3は、「わが国社会とのつながり」を基本とした定着の円滑化を謳っている。「血のつながり重視」との関連でいえば、96年7月30日に発表されたいわゆる「7.30通達」では、日本人の実子を育てている外国人を定住者として認めるという規定を盛り込んだが、これも日本人との家族・血統関係の優先という考え方が根本にある。
この基本計画の中で一番実施に移されているのが、第4の特徴である「不法滞在者」の取締り強化なのである。法務省は97年の改定入管法で、集団密航助長罪を設けたが、99年の改定では、不法滞在罪を導入し、在留資格なく不法に滞在している限りは常に処罰することとし、従来は退去強制すれば1年間の上陸拒否であったものを5年間の拒否に延長したのである。
01年の改定入管法では、フーリガン対策などの上陸拒否を追加。03年には在留資格の取り消し制度等を柱とした入管法改定案を、難民認定の「改正」案とともに国会に上程したが、衆議院の解散により廃案となった。
また、03年10月、法務省、東京入管局、東京都、警視庁の4者が「首都東京における不法滞在者対策強化に関する共同宣言」を出している。内容は、(1)不法滞在者の摘発強化と効率的な退去強制、(2)入国・在留資格審査の厳格化、(3)不法滞在を助長する環境の改善と悪質事案の徹底取締りなどとなっている。このように、「不法滞在者」の取締り対策が突出している。
■ 人権保障を外国人労働者の受け入れの基礎に
歴史を振り返ると、日本は戦前においては天皇制を中心とした帝国の多民族社会であり、戦後は「単一民族社会観」のもとに、入管法と外国人登録法による外国人管理と追放(裁量政策)を基礎とする外国人の受け入れ政策であったといえる。
それに対して、多民族・多文化の共生社会を実現する人権政策、外国人の人権法を基本とする受け入れ政策へと転換していくことが重要である。
そのためには、第1に国際人権法の批准促進と国内実施である。なかでも移住労働者権利条約を批准することが最重要課題である。20カ国目の批准が達成され、03年7月に国際条約として発効した同条約の第8条から35条までには、在留資格にかかわらず政治的、社会的権利は保障されること、とりわけ子どもたちのアイデンティティの保全・教育など、人権に関する規定が明記されている。
第2には、ジェンダーの視点を踏まえて外国人の人権基本法、人種差別禁止法の制定、ならびに各自治体におけるこれらの条例化が必要である。滞日アジア女性の多くは、詐欺、欺もうあるいは暴力などによって人身売買の被害にあっている。従って、人身売買を禁止し、被害者を救済する立法措置が必要である。
同時に、被害者の人権を救済するために、政府から独立した人権委員会の設立が是非とも必要なのである。これは中央レベルだけではなく、地方自治体レベルでも不可欠だ。
第3に、すべての外国人労働者に労働基本権を保障し均等待遇を実現することである。以上のような方向性を通じて、多民族や多文化が共生する社会のための政策へと転換するのである。それには具体的に少なくとも次の5点を実現する必要がある。
(1)生地主義の採用による国籍法の改正、(2)国と地方自治体、とりわけ地方自治体における多文化共生政策推進に向けた部局の設置と、多文化共生推進計画の策定、(3)民族的マイノリティとしての母語教育を含むアイデンティティの保障、(4)地方参政権の保障を含む公的社会への参画、(5)母子保健の充実を含む医療と社会保障の整備である。
■ 改革に向けた課題
入管法の改革も重要な課題である。まず、現在の14にも細分化された就労資格を「労働」という在留資格に統合すべきである。同時に、入管政策の中で労働政策を考えるのではなく、労働政策固有の課題として労働または雇用許可制度の創設を考えるべきであろう。また、労働力確保としての研修・技能実習制度を廃止し、労働力導入に利用しないための研修制度のあり方の抜本的見直しを強調したい。
さらに、「日本人との血のつながり」や日本社会への同化度、すなわち日本人化を基準として外国人の法的地位を決めるべきではない。外国人労働者の生活は、日本社会だけではなく、出身地域の生活空間も共有している。それゆえ、出身地域と移住先およびマイノリティ同士のコミュニティの尊重と自由往来を保障することが大切である。
外国人労働者の受け入れ政策は、国境を越えた生活空間と異文化を持つ外国人の権利をいかに非差別・平等に保障するかと結びつけて考えなければ、新たな搾取の構造を作り出すことになってしまうであろう。